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宣言通り、ロニは王城に来たわけだが、サイラスの諜報員たちが言うほどの違和感はなかった。いや、変だと言っていたのは王子宮であって王城全体ではない。
つまりそこだけ、ということか。
門を出入りする馬車の数、王城に入っていく貴族や侍従、侍女たちを見ていても、何ら変化は見られない。よく見る王城の風景そのままだった。
しかし、諜報員たちの勘は侮れない。王城に用がある振りをして、王子宮まで足を運んでみるしかないな。
ロニは入口を警備する衛兵に挨拶をしながら、王城の中へと進んだ。
入口付近の通路に足を踏み入れた途端、色鮮やかな光に包まれる。
細長い大きな窓が、両サイドの端から端まで設置され、その全てが青と黄色、緑であしらわれたステンドグラスだった。
これは、歴代ゾド出身の王妃が、教会の力を国内の貴族に知らしめるために、このような通路を作ったと言われている。
しかしこれを見たロニからすれば、別の意味にも取れてしまう。思わずジェシーを誘えば良かったと、後悔してしまったからだ。
ソマイア家が魔塔を抱えていることは即ち、彼らもまた魔術師の家系なのだ。
故に、教会と魔塔が不和であることが、ソマイア家にも直結してしまい、ジェシーは教会に足を踏み入れることが許されない立場だった。
恐らく、歴代王妃の中に、今のロニのような人物がいて、このような通路を作ったのかもしれない。ふと、そう思えた。
仲が悪くとも、芸術を愛でる気持ちは皆同じだからだ。
「そう言っても、危ないかもしれないところに、わざわざ来させたくないし」
かと言って、国外追放された後に、ジェシーが教会に入れる確率は、極めて低い。
あまり時間がないことを思い出したロニは、早々に通り抜けた。
そして、行きつく王子宮。
王城に入った時のように、入口にいる衛兵に片手を上げて挨拶をする。が、距離があるからなのか、何もアクションが返ってこない。
王城を警備する衛兵たちは、民間の兵士も含め、どれもマーシェル公爵家の傘下の騎士団に所属している。
それ以外にも、定期的な王城での訓練には、ロニも度々参加していたため、末端であっても顔を知っているはずである。
いや、それどころか、配置換えをしていないのだから、以前のように返ってきても可笑しくはなかった。
念のため、ロニは衛兵に近づき、声をかける。
「王子が戻ったと聞いたんだが、面会は可能か?」
「申し訳ありません。誰にもお会いしたくないと、言われていますのでご遠慮下さい」
確認することもなく、一蹴された。が、戻っているのは、本当のようだ。
「そうか。俺が手合わせしたい、と伝えてくれるか」
「分かりました」
そう言ったきり、口を噤まれ、雑談する気はないと意思表示されてしまった。確かに、職務中なのだから、仕方がない。けれど、態度から返答まで、事務的なのが引っかかった。
これが、諜報員たちの言う“変”ということか。
ロニは門前払いを食らってしまった、というあからさまな態度をして、王子宮を後にした。こっちも深入りは禁物だと思えたからだ。
次に庭園へと向かう。が、辿り着く前に、ある人物に出会ってしまった。
「奇遇ですね、ロニ様。どちらに行かれるんですか? 訓練場は正反対ですよ」
王子ことランベールの側近の一人、シモン・カルウェルである。
「せっかく王城に来たから、見回りも兼ねて散策していたんだ。何せ、王城の警備の総責任者は父上だからな」
「そうでしたか。では、一つお伺いしてもよろしいでしょうか」
聞きたいのはこっちの方だ、と思ったが、何をシモンが聞きたいのか気になり、頷いてみせた。
「レイニスを見かけませんでしたか?」
「いや、見ていないな」
嘘ではない。何処にいるかは知っているが、王城では見ていないのだから。
「用があるのなら、見かけたら伝えておくが」
「そうですね。戻ってくるように。ただ一言、そう伝えて貰えれば結構です」
「分かった」
敢えて、“何処に”とは言わないんだな。いや、それで通じる、ということか。これは、早々に合流した方がいいのかもしれない。
「ありがとうございます。それでは、失礼します」
そう言ってシモンは一礼した。が、その場から動く様子はなかったため、ロニの方から離れざるを得なかった。庭園ではなく、王城に向かって。
仮に、ロニが庭園の方へ足を向けていたら、シモンは何らかのアクションをしてくるのだろうか。そんな予感とともに、きな臭さが拭えなかった。
***
こんな時に、小型の通信魔導具があれば良かったのに。
思わず数日前、ソマイア邸で聞いたジェシーとユルーゲルの会話が脳裏に浮かんだ。
首都の街中で、たった一人を見つけることは難しい。
事前に、どこを寄るか聞いておいても、女性陣の買い物は当てにならない。護衛も一人のみ。馬車での買い物ではないため、目印もない。
さて、どうしたものか。ソマイア邸まで馬車で行き、そこから足早に、女性が興味を示しそうな洋服屋、雑貨屋を覗いて回る。
すると、前方に見えるオープンカフェで、お茶をしている赤毛の女性が目に入った。
「お一人ですか?」
「いえ、連れが、ってロニ!?」
驚いた顔の後、すぐに待っていたかのようなジェシーの表情に安堵した。そしてロニは、向かい側の椅子に座る。
「二人は?」
「あそこの出店にいるわ。ここはケーキしかないから、レイニスにはちょっとね。だから、あぁしているの」
なるほど。確かに、女性向けのカフェだと、レイニスみたいにあまり縁のない人間には難しいか。
「ロニは昼食終えてきたの? まだなら、行ってきてもいいわよ」
「いや、俺は屋敷に戻ってからでいいよ」
あからさまに、何を言っているの? とジェシーの顔に書いてあった。
「大事な話があるんだ。だから……っ」
そう言った途端、ジェシーがロニの頬をつねった。
「ジェ、ジェシー?」
「控えてって言ったわよね」
「いや、これは本当に大事な話だから」
つねられた所を摩りながら、ロニはジェシーの疑いの眼差しを受け止めた。
「ここでは言えないほどのこと?」
「うん。だから、一緒に来てほしい」
「……分かったわ」
ジェシーは返事をした後、視線を別の方へ向ける。それを追うと、コリンヌとレイニスが立っていた。二人とも緊張した面持ちだった。
「ロニ様も、何か召し上がりますか?」
「いや、それよりも急用ができたから、ジェシーを連れて行くがいいか?」
「はい。構いません」
ジェシーがコリンヌに言伝をしてくれたのか、レイニスがロニの相手をしていた。一応、挨拶も含めてコリンヌに微笑んで見せたが、レイニスの後ろに隠れてしまった。
ここでさらに近づいたら、変に思われるか。
そう思ったロニはおもむろに立ち上がる。そして、レイニスに一歩だけ近づいた。ジェシーに聞こえないくらいの声で伝える。
「王城でシモンに会った。『戻ってくるように』だそうだ」
ロニは見逃さなかった。そのたった一言に、レイニスの肩がほんの少し跳ね上がったのを。しかし、すぐに冷静さを取り戻す。
「私も、ロニ様に伝えたいことがあります」
そう前置きをした後、レイニスはロニの耳元に近づいて、そっと言った。
「ジェシー様に、何かプレゼントをした方がよろしいかと。先ほど、紫色のヘアピンを手に取って見ていらしたので」
「買ったのか?」
「いえ、物欲しげではありましたが、購入されませんでした」
それだけで、レイニスが何を言いたいのか分かった。紫は、俺の目の色だったからだ。
これでグウェイン嬢への攻撃はやめてくれ、ということか。まぁ、いいだろう。
「グウェイン嬢に伝えてくれるか、“これ”でチャラにしておくよって」
「っ! ありがとうございます」
念のため、ジェシーの方を見て言ったことで、レイニスには十分通じたようだった。
「それじゃ行こうか。ジェシー」
そう言って、ロニはジェシーに手を差し出した。