喧嘩の後、三年生たちは怪我した箇所を押さえながら自分たちの教室に戻って行き、西村は再び俺に頭を下げてクラスへと帰って行った。
『生徒のお呼び出しです。一年二組、鬼塚侑。至急、校長室までお越しください』
そして、学内放送が流れた。
「この喧嘩のことか……。早々に芦屋家に迷惑かけちまったな……」
渋々と校長室へ足を運ぶと、そこには、今朝長ったらしい挨拶をしていた校長と、忠道が待っていた。
忠道は、俺の喧嘩の跡を見るや否や微笑んだ。
「ふふ、早速やっているようだね、侑」
「これは……その……。すみません……」
「いいんだ。むしろ話が早い。まあ、腰を掛けてよ。今回俺たちは、生徒として呼ばれたわけじゃない」
「は、はぁ……?」
訝しげに忠道の隣の空いたソファーに座ると、校長も対面する形で腰を下ろした。
「えっと……この子は……?」
徐に戸惑いを見せる校長に、俺は顔を背ける。
「や、やっぱ……大事な話っぽいし……俺は……」
「いや、侑も聞いてくれ。大事な話だからね。校長先生、心配しないでください。彼も俺の家族です」
「そうだったか……。すまないね、芦屋くんが言うのなら問題ないのだろう」
やはり、忠道への信頼は凄いな……。
そんな言葉の行き交う中で、再びストンと腰を下ろす。
「それで、今回、芦屋組に依頼したいのは……」
依頼……? 仕事の話……?
校長が……暴力団の若頭に……?
「深夜に徘徊する警備員が、度々『幽霊を見た』と話しているんだ……。最近までは信じていなかったんだけど、不良生徒たちの間でも問題になっていてね……」
「 “新入生パシリの伝統” ですね」
忠道は、校長の不安そうな声を制して言葉を返す。
「その通りだよ……。やはり、入学前に君が言っていたことは正しかった……」
入学前……?
そうこう校長の依頼、もとい、不安話を二人で聞き終えたところで、俺たちは校長室を出た。
「あの……俺、まだよく分かってないんだけど……」
「トントンと話を進めてしまってごめんね。俺たち芦屋組の裏稼業……とでも言うべきなのかな。俺たち芦屋組は、もちろん、君の想像していそうな、指定暴力団のような面もあるにはあるけど、芦屋家が直々に担当する仕事はこっちの件になるんだ」
「芦屋家が直々……組とは関係ないってことか……?」
「もちろん、手伝ってもらうことも多いよ。俺に出来ることは少ないからね。でも、やはり視える人間ってのは少ない。だから、我が一族が直々に執り行うんだ」
俺はゴクリと息を飲み、ネックレスを握り締めながら、昂る気持ちを抑えつつに忠道と向き合った。
「それって…… “エクソシスト” のことか……?」
「エクソシスト……? あぁ……海外の方で、悪魔祓いのことをエクソシストと呼ぶよね。でも、日本にエクソシストはいないよ。俺たちはそうだな……祓い屋と呼ばれることが多いけど、ただの霊能者だよ」
エクソシストとは……また違うのか……。
俺は、自分のことを話していいのか分からず、ネックレスは見せずに、そのままシャツに仕舞い込んだ。
「それより、今回の案件だ。俺は入学前に、既に校長先生より話を伺っていた。今回は、改めて、と言うことだったけど、先に少し進めていたんだ」
そう言えば、入学前にどうこう……って話してたな。
「何をしてたんだ?」
「梶に、今年の三年生の不良を全員、シメておいてもらったんだよ。事件を未然に防ぐ為にね」
「全員シメた……!? 梶さん一人で……!?」
強い奴だとは思っていたが……一校の不良生徒全員を易くシメておけるレベルだとは思っていなかった。
しかし、そうなると気になることがある。
「だとしたら、番長は梶さんじゃねぇの……?」
クラスメイトから聞いた話では、三年で番長が引き継がれ、新一年生からパシリを選定するとされる。
全員シメておいた、とするならば、番長は梶さんでなければおかしい。
「いいところに目を付けたね。それこそが、今回の肝となる部分で、霊が関与している可能性に当たるんだよ」
「どういう……?」
「つまり、『全員シメたのなら、番長は梶でなければおかしい』けど、梶は隠してるけど、一応組の者だから番長は辞退したんだよ。それでも、不良生徒たちは梶には逆らえないから、俺が打っていた『未然に防ぐ』が有効であるはずなんだ。でも、選定は行われてしまった」
「意志はなかった……」
「そう。操られているのか、そうではない力が働いているのかは未だ調べてみないと分からないけど、梶がこの学校の頂点である事実は覆せない上で、伝統は継がれた。そこには、人為的でないものが含まれている可能性がある」
再び、ニコッと笑うと、忠道は俺の肩を掴む。
「さ、授業が始まってしまう。続きは放課後。期待しているよ、侑。一緒に頑張ろう」
「は、はぁ……」
そうして、何事も無かったかのように一日が過ぎる。
あれから、気前良く話し掛けてくるクラスメイトは少なくなったが、変わらず西村は俺の側に寄ってきていた。
しかし、そんなことよりも、想いに耽ることがある。
(芦屋組が俺のことを引き取った本当の理由って……)
突然のことだった。
高校に通いたいと、児童相談所の連中に相談したが、難しいとされ、俺は半ば諦めていた。
しかし、突然にして、指定暴力団である芦屋組から、引き取りの声が掛かったと伝えられた。
相手は、俺の資料をよく呼んだ上で、了承に当たったと聞いていたが、霊が視える(資料上では、虚言癖と記載)ことを利用する為だったのかな……。
なんにしても、今高校に通えているのは芦屋組のお陰だし、どんな事情で引き取られたにしても、文句どころか感謝しかないところだが、霊にはあまり関わりたくないのが本心だった。
しかし、裏稼業、芦屋家直々の仕事で、若頭である忠道が自ら引き受ける仕事なのであれば……。
「手伝わないわけにはいかないよなぁ……」
「どうかしたの? 鬼塚くん?」
「なんっでもねぇよ……。つーか、なんで着いてくるんだよ、お前」
授業が終わっても、西村は俺の後に引っ付いていた。
「だって、友達になれたの、鬼塚くんしか居ないし……」
コイツは……また……。
「いつ俺とお前が友達になったよ……!」
「ご、ごめん……! 軽率すぎた……かな……」
「そんなことは……」
こんな扱いをされたのは初めてで、どう受け答えればいいのか分からない。
でも、いつもそうなんだ。だから嫌なんだ。
過去ですらそうだったのに、今では極道屋敷で居候までしている身だ。
俺と親しくなんてなったら……コイツは……。
「やあ、侑。早速、お友達ができたのかい?」
まずい……コイツと会わせたら俺の身分が……。
「あ! 芦屋組の忠道くん! お久しぶりです!」
は……?
ヤクザの若頭だぞ……!?
そんな軽率に……!
「はは、戸惑った顔をしているね、侑。『ヤクザの若頭が、こんな堅気と親しくなれない』なんて、ドラマみたいなことを考えているんじゃないのかい?」
忠道は、人の心を読むのが得意なのか。
ズバリと当てられ、少し恥ずかしくなってしまう。
「そ、そう言うもんじゃねぇのかよ……」
「まあ、ザ・ヤクザの事務所! みたいなところは、あまり一般の人とは関わらないし、関わりたくないとも思われるかも知れないね。でも、俺たち芦屋組は、この街の町長を補佐して、お祭りとかも盛り上げてる。結弦には役員の幹部をしてもらっているから、街の人とも親しいんだよ」
そうして、再び俺の背を優しくさすった。
「だから、誰とでも仲良くしていいんだよ、侑」
その言葉に何を思ったのか、この時の俺は、その感情の名前を知らなかった。
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