テラーノベル
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店までの車中、私たちは大袈裟でなく、本当に一言も喋らなかった。
私の運転手さんでないから、私は後ろじゃなく前に座ったのだけれど、ひとつも話さないまま店に到着する。
「ゆっくりと選んでいただいて大丈夫です。桑名さんの見えるところにはおりますので、会計時にはお任せください」
と、車から降りて言われた時には感動するくらい、それまで無言だったよ…
それから私は、昨夜の睡眠時間を削って考えた必要材料をじっくりと選んだ。
チョーカーリボンとコサージュに使う素材を統一すれば、おしゃれなまとまりが出るのではないか……ウエストのベルトに使う生地の真ん中にもチョーカーリボンやコサージュに使うレースを縫い付けるでしょ?
あとは、チュール……ブルーでも種類があるね……ロイヤルブルー一択だわ。
遥香から預かっているドレスがまさにロイヤルブルーなんだもの…
ここでチュールがかさばると、音もなく近づいて来た運転手さんが、無言で荷物を持ってくれた。
「すみません…ありがとうございます」
びっくりした……本当にどこかの工作員かってくらい気配がなかったよ…
最後に必要な糸を選んでから
「お待たせしました。お願いします」
と声を掛けると、運転手さんがスムーズに会計してくれた。
「これは、今日からどのくらいで作るものですか?」
帰りの車が動き始めると、運転手さんは前を向いたまま私に聞く。
おお……話題があれば喋るのかな?
「土曜日に必要だということですから…」
「今週の?」
被せるように聞かれて
「驚きますよね……私も来週って最初に聞いたから出来るとお返事したんですけど、今週だって……」
正直に答えた。
「今日が火曜日ですね」
「はい……徹夜の日が出来るかもしれませんね。勉強で徹夜なんてしたことありませんけど、人生初…もありかもしれません」
ふふっ、と笑って明るく言っておくと、運転手さんはもう何も言わなかった。
「ご主人様、優しいですね」
何か話そうと、私は突然……運転手さんが好きそうな話題がご主人様しか思いつかなかったから、そう言ってみる。
「お優しい。優しいが過ぎることもありますし、非常に責任感のある方です。見た目には男臭い感じがしないでしょ?」
「紳士ですね」
「その通り。でも男臭い責任感をお持ちですね。それで業績を上げておられますけれど、それを私生活に持ち込むと……少々……ステレオタイプと言われそうな方です」
「え、そんな感じは全くしませんでした……お食事なんかに関しても本当に楽にさせて頂いていますし……」
「それはそうですね。そうでなく……」
スナイパーの作戦会議のような、静かなやり取りにハマって行きそうだと感じた時、運転手さんが言葉を区切った。
「今の奥様とあんな感じですけれど、離婚をされないのは、一度結婚した相手を自分からは放り出さないという漢気だと私は思っています」
そうなの……?
「出て行ってくれるなら止めることもないでしょうけれど、旦那様は結婚した責任感から彼女たちを放り出しはしない。かといって、会社などに迷惑が掛かるようなリスクはゼロにコントロールされているところが根っからの社長です」
「どういうことですか……?」
「奥様たちの使える金額は月々決まっています。旦那様のカードを渡すとか、そういうことは過去にも一切ないと思います」
「……円満な家庭内別居?」
「そう命名してもいいかもしれませんね」
私にはよくわからないけれど、割り切った関係のご夫婦ということだろうか。
でも、私は何も考えないのが一番。
今やるべきことをやるのみよ。
だって……このドレスが、遥香への復讐の開幕を告げてくれるはずだもの。
私はミシンの部屋で、まず一番時間のかかりそうなコサージュから作り始めた。
ネットでいろいろと調べたのは月曜日の夜中。
火曜日の夜中から水曜日の明け方までかかってしまった…コサージュ……完璧だわ。
完璧でなければならないのよ。
遥香が大満足な気分でドレスを着て行ってくれないとね。
コンコンコン……
深夜のドアがノックされたのは、木曜日から金曜日に日付が変わった頃だった。
「真奈美さん、開けるよ?」
「あ……はい」
篤久様だ……
「入っていい?」
「……どうぞ」
コメント
3件
篤久さま、真奈美ちゃんの身体を心配してるんかな?
ご主人様は自分からは言わないのか… でもあれらがいくら使えるお金の上限があったとしても易々この地位を手放すわけなないよね…出ていってもらわらなきゃ、でていくしかないようにしないと、ね〜真奈美ちゃん(ᯣᴗᯣ)ニヤ こんな夜更けに篤久様どうしたのかしら?見られてなぁい?
凄いよ真奈美ちゃん👏👏👏 こんな夜中に篤久様が🤩 心配して来てくれたのかな🤩🤩🤩