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美月と雪之丞の間を、ナギがせわしなくカメラを構えながら動き回っている。レンズ越しにハラハラしているのが伝わってくるようで、時折「ぁあっ!」と思わず声が漏れるのも無理はない。
「ねぇ、君のお姉さんは普段、料理とかはしないのかい?」
美月の手元――あろうことか包丁をアイスピックのように握りしめている姿に命の危険すら覚え、蓮は何気なく尋ねた。隣に立つ弓弦は、静かに首を横に振る。
「姉さんは……多分、学校の調理実習くらいしか経験がないと思います。家で作ったことがあるのは、インスタントラーメンくらいですね」
「……マジかよ」
やっぱりな、と蓮は内心で深い溜息をついた。あの氷割りのような危なっかしい持ち方、嫌な予感しかしなかったが、まさか本当に未経験に近いとは。 料理本を必死に読み込みながら作業しているはずなのに、漂ってくるこの言いようのない不安感は何だろう。テーブルに並んだ材料を遠目に確認してみても、最終的にどんな料理が爆誕するのか、さっぱり見えてこない。
思えば、美月と弓弦は実家暮らしだ。しかも美月は幼い頃からオーディションやレッスン漬けの日々で、家事に手を回す余裕などなかったはずだ。
あるいは単純に、料理という分野に興味が湧かなかっただけかもしれないが。 必死に包丁と格闘する美月と、右往左往しながら撮影を続けるナギ。その光景は妙にシュールで、見ているこちらまで落ち着かない気分にさせられた。
対する雪之丞は、昔からこうした細かい作業が好きだと聞いたことがある。その言葉通り、彼は慣れた手つきで卵焼きを巻き、手際よく唐揚げを揚げていく。おかずが次々と完成していく様は、見ていて実に気持ちがいい。
「棗さんの方が、安心して見ていられるな」
「美味しいですよ、彼の作る料理は。見た目も綺麗ですし……」
「え? 草薙君は、雪之丞の料理を食べたことがあるのか?」
思わぬ発言に驚いて弓弦を見ると、彼は明らかに「しまった」という顔をした。
「以前、タクシーで送ってあげたお礼に、パウンドケーキを焼いてきてくれただけです! 私はお礼なんていいと言ったんですが、彼は律儀なので……。と、とにかく! そんな頻繁に食べさせてもらってるわけじゃないですから!」
言い訳に必死な弓弦は、耳の先まで真っ赤になっている。あまりにわかりやすい反応がおかしくて、蓮の口元が自然と緩んだ。
(なるほど、彼が雪之丞の手作り菓子を……これは良い情報を仕入れたな)
一方その頃、美月の方からは「焦げた~!」「上手く巻けない~!」だのといった情けない叫びが飛んでくる。 東海は爪を噛みながら落ち着かない様子で、弓弦も眉をひそめて心配そうに見守っていた。傍から見れば、まるで「初めてのおつかい」に出た我が子をハラハラしながら見守る親のようで、実に面白い。
「草薙君がお姉さんを心配する気持ちはわかるけど……はるみん、随分と美月君のこと気になるみたいだね?」
「は、はぁっ!? そ、そんなんじゃねぇし!! 心配なんてしてねぇ! ただ、変なもん食わされたら困るから、その心配をしてただけで……っ!」
蓮にからかわれ、東海は真っ赤になって声を裏返した。
(おやおや……これはもしかして?)
弓弦といい東海といい、揃って初々しい反応を見せてくれるものだから、蓮としてはどうにも弄りたくなってしまう。
「できた!」
一足先に、雪之丞が晴れやかな声を上げた。
「えっ、……ちょっ、ゆきりん凄くない!? なにこれ!」
カメラ担当のナギが完成品を覗き込み、驚愕の声を上げる。その瞬間、全員の視線が一斉にそちらへ向かった。
「お兄さんたちは、みっきーのが完成するまでダメだよ」
「えー……気になる」
「クオリティがヤバいってだけ、教えてあげる」
ふふんと鼻を鳴らし、謎のドヤ顔を見せるナギに制止され、蓮たちからは不満げな声が上がる。そんなふうに言われたら、ますます気になるではないか。
「な、ナギ君……。あまりハードルを上げないでよ」
当の雪之丞は自信なさげに声を漏らしている。その謙虚さに苦笑いが漏れる。
「大丈夫だって。絶対みんなびっくりするから! ……そして、こっちも色んな意味でビックリなんだけど……」
「ちょっとナギ君! 失礼なこと言わないでくれる!?」
必死に弁当の蓋を閉めながら美月が抗議する。
ナギは「ごめんごめん」と軽く流し、全員の視線はいよいよ完成した二人の弁当へと注がれた。
「……美月のやつは、不安しかねぇ……。弁当の蓋からなんか茶色い物体がはみ出してるし」
「ハハッ」
無事に(?)並んだ二種類の弁当箱を前に、東海のボヤキが響く。
「ほんっと、失礼しちゃうわね! 見た目はまぁ……あんまりかもしれないけど、味は大丈夫なはずよ! 多分……!」
――不安しかない。 蓮は心の中で、改めてそう結論づけた。
「さぁ! ここからが本日の目玉! 二人の渾身のお弁当、ついにお披露目の瞬間です!」 マイク代わりに木べらを構え、銀次が実況モードで場を煽る。
「果たして勝つのは、料理の貴公子・雪之丞か! それとも波乱のダークホース、美月か! 皆さん、目を凝らしてご覧ください!」
「じゃあ、せーので開けるよ……」
周囲にピンと緊張が走り、誰かがゴクリと息を呑む音が静かなキッチンに響いた。
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