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人々の喧騒が行き交う商店街。
喧騒から少し離れた、田畑が並ぶ住宅街。
ねずみの住処となっている、人気のない路地。
その全てを見て回ったが、今のところ1人で出歩く女性もいないし、怪しい者もいなかったため、その日は解散となった。
「今日はいなかったが、これからも油断せず、常に警戒しとけよ。いつ敵が来るなんて分かんねぇんだからな」
柊さんの言葉を最後に、解散となり、各々が帰り始めた頃。
皆が帰路に着いている中、桜くんだけが一向に帰ろうとせず、それどころか、彼の家とは反対方向へ向かったので、慌ててついて行った。
「ちょっと、桜くん帰らないの?」
もう時刻は20時を過ぎている。
男とはいえ、この時間帯を出歩くのはあまりにも危険だ。
しかし彼は、険しい表情で言った。
「…あいつ、バカだから、客が満足して帰るまで帰らないだろ」
「あいつって…」
きっと、あいつ、とは橘ことはさんのことを指すのだろう。
そう思ってから、不意に、嫌だな、と思った。
やっぱり桜くんも、女の子に興味があるんだ、と。あぁ、嫌だな、と。
そんなつもりは微塵もないはずなのに、確信もない不安に苛立つ自分が嫌いだ。
「…そっか、そう、だよね、」
「?」
「なに〜?それで心配してわざわざこっちまで来てくれたの〜??」
いつもの喫茶店に行くと、相変わらず柔らかく微笑む橘ことはさんが迎え入れてくれた。
事情を話すと妙に嬉しそうにし、ニヤニヤと俺たちを交互に見つめてきた。
「いえ、行こうと言ったのは桜くんで、俺はそれについて行っただけです 」
「!?」
「うっそー!あんたがー!?優しー!」
「う、うるっせぇよ!!」
「照れんなって」
「て、照れてねぇ!」
ギャーギャーと騒ぐ2人の様子を見ると、どうしても胸は言うことを聞かなかった。
ザワザワと嫌な思いが駆け巡って、冷たい手で心臓が鷲掴みにされたかのように、苦しくなる。
「……今日は、送ってくよ…」
「え、いいの?」
「ったりめーだ!危ねぇだろが!」
桜くんは不器用だけれど、優しい。
俺も、そんなところに惹かれた。
けれど、その優しさを他の人に分け与えて欲しくない、と考えてしまうのは、俺が優しくない、冷たい人間だからだろうか。
「じゃあ、橘さんは桜くんに任せるね。おじゃま虫は帰るとしますか 」
早口で言葉をなんとか紡いで、最後は2人の顔を見ずに足早で去った。
本当は帰りたくない。桜くんのそばにいたい。
本当は桜くんと一緒に帰りたかった。
けど、そんなことしても、一時的に自分の欲求が満たされるだけで、本望は叶わない。
それに、1秒でも早く、あそこから離れたかった。
「おはよう、桜くん」
翌日。見慣れた道路に、見慣れた、愛おしい背中を見つけ、つい声をかけてしまった。
そして、かけてから後悔する。
昨日、あんなに冷たいことした身勝手な人間が、桜くんに話しかけてしまって、いいのだろうか。
それだけじゃない。もし、昨日2人で帰った時、どちらかが告白して、OKしていたら。
今更ながらに、昨夜先に帰ってしまったことと共に後悔する。
けれど桜くんの反応はいつも通りだった。
「おぅ、…はよ」
少し照れたように挨拶する桜くんの頭上を、鮮やかな桜の花びらが舞い上がる。
その光景を片方の瞳に映し、思わず口元を緩めた。
「まだ、挨拶がぎこちないね」
「?!はあっ?!」
こうやってすぐ顔を赤くするところも、素直で不器用で優しいところも、やっぱり好きで。
例え叶わなくても、桜くんのそばにいれればそれでいいかもな、なんて、その時は思ったり思わなかったり。
でも、こんな日々を引き裂くように、それは突然やってきた。
「おい!みんな!!大変なことが起きた!」
ガラガラと、勢いよく扉を開けた男子生徒が入室早々、声をあげた。
確か、彼の名前は 潮見桜雅《しおみおうが》だった気がする。
いつもは教室の隅で、読書をしているような、物静かな子なのに、今は今までにないような声を荒らげてる。
だから、すぐに察することができた。
これは、かなりヤバいことが起きたのだと。
彼は、息を切らしながら、口を開いた。
「橘ことはさんが、隣町の奴らに連れてかれた」