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緑茶は飲めないが紅茶は飲める
緑茶は飲めないが紅茶は飲める
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「あとは保健委員だけどー」
と黒板の前で、いわゆるカースト上位の女子高生が巻き髪を揺らす。
「あれ、名字さん名前書いてないじゃん
」
「あ…えと…」
「じゃ名前ちゃんでよくない?保健委員でいいよね?」
「あ…」
名前は辺りの同情する視線に耐えられず、頷くしかなかった。
「いらっしゃ…あら名前ちゃん」
「梓さん」
名前はうつむいていたがにこっとする。
女子高生でポアロは溢れていた。
「今日も来ると思って、いつもの席開けといたわよ!」
「ありがとうございます」
あははっ。と笑っていると後ろからどん、と押されて名前はきょとんとした。
「ほら見てよ!キッチンのひと!まじイケメン!」
「え、インスタ聞いたー?」
「ふたりでーす」
「あ。はい…こちらどうぞー」
と梓は後ろの女子高生を案内する。
名前はいつもの席に座って、キッチンを見た。
今日もかっこいいな。安室さん…
名前はいつものように宿題をしだす。
名前にとってここは家のようだ。
というか、家、ってこういう場所なんじゃないかなと思う。
誰も自分を傷つけない、誰も…。
カチャ、と紅茶が出てきて、名前は見上げる。
「安室さん…」
「元気ないね、大丈夫?」
名前は委員会決めにぎくりとした。本当は図書委員がいいのに、手を挙げられなくて。
「大丈夫でーー」
「お兄さんきてー!」
「ね、ね!なにがおすすめなのー」
「インスタ教えてよ」
きゃっきゃとする女子高生たちに名前はきょとんとした。
ふう、とため息をつく。
…クラスの男子も、ああいう子が好きなんだし。安室さんも男性だし。
「インスタはお店のをフォローしてね。おすすめはパンケーキだよ」
すると、どん。と梓が安室に当たって安室は振り向く。
「(でれでれしちゃって)」
「(そんなつもりは)」
「(なにあの女?彼女ヅラしてさ)」
「(うざーい)」
でも確かに…今の明らかに嫉妬、だよね…梓さん…。
付き合ってるのかな
はっ、と名前はノートに目を戻した。集中…。
しばらくして店内がまばらになると、キッチンから「あはは…」とふたりが話すのが聞こえてちらと見た。
なんだか今日はふたりが気になってしまう。
「安室さんお皿これも…」
「はい。わかりまし…あ」
「あっ!ごめんなさい!手が…」
ふたりはまた笑っていた。名前はだんだん胸が苦しくなってくる。
名前は父子家庭で、父親は外交官だ。
いつもデスクにお金が置いてあって、名前はまるで独り暮らし。
クラスにも馴染めず、ひとりでいるのは苦ではない。が、人恋しい日もある。
たまたま見つけたポアロで梓がまるでお姉ちゃんみたいに思っていたのに…
安室さんが来て、梓の態度が今までとお客さんに違うことに悲しくなっていた。
安室に女性が関わるとああやって嫉妬するようになって…名前はそんな女性は苦手なのだ。
付き合っていたとしても…仕事中に出すのはどうかと思ってしまう。
また自分のいられる場所が減ったと思っていた。
「(…あぁ、集中…できないや。もう帰ろうーー)」
「もう帰るの?そろそろ2杯目かと思ってたんだけど…」
「あ」
安室が暖かいポットを持って立っていたが、目をそらした。
「だ、大丈夫です。ご馳走…さまでした…」
もう来られないかもな…。と名前は泣きそうになったのですぐ鞄を閉じた。
レジでお金を払うと、振り向かずに走り出した。
土手を歩いていたら夕陽がきれいで、名前は立ち止まっていた。
「…あれ」
なんで涙が出るんだろう。いつだってひとりなのに。所詮は皆他人同士なんだから……
「うっ…ふ…」
橋のそばまで降りていき、ハンカチで涙を拭いた。
わたしも……普通の女子高生みたいになれたらな…
安室さんとも、もっと気楽に話せたのにな……
「ん…わあっ!」
足首にふわとなにかを感じ見下ろす。犬が匂いを嗅いでいた。
「え?捨て犬…?」
名前はキョロキョロした。橋の下に段ボールがあり、むっとする。
「…ひどいことしてごめんね…」
名前は犬を抱き締める。
「許してなんて…言わないから…」
ぺろ、と涙を舐められ、名前はくすぐったくて笑う。
「あはっ、あはは…」
名前ははっとした。今日こんなに笑ったの初めてだ。
「でも家では飼えないから…」
名前はハンカチを段ボールに敷いてまた犬を入れる。
「…ごめんね」
「で?そのIT企業のやつどうなったの?」
「だめだめ!マザコンだったー」
「今日の面子は?」
「公務員だよ!安泰がいちばん!」
落ち着けない。名前は眉をひそめた。ポアロ以外のカフェで宿題をしようとしたが、無理だった。
でもーー
あははっ…
「…」
帰ろう…家は家で静かすぎて集中できないけど仕方ない。
いずれいいところが見つかるだろう…
高校に入った頃から行っていたから…
「はあ…高いし」
名前はまたとぼとぼして歩き出した。
ふと土手前まできてあの犬を思い出す。
「(餌買っていこうか…)」
案の定、犬は橋の下でゴロゴロしていた。名前に気づくと走ってきて飛び付く。
「きゃー!」
尻餅をつき、ウェットフードを犬は引っ張る。
「待って待って…あははっ、今あげるから…」
手に出してあげてから名前ははっとした。ハンカチ取り替えてあげよう。
「あれ?」
段ボールのなかは空で、しかも段ボールも新しくなっていた。
「…まぁいいか。もうないよ」
足に手をつく犬にしゃがみ、名前は切なそうにした。
「…きみは…ひとりじゃないんだね。よかった…」
がさ、と聞こえて名前ははっと立ち上がり胸を押さえた。
「やっぱり。あのハンカチの柄。名前さんだと思ってた」
「…安室さ…」
ばっ!とキッチンのなかでの出来事がフラッシュバックしてしまい、後ずさって名前は走り出した。
「名前さん!」
「や…っ!離して!!」
手を捕まれて振りほどく。
「…どうして最近来ないの…?梓さんも心配してるよ」
「…て」
「え?」
名前はわっと泣き濡れた顔をあげる。
「梓さんなんていなければいいのに!」
安室は少し怪訝そうにする。
「っーー不愉快なんです!!梓さんが安室さんにとる態度もっ…あなたが!安室さん!みんなに優しくするのもーー」
「なま…」
「嫌い!!」
名前はぐっと肩に力を入れて首を振りだす。
「嫌い!!嫌い嫌いだいっ嫌い!!もうほっといて!!」
生まれて初めてというくらい本音が出た。名前はまた走り出す。と。
「!」
あの犬が目の前にきてワン!と吠えた。
「名前さん…」
「来ないで!」
「…きみが僕を嫌いなのはわかったから…僕の話、聞いてくれない…?」
名前はゆっくり振り向く。
安室のほうも同じような顔をしていた。
「ごめんね…あのさ…はは…年甲斐にもなく今すごい傷ついちゃって…」
頭の後ろに手をやって無理に笑う。
「うまく…話せるかわかんないんだけど…」
安室は犬にしゃがみこんだ。
「ポアロに入った頃、紅茶の入れ方が下手だと梓さんに何度も怒られてさ…僕なりに練習して練習して…初めて…美味しいと言ってくれたのは君だったんだ…名前さん…」
安室は名前を見上げる。犬を抱いて立ち上がる。
「それから毎日…君がそう言って笑ってくれる度に…来る度に。その…嬉しくて」
「大丈夫ですよ」
名前は俯く。
「安室さんの紅茶なら…他のお客さんだって美味しいって言い…」
「僕は君から聞きたいんだよ」
かぶせ気味に言われ、名前は顔をあげた。
「いつの間にか毎日きみを待ってた…梓さんにはまたからかわれたけど。君がそういうの好きじゃないのもわかってた。嫌な思いさせてごめんね」
「…そうですか」
「嫌いでもいい」
名前は安室を見た。
「でも……好きで…いさせてくれないかな…」
「…え?」
名前はきょとんとした。安室は頬をかく。
「あー、やっぱり…気づいてなかったかあ…」
「え?」
名前は再び同じことを口にする。
「…大体きみが来る時間見計らって席も開けといたし、紅茶も蒸らしたし…おかわりも…ノートめくったら、ってしてたんだけど…」
はは、と安室は犬を離す。
「…嫌われちゃったら…意味、ないよね…」
「安室さん…」
安室はうん、と苦しげに笑う。
「僕はきみが好きだよ。名前さん。君は…」
嫌いでもね。と、背を向ける安室に、名前はぼろぼろと泣きながら飛び付いた。
「わっ!」
「馬鹿!!もっと早く言ってよ!色んな人と付き合ってるくせに!」
「色んな人…まぁそうね…年齢的なものはあるから…ねぇ」
「安室さん…」
安室と名前は向き合う。
「わたし…も…あなたが好き…です…」
今度は安室がきょとんとする。
「嫌いじゃないの?」
名前は鞄で横から安室を叩いた。
「あいたっ」
「嫌いでいいならそれでもーー」
すっ、と安室は顔を近づけてきて、ふたりはキスした。
「…」
「やだ」
安室はひひっと肩を縮めて笑う。
「好きでいてください。お願いします」
「~~…」
「ワン!」
夕陽のなか、土手でかけっこするふたり。1匹とひとりを、名前は笑って見ていた。
もう、誰もひとりじゃないんだね…。