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西村と別れた後、忠道は真剣な眼差しで俺と向き合う。
「休み時間に、職員室で過去の資料を見せて貰ったんだ。しかし、初代番長の記録は得られなかった」
「番長の伝統って言っても、不良たちの間で盛り上がってただけだろ……? 先公が記録なんか持ってるかよ」
「それが……二代目の記録からはあったんだよ。どうにもすっぽ抜けたみたいに、初代だけの記録が消えている」
その言葉に、呆然としてしまった。
番長なんてものの記録が残っていることもそうだが、目の前にしている霊現象かも知れない事実に、驚愕した。
「二十年以上も前のことで、その頃に勤めていた先生はもう居ないらしい。ただ、一つだけ手掛かりを見つけた」
そう言いながら、忠道は一本指を差す。
「清掃員の古畑さんって方が一番の古株で、当時は教頭先生をしていたらしい」
なんだか探偵みたいだなぁと思いつつも、言われるがままに忠道に着いて行くと、入学式で使われていた資材をまとめている古畑の姿を見つけた。
「ご苦労様です、古畑さん」
忠道の声に気が付くと、古畑はニコリと微笑んでその手を止め、忠道に向き合った。
「やあ、芦屋くん! 入学おめでとう、待ってたよ!」
どうやら、顔の広い忠道は、この学校一番の古株、清掃員の古畑さんとも顔見知りらしい様子だった。
「この間は助かったよ!」
「いえいえ、それも芦屋組の仕事の範疇ですから」
俺が話に着いて行けない顔を浮かべると、忠道は俺の側に半歩下がった。
「入学前に、今年の俺たちの代から新校舎を導入するらしくて、暫く使っていなかった旧校舎の資材処分を手伝ったんだよ」
「へぇ、そんなことまで……」
「おや、そちらの子は?」
「彼は鬼塚侑。俺と同じ新入生で、芦屋組が面倒を見ることになった子です。頼りになりますよ」
そう言うと、忠道はニコリと微笑む。
俺はなんだか照れ臭くなってそっぽを向いた。
「ハハハ、それなら芦屋くんも嬉しい限りだね。同じ年の人は少ないだろうから」
「ハハ、そうなんですよ」
軽く他愛のない話をした後、忠道は件の話を説明した。
古畑は、遠くの空を眺め、古い記憶を甦らせるように目を瞑りながら、こくりこくりと頷いていた。
「うんうん……初代番長……。覚えてるよ!」
「え!? 覚えてんの!?」
「うん! 彼らは、”気持ちのいい子” たちだったからね!」
「気持ちのいい子……? ヤンキーが……?」
驚いた様子を浮かべた俺に、古畑はニコリと顔を俺に向けると、話を続けた。
「ハハハ、驚くのも無理はない。確かに、素行のいい連中ではなかったからね。でも、仲間想いで、この学校をみんなで盛り上げようとしてくれていた」
懐かしむように、古畑は語る。
「気持ちのいい連中……とのことですが、『新入生をパシリに選ぶ伝統』を作ったのも、彼らなんですよね?」
忠道の問いに、古畑は訝し気な顔を浮かべる。
「いや……彼らが始めたのは、『新入生の素行の悪い生徒を選び、一年生のまとめ役を勤めさせる伝統』だったはずだよ。『俺は、他の不良たちとは違う形で、全校生徒に認められる番長になるんだ!』と、皆を鼓舞していた」
俺と忠道は、眉間に皺を寄せ、古畑に訊ねる。
「それで、その初代番長のお名前は……?」
「それが……名前も顔も思い出せないんだ。彼らが何をしたのか、どんな話をしたかは覚えているんだが……いかんせん二十年以上も前のことだから。歳取ったねぇ」
遠くの空を眺めるように、古畑は呟いていた。
そうして、一頻りの会話を終えると、「作業のお手を止めてすみませんでした」と、忠道は一礼した。
背を向けた途端、忠道は唸る。
「うーん……」
「どうした? なんか腑に落ちなかったか?」
「名前や顔を覚えてないの、やっぱおかしくない?」
「いやぁ……古畑さんも長いこと教職だったなら、色んな生徒を見てきて記憶もあやふやなんだろ……。それに、一年ごとに番長が変わってたんじゃあ、尚更、記憶に残ってることも限られてくるんじゃねぇの?」
俺が適当に言葉を掛けていると、忠道はハッとした顔で立ち止まる。
「それだよ! 侑!」
「え……?」
「古畑さんは初代番長が出来た頃から居た。記憶が散漫とするのは仕方ない。でも、『限られた記憶』にヒントはあったんだよ!」
「限られた記憶にヒント……? 何言ってんだ……?」
「つまり、さっき古畑さんは、『初代番長は、こんな学園生活を作りたい』として番長システムを作った。これは、古畑さんにとって衝撃的で、記憶に強く刻まれた。と言うことは、『新入生をパシリにした番長に切り替わったタイミング』だって、長く勤めている古畑さんからすれば、『記憶に強く刻まれること』のはずだ」
「そうか……。だとすれば、初代番長の話だけじゃなく、『切り替わった番長』の話を切り出してもおかしくない……」
「これらのことから、『初代番長と、切り替わった代の番長の記憶が消されている』ことにならないかい……?」
「でも……記憶を消すだなんて……。そんなことされちまったら、捜査もクソもないんじゃないのか……?」
そんな俺の問いに、忠道はポカンとした顔で返す。
「捜査?」
「え、今までしてたの……捜査だろ……?」
「あはは、探偵じゃあるまいし、俺たちは捜査しないよ」
「いやでも、今までの……」
しかし、忠道は目を細めると真剣な眼差しを向ける。
「そうだね。確かに、捜査紛いなことはする。でも忘れちゃいけない。俺たちが使うのは…… “コレ” だよ」
そう言うと、忠道の眼は紅く輝いた。
「やっぱりお前……! 紅い……眼……!」
「夜になると紅くなるんだ。生まれつきだから、どうしてかは分からないけど、俺の家系はみんなそうらしい。まさか、君も同じ眼を持っていたと知った時は驚いた」
「児相の資料……か……?」
「そうだよ。芦屋家は元々、霊能者の少なくなってきた現代で、助手となれる “視える人” を探していた。そんな時に君の話が飛び込んできた……」
俺は、真剣な忠道の眼に、ゴクリと息を飲む。
「 “紅い眼の不気味な少年が居る” とね……。詳しく調べてみると、彼は『幽霊が視える』だの、母親がアメリカ人のキリスト教徒だっただの、周囲は “虚言癖” とまとめていたみたいだけど、俺たちはしっかりと探った」
やっぱり、俺が芦屋組に引き取られた理由は……。
「君は、“視える人” どころか、優秀な霊能者になれる」
「でも……俺は……」
「分かってるよ。『霊に関わりたくない』んだろ?」
「あぁ……」
「でも、今回の事件には最後まで付き合ってほしい。それが、芦屋組が君を引き入れる最低条件だ。もし、今回の事件を通して、まだ霊との干渉を避けたいのであれば、こちらから何か頼むことはしない。約束しよう」
忠道の眼から、嘘も口車のようなものも感じられない。
俺を利用する気は……ないと言うことか……?
「分かった……。今回の事件だけだな……約束する」
「ありがとう」
そう言うと、再びいつもの和かな顔に戻った。
それ以上は何も話さず、夕飯に間に合うように二人で家路に着いた。
”紅い眼” を忌み嫌われてきたから、深く考えたことはなかったけど、ただ『霊視できる力』ではない。
ただの遺伝……とも考えられるけど、忠道のあの言い方には、霊に関する特別な力のように感じられる。
……と、いけない。
忠道の側にいたから、捜査癖が付いたか……?
考えても答えの出ないことだ。
しかし、その晩は中々寝付けなかった。