眠りから目覚めたとき、泣いていた。
内容はぼ覚えていない。でもきっと、悲しい夢を見たのだろう。
最近、こんな朝を迎えてばかり。
夢の中で泣いて、目覚めれば現実でも泣いていて。
おかげで疲れはとれないし、身体もだるい。
ため息を吐きながら、壁にかかった時計に視線を向ける。
午前六時三十分。
もう起きないと遅刻する。
まだ未練が残るベッドから起き上がり、バスルームに向かう。
シャワー後にしっかり髪を乾かしてからリビングに戻ると、ちょうど湊(そう)が自分の部屋から出て来たところだった。
「おはよう」
「あっ、おはよう、美月……」
湊はまだ眠そうな、ぼんやりした目をしている。
「昨日寝たの遅かったの?」
「ああ、調べ物してたから……先にシャワー浴びてくる」
彼はそう言い、だるそうにバスルームに向かう。
私はキッチンで朝食の支度にとりかかった。
朝だから簡単に、トーストとハムエッグにサラダ。
それからコーヒーを用意し終えると、ようやく眠気が抜けた様子の湊がリビングに戻って来た。
ふたり用の小さなテーブルに向い合せで座り、食事を始める。
「いただきます」
湊はそれきり何も話さず、黙々と朝食を口に運ぶ。
まるでひとりで食べているかのような、静かな食卓。
「……具合悪いの?」
「別に、普通だけど」
と言うことは、機嫌が悪いだけか。
湊は機嫌が悪いと口数が少なくなる。
こういうときは放っておくしかないと、今までの経験で分かっているから、私もそれ以上は追及せずに黙って食事の続きをする。
湊と出会ってもう五年。
付き合ってからは三年と少し。
穏やかで優しい湊と一緒に居ると、幸福を感じ自然と笑顔になれた。そんな私を見て、彼も穏やかに微笑み返してくれていた。
でも……最近の湊は暗い顔をしてることが多くなった。
彼が変わったのは、一年前に新卒で大手保険会社に就職してからだ。
入社して二か月が過ぎた頃から、湊は家で寛いでいる時間も、溜め息を吐くようになっていた。
『どうしたの?』
私がそう尋ねると、湊は仕事の辛さを言葉少なに語った。
とても辛くて、会社に自分の居場所がない気がするのだと。
でも私は、湊が語る悩みは新入社員なら誰もが一度は経験するようなよくあるものだと思い、それほど深刻に捉えていなかった。
それは間違いで、湊は私が思っていた以上に悩んでいたのだと気がついたのは、それから三ヶ月後。
私から誘ってベッドに入り、いつも通り抱き合ったときのことだった。
『ごめん……』
愕然とつぶやいた彼は出来なくなっていた。
肌を重ねても反応しない。
強いストレスを抱えて、限界で、それが身体に現れてしまったのだ。
私もショックだったけど、湊はそれ以上に衝撃を受けたようで……それから二度と私を抱こうとしなくなった。
「今日は遅くなるから夕飯要らない」
朝食を終えると、湊はようやく口を開いた。
「分かった。仕事、忙しいの?」
「いや、送別会だから」
「そう、じゃあ先に寝てるね」
「ああ、そうして」
今、湊がホッとした様に見えたのは私の気のせいかな。
最近、避けられてるような気がしてるから悪く考えてしまう。
「行って来ます」
玄関の扉を開けて出て行く湊を、憂鬱な気持ちで見送った。
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