そろそろ、いい人できたのかしら?
うちの娘は?
孫は?
ひ孫はどうかしら?
――という攻撃に疲れていた七海白玖は仕事の手を止め、大きなガラス窓の外を眺めていた。
社長室の窓は大きく、開放感があっていいのだが、太陽の位置によっては、ちょっと眩しい。
目をしばたたきながら、七海は考える。
確かに、俺にもそろそろ、人生を共にする相手がいるかもしれないな。
新規プロジェクトを立ち上げるのと同じ調子で、七海は思う。
結婚相手か。
……どうしたら見つかるんだろうな?
動物なんて、すっと番になってるのにな。
動物か。
求愛のダンスでも踊ればいいんだろうか、と思ったとき、
「失礼します」
と派遣会社から新しく入ってきた女性秘書がやってきた。
顔は綺麗だ。
好みだな。
スタイルもいい。
ちょっと胸が足りないが、知的な感じがしなくもない。
「……貞弘」
ようやく相手の名前を思い出して訊く。
はい、と貞弘悠里が自分を見つめた。
うん、なるほど。
確かに、好みと言えなくもない。
「そういえば、お前とは話が弾んだな」
とボソリと言うと、ええっ? という顔で彼女は見る。
なにも弾んでませんよっ
普段、どんだけ人と話が弾まないんですかっ、とその小さな顔に書いてあった。
話が弾んだな、と新しく派遣された会社の社長に言われた。
……弾んだっけな? と悠里は思う。
ちょうど派遣されてきた日に開催された呑み会のときくらいしか、まともに話していない気がするのだが――。
あのとき確か、遅れてきた社長に、
『お前は誰だ?』
と問われた。
それで、
『新しく派遣されてきた秘書です』
と言うと、
『そうか』
と言われた。
そのくらいの会話しか……
いや、待てよ。
そういえば、
『ユーレイ部屋に住んでいます』
って話をしたな、と悠里は思い出す。
あのとき、
「ユーレイ部屋に住んでいます」
と言ったら、七海は、ふうん、と言ったあとで、
「なんだって?」
と訊き返してきたんだった。
だから、繰り返し言った。
「ユーレイ部屋に住んでいます」
「アパートを借りたらユーレイ部屋だったのか?」
「いや、ユーレイ部屋だったので借りたのです」
「何故だ」
「……ここからの詳しい話はちょっと犯罪になってしまうので言えませんが」
「……何故だ」
そういえば、何故か、何故だ、を繰り返していたな社長、
と悠里が思い出していると、七海が言う。
「おお、そうか。
お前、ユーレイ部屋で暮らしてるやつか」
「それ忘れてたのに、なんで話が弾んだと思いました?」
とついに口に出して言ってしまった。
何故、話が弾んだと思ったのかについて、あとで七海はこう語った。
「呑み会を思い出すと、お前の顔が何度もよぎるから。
話が弾んだったんだったかな、と思ったんだ。
待てよ。
何度も顔が過ぎるとか。
――もしや、これは恋なのか?」
「……絶対違うと思いますよ」
そんな七海との会話を思い出しながら、悠里は非常階段の下にある自動販売機のところに行った。
ここに猫がいると、自分の前に派遣されていた人から聞いたからだ。
自動販売機の前にしゃがむと、すぐに白黒の猫がやってきた。
黒の比率が高いぶち猫だ。
人の気配がしたので来てみたら、全然、知らない顔だったからか。
驚いたように金色の目を見開いている。
赤い首輪をやっているので、飼い猫のようだ。
警戒心が解けたのか、近寄ってきた猫をかまっていると、背後から声がした。
「エサはやらないように」
ひっ、と悠里は固まる。
若いのに秘書室長より、うるさく厳しい眼鏡の男性秘書が背後に立っていた。
彼は鼻筋の通ったイケメンなのだが。
ここに派遣される前夜、友だちが、
「クールメガネっていいよね」
という話をしていたせいか。
クールなメガネ、という印象だけが悠里の中に残り、どうしても顔を覚えられない。
よくテレビに出てる、やたら顔のいい俳優とよく似た社長といい。
この会社、イケメン率高いな、と思いはしたが。
まだ派遣されたばかりなので、常に緊張感が漂い、イケメン様を眺めている余裕もない。
「買わないのなら、退いてください」
そう言われ、はい、と悠里は猫を抱いて、少し離れる。