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アルメリアにピアスを預けたのも、ほんの気まぐれなのだろう。急な別れになったため、思いつきでくれただけでそこに意味などあるはずがなかった。
それに、あまりにも近くにいすぎて忘れてしまいがちだったが、アウルスは大国であるグロリオサ帝国の皇帝陛下である。小国の貴族令嬢てあるアルメリアと、どうこうなるはずがなかった。そう思い、優しくされてどこかで少し期待してしまっていた自分に気づき、それを恥じた。
アルメリアは自分に言い聞かせるように呟く。
「アズルは責任を感じて優しくしてくれていただけ……。そう言うことなんですわ」
そうして、大きなため息をつくと、明日からは目の前のことにだけ集中しようと心に決めた。それでも、アウルスから預かったピアスを外すことはできなかった。
翌日朝早くいつもの見回りで屋敷をでようとすると、そこに領民たちが立っていた。アルメリアは思わず彼らに駆け寄る。
「なんですの? もしかして、またなにかありましたの?」
心配してそう言うと、エドガーが一歩前にでた。
「お嬢様、違うんです。今日はここにいる者たちがお嬢様が城下に帰ってしまう前に、どうしても謝りたいと」
そう言われ、エドガーの後ろを見るとエラリィが頭を下げる。
「お嬢様には嘘をついていて申し訳ありませんでした。せっかくいつも私たちを信用してくださっていたのに、それを裏切る形になりました。申し訳ありませんでした!」
それを合図に、他の者たちも口々に謝罪の言葉を述べ頭を下げた。確かに正直もう少し早く相談して欲しかったと少し腹を立てたのも事実だし、なにより相談されなかったことがショックだった。でも心配させまいとするその気持ちも、アルメリアは理解しているつもりだ。彼らも相当悩んだに違いないのだ。
「わかりましたわ。謝罪を受け入れます。だから、もうこの件はこれで終いにしましょう。とにかく人質が助かって良かったですわ」
そう言って微笑んだ。するとエラリィが目に涙を浮かべて言った。
「お嬢様、ドロシーと妻を助けていただいて、本当に、本当にありがとうございました。私どもは一生、どんなことがあってもお嬢様についていきます!」
他の領民も口々にお礼を言って、アルメリアを取り囲んだ。アルメリアはなんだか恥ずかしくなり、照れながら答える。
「止めてちょうだい。領主ならば誰でも同じことをしたと思いますわ」
グレアムが首を振る。
「いいえ、他の領地での出来事ならば、こんなにも素早く解決させることはできなかったでしょう。それになによりも、全員無事に助けてくださるなんて……」
そう言って頭を下げた。全員無事、と言われ山賊のことを思い出してしまい、少し胸に引っ掛かるものがあったが、以前ほどつらくはならなかった。アルメリアは、素直に感謝の気持ちを受け取ることにした。
「ありがとう。そう言ってもらえると、領主冥利につきますわね。ですが、ここにはもういませんけれど帝国の方々にも力添えをしていただきましたから、彼らにも感謝しなければなりませんわ」
それにはエドガーが答える。
「はい、わかっております。特に帝国のアズル様という方が尽力してくださったと、ペルシックさんから聞いております。お会いできなかったのは残念ですが、今度こちらに寄られたさいはお声かけ下さい。町を上げてお礼をしたいと思います」
「わかりましたわ」
「ではお嬢様もお忙しいでしょうからこの辺で。お時間ありがとうございました」
そう言うと、みなもう一度深々と頭を下げて戻っていった。
アルメリアは、お礼を言われてやっと実感した。みな無事に家族を取り戻すことができたのだから、私のやったことに間違いはなかったのだと。そう思うと、少しは気が楽になり明るい気持ちでその後の領内の見回りができた。
帝国の使いが来たのは昼下がりの、ちょうどアルメリアが昼食をとり終えた頃だった。
「お嬢様、帝国からの使者が来ております」
ペルシックからそう告げられ、アウルスからの伝言かもしれないと少し不安と期待をしながら客間へ向かう。
「どのようなご用件でしょうか」
開口一番、挨拶抜きにアルメリアがそう言うと、使いの者は最敬礼をしてから答えた。
「陛下から伝言をお預かりしております」
アウルスからの伝言と聞いて胸がざわついたが、表情に出さないよう平静を装って頷く。アルメリアが頷いたのを確認した使いの者は、書簡を取り出し伝言を読み上げた。
「『先日の約束どおり、イーデンを引き渡す。彼のその後については、貴殿の判断に委ねる』以上です」
アルメリアは内心、これだけですの? と、ガッカリしながら、確認するためその書簡を使いの者から受け取ると、それ以外なにも書いてないことを確認し、視線を上げ使いの者に質問する。
「イーデンは今どちらにいますの?」
「連行してまいりました。そちらの都合のよい時間に引き渡しをいたしたいと思っております」
「では、今すぐに連れてきてちょうだい。すぐにでも訊きたいことがありますわ」
イーデンの処遇をアルメリアに任せると言うことは、帝国側で調べ上げてイーデンの潔白が証明されたということだろう。これはアルメリアにとって朗報だった。
イーデンが部屋に連行されてくると、アルメリアは笑顔を向けた。
「イーデン、帝国からは許されたようですわね」
イーデンは緊張した面持ちで答える。
「はい。ですが私は巻き込まれたとはいえ、この町の人々にとんでもないことをしてしまいました。それは決して許されることではありません。本当に申し訳ありませんでした」
そう言って頭を深々と下げた。その顔は窶れ表情からは、酷く苦悩していることが伺えた。
「そうですわね、貴男はこれから償っていかなければならないでしょうね」
「はい、当然のことです」
頭を下げたままそう答えた。
「ではまず、頭を上げてちょうだい。私訊きたいことがあるんてすの。できるだけ正直に答えてちょうだい」
そう言われ、イーデンは頭を上げてアルメリアを見つめ答える。
「はい、わかる限り全てお話します」
「裏で糸を引いていたのは誰だかわかるかしら?」
最初から思っていたのだが、山賊の手際がよすぎた。たったの十人というごく小人数で、目的の人間のみを襲撃し目的を成し遂げている。
だいたいなぜ、モリスが台帳を持っていることを知っていたのか。それ以前に最初に彼らがクンシラン領に入ってから、誘拐を企て人質を取りエラリィたちに物資を要求するまで、略奪なしにどうやって過ごしていたのか。