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「夏を繰り返す無限ループの病、『黄昏症候群』ねえ。 それを治すためにラヴェンダーって奴を追ってたら、僕に殺された。 だから話し合いで解決するために待ち伏せしてた、かー。 災難だね、煌クン」
「信じてくれるのか?」
「んー、まあ体育館の話も筋は通ってたし。 疑うより一旦飲み込んだ方が話進みそうだしさ」
公園内のカフェ。
学生客を中心に、SNS映えするメニューを提供する人気店……、だったはずだが、流行は一瞬で変遷する。
店内は外と違って冷房が効いているというのに、チラホラとしか客が見えない。
「なあ御山弟、お前は――――」
「秀次郎でいいよ、呼び辛くないそれ?」
「じゃあ、秀次郎。 ラヴェンダーのこと何か知らないか? 『少数派』の結構偉い奴らしいんだが」
「うん、知らない。 僕、『廃棄物』に入ったのけっこー最近なんだよね。 だからそっちのメンバーのことは疎か、今いる組織の人のこともほとんど知らない。 新参だもん」
「そうなのか。 じゃあ、兄に招待されてメンバー入りしたのか?」
「いや、にぃにがいることは組織に入ってから知った。 てか、生きてるなんて思ってもみなかった」
「え……!? お前、兄の行方も知らずに『廃棄物』に入ったのかよ?」
バニラアイスが乗ったレモネードを細ストローでゴクゴクと飲んで、
「体育館で見た英雄劇のフィナーレで、ディオが仮面を取って名乗ったあの時に、兄だと気が付いた。 兄とは十歳くらい差があったから、生きていたなら丁度あれくらいかも、なんて思ってたら、記憶と顔が段々と一致してったな」
秀次郎はその後も身の上話を話し続けてくれた。
兄の翔太郎が失踪し、両親は必死に捜索を続けたが、憔悴していく一方だったという。
数年が経ち、兄は神隠しにあって知らぬところで死んだのだと諦めをつけながらも、失踪の謎についてはずっと気になっていたと、弟の視点で語った。
「にぃにはさ、僕のヒーローだったんだよ。 あんま賢くはなかったけど、何をやっても人並みの数倍上手くって、才能の塊だった。 すごーく格好よくて、僕はずっと背中を追いかけてた。 失踪した後もさ、残影を追ってた。 球技も演技も勝てなかったけど、追いかけっこだけは匹敵して……、すぐ後ろを遅れず走れてた。 それからずっと、走るのだけはトレーニングし続けてるんだ〜」
「……弟や家族にすら、あいつは何も言わずに消えたのかよ。 本当に……、何もかも勝手じゃねえか」
「身勝手でいても見逃される、逆に英雄と賞賛されるくらい、にぃには神童だったからね。 でもまさか、生きてるなんてなー。 しかも、同じ組織にいるなんて思いもしなかった。 てか、普通ににぃにちゃんのこと忘れて生活してたし」
「組織に入った時に誰かに知らされなかったのかよ? リーダーとかなら兄のことについて把握しててもおかしくはなさそうなもんだが」
「あー、うん。 何もいわれなかったなー。 にぃにのこと知ってたかも知れないけど、何か特別言及されることはなかった。 今思えば、何か言ってくれても良かったのにね〜」
「……なんかサバサバしてんな。 御山翔太郎はお前にとってヒーローだったんだろ? 生きてるって分かって嬉しかったんじゃねえのかよ?」
「いや、別に。 驚きはしたけど。 だって今競争したら、絶対僕の方が速いし」
「速いって、足の話か?」
「うん、短距離走」
スプーンでバニラアイスを削って口に運ぶ。
その動作に、虚勢なんかは一切感じない。
「僕さ、常に何かに挑んで、常に何かを追っかけてないと駄目なんだー。 僕より足が速い人、僕よりテストの成績良い人、僕より強い人。 そう、尊敬できる人。 僕は僕の中でその人を超えたって思えるまで、背中を追い続けて鍛錬し続ける。 努力し続ける。 そーやって挑み続けるの、どうしても好きなんだ〜。 だからもう、にぃにには興味ない。 僕以下はどーでもいいんだよね」
兄の翔太郎とこいつは、やはり兄弟だ。
二人の性格には、圧倒的な共通点がある。
身勝手に無慈悲に周りを巻き込んででも願いを叶えたがる兄と、勝手に対抗意識を燃やしておいて興味がなくなれば血縁だろうと見切りをつける、冷たい弟。
両者とも、心底勝手な性格だ。
「私も聞きたいことがある。 黄緑はどうして今の『廃棄物』に加入した? 仮面を求める者は総じて、どこか狂っている。 私だって私の少々ズレた点を理解しているし、君の兄のディオなんて明らかだった。 だが、私には君がその限りではないように思える。 ましてや、どうして『少数派』ではなく『廃棄物』に? 加入する時に聞かなかったのか? 彼らの目的を……!」
野崎のその言い方には、『廃棄物』の目的が悪深いものだと断定しているような印象を受けた。
オレにはそれがどんなものなのか分からないし、きっと理解することも出来ないだろうが……、そんなものにどうして加入する者が現れるのか。その疑問に対する答えには興味がある。
「さっき言ったでしょ、僕は誰かの背中を追い続けてたいんだ。 仮面の界隈なら、もっとスゴい人達がいる。 面白い奴がいるかもって思ったから入ったんだよ。 『少数派』とか『廃棄物』とか、何が違うのか僕にはよくわかんない。 僕は僕が背を追える相手を見つけたい。 その為の繋がりと力を貰った。 それだけだよ〜」
「力を貰った……? 君、『鍵』はどうした? EXEの『福音』を受けたのか?」
「……え、何それ。 福音って、なんか宗教の話? こわーい」
「まさか……、『廃棄物』のリーダーは二つ目の『鍵』を持っているのか……!?」
『鍵』に……、『福音』?
その単語には聞き覚えがある。
あれは確か博物館で、黒いフルフェイスの男の話に出てきた言葉だ。
”我々『少数派』は、
『福音』を受けることで
異能の権限を解放している。
解放とは世の理を超越し、
人間に与えられた枷を解く
非可逆的な目覚めだ。
解放には『鍵』が必要不可欠となる。
その『鍵』は……、我輩の手中にある”
あの時、オレには理解できなかった。
しかし今なら、なんとなくその意味が分かる。
「野崎……、『鍵』ってのは前に屋上で聞いた通り、権能を得るために必要なもんのことを言ってるんだよな? じゃあ、『福音』ってのは何なんだ?」
「……”『鍵』なくして解放なし”。 『少数派』の指導者、EXEは私たち組織のメンバーにそう語っていた。 『鍵』とは解放を起こすための、つまり権能を持たぬ者が、権能を獲得するに必要な、始まりの権能……、他者に権能を与える能力を持つ権能を指す言葉だ。 それで、『福音』ってのは、EXEの持つ『鍵』のこと」
「……ってことは、お前のとこのEXEってリーダーは『福音』って権能を使って、他の奴が権能を使えるようにしてるってことか。 じゃあ秀次郎は、EXEとは別の奴の『鍵』で権能を解放したってことだよな? そんなやべえ『鍵』なんてもんを持ってる奴が世の中には何人もいるのかよ……。 てか、今ので話通じてるか? お前ら専門用語多すぎて分かんねえよ」
「合ってるよ、クソ。 なんで私がこんな解説役みたいな役割をしなくちゃあならないんだ……」
野崎が頬杖でガラス外を向いてしまった。
こいつからすれば、老人にパソコンの使い方を説明しているような感覚なのだろうか。
組織の事情を深く知らない奴に、専門用語を解説するのは骨が折れるのだろう。
「なんか二人、仲良いねー」
「はァ、どこかだ!? 私と煌じゃ色相の真逆! 補色ほど心的距離の遠い、ギリギリ友達ラインの美的センスゼロ野郎だぞ!! 仲が良い? 仲が良いだと? 節穴だなあ君の目は!?」
「めっちゃキレるねー、こわー」
「おい野崎うるせえよ!? 店内だぞもっと声殺せっ!」
野崎はしばらく爆発を続けたので、これでは話が進まないと思い、追加のメロンクリームソーダで強引に黙らせた。
「ねえ僕も聞いていい? 煌クンはあんま『少数派』のこと知らないっぽいから、包帯チャンに聞きたいんだけど」
「おい黄緑、勝手におかしなアダ名をつけるな」
「いいじゃん、もう。 ……あのさー、『廃棄物』のリーダーについて、どこまで知ってる?」
「……『廃棄物』のリーダー? 『少数派』の集まりで名前くらいは聞いたことがある。 確か――――、」
「ジョン・ドゥ。 仮面をつけてない時の本名は知らない。 ……でもその様子じゃ、君も僕以上は知らないみたいだね」
「そうだね、悪いけど知らない。 どうしてそのジョン・ドゥの事を知りたいのさ?」
「……あの人は僕にとって、今一番、”追いたい背中”に近い人だから」
秀次郎にとっての追いたい背中とは、尊敬に値する対象。 そして、超えたい対象のことを指している。
『廃棄物』のリーダー、ジョン・ドゥ。
一体、どんな奴なんだ……?
「さっきの話だと、『少数派』が『廃棄物』を殺そうとしてるって話をお前に聞かせたのも、そのジョン・ドゥって奴なんじゃねえのか?」
「うん、そーだよ。 『少数派』は分派の『廃棄物』を離反者集団と見なし、世間に権能の存在が広まらぬよう消して回っている、って聞いた。 だから体育館で『引力』を発していた君たち二人は、きっと僕を殺しにきたんだーって思ってたんだよね」
「だからってお前、公園でオレのこと殺す気だったろ。 50メートルダッシュしまくった直後で疲労しきってるだろうに、殺意マンマンで近づいてきやがって!」
「よく分かったね。 なんか、僕に殺されかけるような経験が前にあったみたいな言い方だ」
「殺されたんだよしかも二回も!」
「え、そーなの? でも今ここにいるよ」
「だからそれはループした前の夏の話で! っつっても今回の夏では殺されてないワケでー……、あーもう説明メンドくせーな!」
「おい煌、君はそんな話で頭を悩ませるために黄緑に会いたがってたわけじゃあないだろう」
先程まで発熱していた野崎が、追加のメロンクリームソーダに舌鼓を打っていたと思えば、今度は急に冷えた口を挟んできた。
だが、その横槍は的確で正しい。
オレは……、ラヴェンダーを追っていたんだ。
「この黄緑を辿れば、『廃棄物』に近づけるだろう。 『少数派』では今、ラヴェンダーが『分派』関連の諜報担当をしている。 つまり『廃棄物』に関われば関わるほど、ラヴェンダーにも近づけるということだよ」
「『廃棄物』に近づく……? そんなの危ねえじゃねえか。 だって……、『少数派』とは別の組織とはいえ、似たような仮面持ちの集まりなんだろ? ほら、オレはディオが逮捕された理由の一因になってるワケだしさ、もしオレだってバレたらリンチにされちまうよ」
「捕まって嬲り殺しにあって別に大丈夫だろう? どうせまたループして帰って来れるのだからね」
「あのなぁ、ループするっつっても痛えもんは痛えし、またイチからだし、色々とダルいんだよ! もう死にたくなんかねえよ!」
野崎はククク、すまないすまないと笑いながら、
「でも良い案だと思うよ? 何も、『廃棄物』に入ってこいとまでは言ってない。 構成員と知り合って話くらい聞いてきたらいいんじゃないかって話さ。 勿論、何か問題が起きても対応できるよう、私も同行する。 『少数派』の私ではすぐに蹴り出されてしまうだろうから、隠れて後ろをついて行くことくらいしかできないけどね」
「まだよくわかってないんだけどさ、煌クンと包帯チャンはラヴェンダーって奴のどこにいるか知りたい。 そうだよね?」
「ああ、そうだよ。 なんだ? ラヴェンダーの情報を知っていそうな奴を紹介してくれるのかい?」
「多分知ってる奴を知ってる。 てか、その人が知らないなら組織の中の奴は誰も知らないと思うー」
「誰だ? そいつは。 組織の諜報班か何かか?」
「待ってー、今オッケーか聞いてみる」
オレが作戦に承諾する前に、レモネードを飲み干した秀次郎はスマホを取り出して操作し、耳に当てた。
まさかこいつ、仲間に電話する気か……!?
いや、別にアポイントメントを取るために電話をすること自体は普通、というより間違っていないのだが、なんか……、仮面の権能なんてもんを扱うテロリストの分派が一般人みたいな方法でコミュニケーションを取っている様には意外性を感じる。
情報漏洩を防ぐために無線機で連絡を取ったりとか……、そういうもんだと思っていたから。
「あー、うんー。 お疲れ。 なんかさ、『少数派』の人が話したいことあるらしくてさー、紹介してって言われて電話したんだよね」
「あっ!? お、おい馬鹿! お前、説明の仕方が悪ィよ! てかオレは『少数派』じゃねえんだって! 野崎だけだよ!」
「あ、なんか違うみたい。 よくわかんないけど。 んー、なんかややこしいし、とりあえず連れてっていい? …………うん、分かったー。 それじゃあねえー」
電話を切った秀次郎は、卓上の紙でグラスから流れた結露を拭き取り、お会計に席を立とうとする。
「なあ、今の誰だったんだよ」
「え、誰って、ラヴェンダーのこと一番知ってそうな人」
「だーから、それが誰なんだって聞いてんだよ!」
今の電話で……、一体、誰と約束が結べたんだ?
ほんの数十秒ほどの会話で会える相手なんて、フットワークの軽い、そこまで偉くもない下っ端くらいなもののはずだ。
ラヴェンダーのことを知れるなら繋がる誰だって良いんだが、下手な相手だとこちらの存在が無駄に広がり、逆に情報集めし辛い状態にもなり得る。
それに、秀次郎の天然なマイペースさは極まっている。
しっかりこちらで話を握っておかねば、恐ろしすぎる。
「煌クンってけっこー慎重派なんだね。 いいじゃん約束取れたんだし、飛び込めば。 電話の相手はリーダーだよ。 『廃棄物』のリーダー、ジョン・ドゥ。 頭が知らないことは下の奴らも知らない、でしょ? だからリーダーと直接会った方がいいと思って」
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