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銃声が屋上の夜気を引き裂くたび、鉄板の震えが指先に伝わり、遠くの街灯が揺れるように見えた。焼けた匂いと火薬の臭い、焦げた金属の混じった風が顔を撫で、そこに踏ん張る足裏にはわずかな熱が残っている。
バレルはわずかにも動かず、だがその静止の中で無数の作動音を生み出していた。彼の周囲の空間、手すりやエアコンの筐体、倒れた看板の裏側、割れた配線の中、あらゆる平面が乾いたクリック音と共に銃口へと変わっていく。その工程は視覚に捕らえ難いほど素早く、銃身が生えてくるように金属の素肌が裂けて新たな開口部が開き、そこから次々と砲列が向けられる。
光が瞬き、ラインが走る。アマリリスはそれを見てから一瞬で判断を下した。全面戦ではない、隙を作るしかない。ミアはナイフを逆手に握ると鉄板を蹴って一歩、二歩と疾走する。刃の軌跡を陽光が照らす。アマリリスは後ろから銃弾を放ち続ける。
ひびのような断層が近づいてくるのをミアは肌で感じ、顔を歪めて「退いて!」と叫んだ。アマリリスはその声を受け止めつつも、ただの後退ではない、裂け目を利用する突進を選ぶ。彼は神経を研ぎ澄まし、弾の軌道や銃口の出現パターンを瞬時に読み解きながら障害を縫うように、そしてミアに近づく様にして前進した。
バレルは冷静に彼を観察し、足下の床から小さな銃口を生やし腹部へ撃ち込もうとしたが、ついにバレルの設置した銃口はアマリリスのナイフによって切られた。
切られた衝撃を受けた銃口が爆散する瞬間、アマリリスの体は脊髄反射的に一段高く踏み込み、彼のナイフはバレルの頬を掠めた。金属が擦れる擦過音と、刃が形成する風切り音が同時に鳴り、血の匂いはなくとも何か生の音が空気を震わせる。バレルは軽く後退しつつ、床に触れた指先で次の輪を作る。
それに合わせて屋上を包む銃の雨が別の角度から降り注ぎ、逃げ場が切り詰められる感覚が二人に迫る。アマリリスは片目でミアを確認し、彼女が縮こまっているのを見て短く舌打ちをした。ミアは震える肩を抑え、唇を噛んで光弾を構える。彼女の魔力はまだ残っている、だがその温存が次のチャンスを作るか、逆に致命の隙を生むかの綱渡りだ。
アマリリスは踏み込み、刃先で一本の中心線を引くようにして進む。その瞬間、空間全体が重力のように歪む感触が走り、彼の視界が一瞬だけ歪んだ。反射的に顔をひねると、彼の姿は消え、まるで別の位置にテレポートしたかのように背後三歩の寸前へ現れた。
バレルはその瞬間を読み、振り返りざまに床から大量の銃口を生み出した。銃口たちは円を描くように回転し、まるで網を張るように二人を包もうとする。引き金の連打が屋上にリズムを刻むと同時に、光と衝撃の嵐が襲いかかった。アマリリスの身体は弾の洪水の中で揺れ、彼の服は熱と風でバタついた。
ミアは最後の力を振り絞って大きく手を振り、光弾を一点に収束させる。弾丸の列はその小さな閃光に吸い寄せられるかのように軌道を変え、一瞬、弾道が乱れる。銃声の合間に破裂音がいくつも重なり、屋上全体が衝撃で跳ねた。バレルの姿勢が一瞬不安定になり、見開いた目に僅かな驚きが映る。アマリリスはその一瞬を狙い、剣を振り抜いた。
「ゔっ……!」
刃は白い弧を描き、アスファルトの粉塵を巻き上げながらバレルの胴を斜めに裂いた。金属が擦れる鋭い金属音とともに、銃口たちは次々と霧のように消えていき、残されたのは燃え残りの焦げと粉塵だけだった。バレルはかすれたように笑い、
「見事……です…。」
と言った。その言葉は安堵のため息にも、敗北を予感させる囁きにも聞こえたが、彼の瞳にはどこか満足げな光が残る。アマリリスは剣を構えたまま、荒い呼吸を整える。胸の奥になにか冷たいものが沈むのを感じながらも、彼は問いかける。声は低く、澱んだ怒りを帯びていた。
「組織の目的は何だ。何のためにこんな事をする。」
バレルは空を見上げて、遠くで鳴る雷の反射を見た。言葉はゆっくりと出てきて、敬語の膜が崩れない礼儀正しさで紡がれた。
「街を撹乱し君たちの注意をそらし、そして彼を出す準備をするためです……。まだあのお方が出るには早い……。」
そのもう一人の語りは、周囲の空気に重さを与え、遠くの高層ビル群の合間に鋭い閃光が走るのを皆が視界の端で捉えた。
だがバレルはその言葉の直後に足を取られるように膝を折り、屋上の鉄板に沈み込むように倒れた。彼が倒れた瞬間、床の上に生み出されていた銃口たちは一斉に消え、残るのは黒い焦げ痕と、夜気に薄く溶ける火薬の臭いだけだった。
アマリリスはナイフをしまい、しばし息を切らしながらその場に立つ。ミアは膝をついて深呼吸を繰り返し、両手の震えを手で押さえた。屋上の縁に立ち、夜の風が顔を撫でる。遠方で鳴る雷が、刻一刻と近づくように感じられた。ミアが小さく呟く。
「次はあの雷……。」
アマリリスは短く頷き、銃をホルスターに戻すと屋上の端から飛び降りた。下方に広がる街路は証言の通りの瓦礫と混乱の匂いを帯びている。
遠くから、ロビーの方角へと人々のざわめきが波のように伝わってくる。二人は隣り合ったビルの壁を蹴り、狭い路地を縫うようにして駆け、焦げた弾痕の匂いを背にしてロビーへ向かった。彼らの後ろで、倒れたバレルは不意に唇を裂いて笑いを見せ、それは致命に見えない余韻のように空気に溶けた。雷鳴が一度大きく轟き、その音が二人の耳に残る。
「行くぞ。」
ミアは「うん」と短い言葉を残し、屋上を後にした。
バレルの身体に、トドメは刺されていない。
鉄塔の影が伸びる路地を抜け、ロビーの広場へ向かう道のりでアマリリスとミアは互いの呼吸を確かめ合うように小さく頷き合っていた。屋上からの降下と追走で体は熱を帯びているが、二人とも致命的な消耗はない。街灯が齧ったように並ぶ通りを駆け抜けるうちに、遠方の高架下から低い唸り声と共に青白い光が再び走るのが見えた。雷鳴の残響が低く胸に響き、そこに立つ影の輪郭が一瞬だけ鋭く光る。アークが、広場の中心で腕を広げて稲妻を呼び込んでいる。
「来たよ。」
ミアが小さな声で囁く。声は震えているが、そこには臆病さは混じっていない。前を走る人払いの余波で道は比較的空いている。だが広場付近には既に破片と焦げた匂い、騒然とした人々のざわめきが厚く溜まっていて、狩りの跡が生々しく残っているのが分かる。視界の端で、狂ったように静かな街が不安を増幅させる。
「向こうだ、音がする。」
アマリリスが吐き捨てるように言い、ミアは素早く左に回り込んで人混みを警戒する。二人の進路に合わせて背後から金属の足音が近づいてくる。角を曲がると、薄暗いアーケードの先に二つの影が並んでいた。エルクスとキヨミだ。エルクスはいつもの軽やかさを抑えた顔でスコープを肩にかけ、キヨミは拳銃を両手に軽く握っている。彼らもまた戦いの最中に駆けつけたのだ。視線が短く交わされ、言葉は要らなかった。四人の輪が自然に出来上がる。
「あいつがアークだ……。」
エルクスが低く言った。
「発電の範囲が広い。まともにあの雷を受ければ余裕で死ぬ。遠距離から削りつつ隙を作る。俺は狙撃で抑える。キヨミ、お前は特殊弾で電流のショートを狙ってくれ。ミア、君の防御で前線を維持してくれ。アマリリスは突っ込む。お前の斬撃で突破口をこじ開ける。」
キヨミは頷き、拳銃を確かめると短く「了解」と返す。エルクスの指示は簡潔で無駄がなく、しかしそこには信頼が含まれていた。四人は互いの役割を確認して徐々に距離を詰める。アークは中心に立ち、周囲の空気を歪めながら低く唸る。身体の表面には微細な放電が走り、乾いた髪が逆立っている。その姿は少年のそれでありながら、放たれる気配は古い機械の暴走の如く冷たく、周囲に鋭利な緊張を張り巡らせていた。
まずはエルクスが長めのスナイパーライフルを構え、狙いを定める。スコープ越しに吐き出される低い鋭音を押し殺しながら、彼はアークの肩口へと射線を通す。弾は静かに飛び、アークの発光核をかすめるように当たって小さく火花を上げる。アークは一瞬だけ身体を縮めるが、すぐに両腕を広げ、地面に向けて雷の筋を落とした。地表が痺れるように振動し、近くにあった金属製のゴミ箱が跳ね上がる。エルクスは慎重に位置を変え、またスコープを覗いて次の一発を準備する。キヨミは特殊弾を装填し、狙点を探る。彼女の弾はただの実弾ではなく、電気系の異常に干渉する仕様だ。彼女が引き金を引くと、弾は風を切って飛び、アークと床の接合点を狙う。命中すれば放電のルートを乱し、短時間だが電力の偏流を誘発させる。弾が当たると、アークの周囲で放たれた稲妻の形が一瞬乱れ、その切れ目にアマリリスとミアが突入する余地が僅かに生まれた。
アマリリスは息を止め、短い間合いで全力の加速をかける。彼の脚は路面の摩擦を引き裂くように推進し、刃は空気を断って真っ直ぐにアークへ向かう。その刃先が稲妻の筋を切り裂く瞬間、アークは低く笑い、人ならざるような速さで身を捻じらせる。放たれた電流は刃を追いかけるように変化し、空間の中で複雑な螺旋を描く。アマリリスはその変化を読み切れず、放電の末端に触れるような感触を胸に受けて体が痺れたが、刃を止めずに深く斬り込む。刀と電流が交錯する衝撃が周囲に鋭い響きを生み、路面に小さな亀裂が走る。ミアの抵抗がなければ、アマリリスは簡単に弾き飛ばされていたはずだ。アークは少年の笑みを崩さず、口を開く。
「面白い。お前ら、ちゃんと動いてくれるな。」
彼の声は乾いていて、電流に混じるようにひんやりと届く。だがその言葉は脅しでもなく、どこか好奇の色が濃い。彼は身を翻しながら足元の地面へ一点の放電を集中させ、その波動が周囲に広がる。波動は音にも色にもならない奇妙な震えで、四人の身体に直接的な違和感を与える。エルクスは耳を押さえながらも冷静に銃を撃ち、キヨミは厳しい顔で次弾を装填する。
アマリリスは体幹を入れ替え、片膝をつくようにして重心を下げてから斬撃を繰り返す。刃がアークの肩口を掠めるたび、電流は歪み、放たれる閃光は瞬間的に増幅する。アークは痛みを見せず、むしろ逸るようにして放電の頻度を上げ、戦いを遊びに変えていく様子があった。
「動きが速すぎる。」
キヨミが息をつき、弾薬を替える。彼女は特殊なグレネードを投げ、着弾と同時に小さな電磁パルスを放出させる。EMパルスは広範囲の小さな放電を抑制し、アークの即時的な放電効率を一瞬だけ下げる。だがアークはそれを予測していて、反応速度で壁へと放電を誘導し、その間を縫うように別の放電を作り出す。電気はまるで多方向へと分身するかのように変化し、追いかける側の視覚と感覚を狂わせる。エルクスはスコープ越しに呼吸を整え、適切なタイミングだけを狙う。的確に当てればアークの発光核を小さく潰してバランスを崩させられるが、外せば次の反撃は苛烈だ。アークは動きを止めず、稲妻を紡ぎながら口端を上げる。
彼は再び全力を出して斬り込み、刃はアークの前腕を掠める。電流が刃の先で迸り、指先に鋭い痺れが走る。ミアがすかさず手を伸ばして彼を引き、わずかに後退させることで致命の一撃は阻止される。二人の連携が細かく噛み合った瞬間、エルクスの弾がアークの脚側を直撃し、その衝撃でアークが一瞬バランスを崩した。そこにキヨミが素早く近づき、特殊弾の一発を腹部へ叩き込む。弾は電流の流れを一部分断ち、アークが小さく呻く。
刹那、そこが一連の隙となり、ミアの防御がさらに広がる。アマリリスがその隙に踏み込んで斬り、刃の震えがアークの身体を深く裂くように見えたが、アークの肉体は電気に満ちているためか再生力のような即時の収斂を見せ、裂け目は閉じ始める。その再生の速さにエルクスは眉を寄せ、彼らの攻撃だけで決着は付かないと悟る。
戦況は膠着しつつあった。四人は互いの体力と技術を擦り合わせながら、徐々に疲労という見えない重みを感じ始める。だがアークの様子もまた少しずつ変わっている。彼は楽しげに戦っていたはずなのに、どこか遠くを見ているような目を時折するのだ。放電のリズムが乱れ、瞬きのたびに微かな痛みが走るように見えた。エルクスはそれを無視しなかった。
「あいつ、何か抱えてる。」
と小声で言う。アマリリスがそれに答える。
「バレルは上の指示でしか動いていない様な口ぶりだった…。恐らくあいつもそうだろう。」
アマリリスの言葉は重く、しかし冷静な分析に満ちていた。アークが単独で動き回る存在でないことを示唆する。もし外部の意志が彼を操っているのならば、戦いの勝敗はアーク一人を屠るだけでは終わらない。四人はその可能性を胸に隠しつつ、最短で決着をつけるための戦術を練り直す。
再び動き出したのはアークだった。彼は大きく息を吸い込み、両手を掲げると空気が粘度を増したかのように震え始める。空は突如暗くなり、稲妻が連続して落ち、周囲の金属が細かく共鳴する。そこから放たれる電流の圧が一段と増し、路面からも微弱な振動が伝わってくる。エルクスはスコープを下ろし、地に伏せながら仲間へ短くコールした。
「今だ、全ての力を一気にぶつける。タメの間隔が来るまで耐えろ!」
四人は一斉に動きを固め、それぞれが集中の形を作る。ミアはナイフを構え、キヨミは特殊弾を最後の一発に合わせ、アマリリスは全身の震えを抑える。エルクスは冷静に息を整えて呼吸を合わせる。タイミングが来る。
アークが放つ次の一打は、広場ごと揺るがすほどの大きさを持っていた。電の柱が天へと昇り、街灯が一斉に消えていく。周囲の空気が引き裂かれるように光と音が襲う。だがその瞬間、四人は同時に動いた。エルクスの一発がアークの左肩を抑え、キヨミの特殊弾が右脚の動きを鈍らせ、ミアが即座に地形の構造と電流の流れを読み取って叫ぶ。
「兄さん、右側から回って!あそこ、アースが通ってる!電気が逃げる!」
その一言でアマリリスの足が即座に方向を変え、次の瞬間には濡れたアスファルトの上を蹴っていた。足元で光が跳ね、稲妻の残滓が白い線を描く。アークは左肩から火花を散らしながらもなお笑みを浮かべ、抑えられた右脚を無理やり持ち上げて地面を蹴る。筋肉の代わりに走るのは電気の束、青白く光るそれがまるで神経のように体内を走っているのが見える。
アマリリスは話さない。話す必要はない。
狙いは一点、心臓部だ。アークの中心に脈打つ光、そこがすべてを支えている。キヨミが弾を次々と撃ち込み、エルクスが高所から角度を変えてカバーする。銃声と雷鳴が重なり、空気が振動する。ミアは目を細め、頭の中で雷の軌跡を線として捉える。電気は生きている、方向を読むのだ。彼女は小さく息を吸い、アマリリスの動線を読み取って叫ぶ。
「今だよ左下!」
その瞬間、アマリリスが反射のように動いた。隣についてくるミアとの攻撃を分断する様に、アークが放った閃光が頬を焼く。だがその裏を取るように、アマリリスの刃が閃く。刃が描く軌跡はまるで雷を切り裂く一本の閃線。金属が裂ける音とともにアークの身体がわずかに揺れ、空気が一瞬静まる。だがそれでもアークは笑っていた。笑みを崩さぬまま、全身の電流を圧縮し、破裂寸前のように膨張させる。
「まだ終わらない、まだだ……!!」
その声をかき消すように、キヨミの最後の一発が放たれた。弾は正確に、コアのすぐ下を貫く。瞬間、アークの体から光が溢れ出し、辺りの空気が激しく弾けた。轟音。熱風。白光。空間そのものが裏返るような圧力の中で、アマリリスは瞬時に腕で顔を庇い、体を捻って衝撃を逃がす。ミアが叫び、エルクスが体勢を低くして地に伏せる。視界が一面の白に塗り潰され、耳鳴りが残る。時間が止まったような数秒の後、光が静まり、風が抜けた。広場の中心に立っていたアークの姿が、ゆっくりと崩れ始める。電流が消え、光が砂のように空中に散っていく。形を保てなくなった肉体は、まるで機械の残骸が熱を失うように静かに沈んでいった。最後に残ったのは、胸の中で脈打っていたコアの欠片だけ。
淡く青く光っていたそれも、やがて音もなく消えた。アマリリスはナイフを下ろし、肩で息をした。汗が首筋を伝い、焦げた風の匂いが肺に入る。ミアが駆け寄り、兄の腕を掴む。
「……終わっ…た……?」
アマリリスは無言で頷いた。目の奥で、アークの最後の言葉がまだ反響している気がした。
戦いは確かに終わった。エルクスがライフルを降ろし、深く息を吐く。
「……完璧な連携だったな。」
キヨミはホルスターに銃を収め、視線をアークが倒れていた場所に残す。
アマリリスは空を見上げ、低く呟く。
「次だな。」
エルクスが顎を上げて同意する。
「ああ、組織はまだ終わっちゃいない。」
ミアはその言葉を聞きながら、兄の背中に視線を移す。アークを倒しても、胸の中の違和感は消えなかった。電気が消えても、何かがまだどこかで動いている。そんな確信めいた感覚があった。彼は小さく息を吸い、夜風に髪を揺らす。エルクスが軽く首を振り、視線を空に向けた。広場に残るのは焦げた鉄の匂いと、消えかけた稲妻の残光だけ。明かりはまだ戻らない。
ざわめきが帰ってくる。だが、この夕暮れの静寂はどこか違っていた。戦いの跡が、確かにそこに息づいていた。