急遽食事会を中断して、俺は兄と剣を交えることとなった。
兄との試合など、もう何年ぶりだろうか。魔法の方に力を入れるようになってからは、兄の相手にすらならぬだろうと試合する事さえなくなっていた。
いつもの訓練着に着替え、鍛錬場の脇で袖が邪魔にならぬよう組紐できつく締め上げる。
ああ、この感覚は久しぶりだ。
試合前の気持ちのいい緊張感が湧き上がってきたとき、心配そうに俺を見上げるユーリンの目に気がついた。
「ごめんなさい、あたし、リカルド様が悪く言われるの我慢できなくて、つい」
ユーリンは俺と目が合うと、気まずそうに目を伏せたが、別に怒ってはいない。その気持ちには俺も覚えがあるからだ。
「以前にも似たようなことがあったな。立場は逆だったが」
演習から帰ってきたばかりの時、学年主任のザブレット教授のユーリンをけなすような言い様に腹がたち、勝手に勝負を受けてしまったんだった。あれは本当に申し訳なかった。
きっとユーリンも今、同じような居心地の悪さを感じているのだろう。
「本当に気にしなくていい。兄と本気で剣を交えるのは本当に数年ぶりだ。今回はきっといい機会になる」
ユーリンの心を軽くしたくてそう声をかけたら、ユーリンはしばらく地面を見つめた後、意を決したような顔で俺をもう一度見上げた。
「ねえリカルド様。リカルド様は、あたしならできると思ったから、あの勝負、受けてくれたんでしょう?」
なぜか必死な目をしているユーリンに、少し驚きながらも俺は正直に答えた。
「その通りだ。ユーリンならザブレット教授が驚愕するレベルの魔法が撃てると確信していたから、教授の言にのった。そして君は期待どおり勝ってくれただろう?」
「あの時リカルド様は、きっとあたし自身より、あたしのことを信じてくれていた。その信頼があったからこそあたし、全力で魔法を撃てました。だから」
うまく言えない、ともどかしそうに。それでもユーリンは一生懸命に言葉を綴る。
「リカルド様が自分の力を信じられなくても、その分あたしがリカルド様を信じるから。だから、絶対に勝ってください」
「……分かった。やってみよう」
「リカルド様、魔法も、剣も、等しくリカルド様の力ですから! 飛龍を倒した時みたいに躊躇なくちゃんと両方使ってくださいね!」
「分かっている。全力を尽くそう」
ユーリンには討伐演習の時、心の内を何度か吐いてしまっていたから、俺が剣の世界に魔法を持ち込むことにどこかずるいような複雑な感情を抱いていることが分かってしまっているんだろう。
だが、本当に彼女の言う通りだ。魔法も剣も、今となっては俺の一部だ。
ユーリンにしっかりと目を合わせ、安心させるように頷いてから、俺はゆっくりと鍛錬場へと足を踏み入れる。鍛錬場のど真ん中に剣を携えて佇む兄は強者のオーラを漂わせていた。
「胸を借ります」
「ふん、魔法など使う暇は与えんぞ。格の違いを思い知るがいい」
威圧感をさらに濃くし、兄が静かに剣を構える。両腕を上げ剣先は俺の顔へと向ける、攻めとともに防御にも優れた型だ。スッと伸びた背筋が美しい。兄は剣士にしては珍しく饒舌なタイプだが、剣を構える時の静謐なたたずまいには、いつも見惚れてしまう。
剣に関して、やはり兄の右にでるものは多くないだろう。俺とてこれまでは兄に勝つなんておこがましいことだと、想像したことさえなかった。
物心ついた頃には兄との身体能力の差は明らかだったし、兄の剣術の才は俺から見てもずば抜けていて、剣の神に愛されているんだろうといつも羨ましかったのだ。
「リカルド様、頑張って!」
ユーリンの必死な声が聞こえる。まだ始まってもいないのに、こんなに一生懸命応援されているということは、きっと不安にさせてしまっているのだろう。
だがユーリン、安心してくれ。
不思議なことに今日は兄の姿がいつもより小さく見えるんだ。強者のオーラは炎のように兄の体を包んで巻き上がるように強く見えているというのに、それでも勝てない敵ではないと俺の本能が告げている。
君の言う通り、俺の全力を尽くせばいい勝負ができるだろう。
安心してくれるようユーリンにひとつ頷いてみせてから、俺は鍛錬場の真ん中に向かう。右手で剣を構え、左手は遊ばせる騎士らしからぬ構えだ。
兄や父は嫌がるだろうが、これが俺の今の戦闘スタイルであり、俺のこの試合にこめた決意の形でもある。
「……ふん、騎士の流儀も忘れたか」
「俺なりの、戦闘に特化した最高の構えです」
案の定、兄があからさまに眉を顰める。だが、もうその威圧に気圧されるつもりはない。
火花を散らす俺たちの間に、静かに三つめの剣がおろされた。
この勝負の裁定を務めるのは父だ。俺と兄の間を別つ父の剣が振り上げられた瞬間、勝負が始まる。そう思うと否応なく緊張感が高まっていく。
ああ、心地いい緊張感だ。
「言葉は不要だ。自らの主張は、剣で語るが良い」
父の重い声が響く。俺も兄も、言葉を発しなかった。
「始め!」
父の剣が振り上げられると同時に、凄まじい勢いで兄の剣が振り下ろされる。片手で止められるほど兄の剣は軽くない。だが、これは想定通りだ。兄は昔から、初撃に渾身の一撃を放ってくる人だった。
右手の剣で初撃を受け止めた瞬間、兄の腹めがけて思い切り衝撃波を打ち込む。
兄は驚くほどあっけなく、鍛錬場の端まで吹き飛んだ。
「くっ……」
壁に背中をしたたかに打ち付けた兄が呻きながら立ち上がろうとする隙に、俺は自らに肉体強化とスピードアップの呪文を展開する。
「俺の一撃を防ぐとは、腕を上げたじゃないか!」
思いのほか早く体勢を立て直した兄が、一瞬で間を詰めて打ち掛かってくる。さすがに打たれ強い。
だが、俺も身体強化の恩恵を受けている身だ。先程よりもはるかに軽く受け止めることができた。兄の剣を跳ね上げこちらから積極的に幾度となく打ち込むが、驚くほど華麗に捌かれてしまう。
やはり、騎士団でトップをはるだけの実力はある。
このままでは埒があかないと判断した俺は、打ち込む剣に強力な重力魔法をかけた。
「くっ……! 急に重く……これも、魔法か?」







