「……えっと、その……実は私、悩んでて……」
「俺で相談に乗れる事なら、話してみろ」
「……その、今後の、身の置き方について……です」
「今後の……とは?」
「……店長からはこのまま店を続けて欲しいと言われているんですけど、私は、このままキャバ嬢を続けていて、いいのかなって……思って……」
「……気が進まないのか?」
「…………そうですね、なんて言うか、これまではその、郁斗さんに振り向いて欲しくて頑張っていたところがあるんです。そもそもキャバ嬢になったのも、郁斗さんの勧めがあったからなので……」
「お前は郁斗に惚れていたのか?」
「はい。だから、詩歌ちゃんが現れて……郁斗さんの近くに居るのが面白くなくて、……私っ……、本当に、嫉妬なんて、醜い……馬鹿みたい……っ」
郁斗と詩歌の話をすると樹奈の中であの日の事が思い出されてしまい、意志とは関係なしに身体が震え出し、自分の嫉妬から二人を危険に晒してしまった事を悔しく思った。
そんな樹奈の肩を抱いた恭輔はグッと引き寄せると、前を向いたまま言葉を紡いだ。
「嫉妬は別に、醜いモノじゃねぇよ。寧ろそれだけ相手を想っていた証拠だ。恥じる事は無い。ただ、想っていても、その想いが相手の想いと交わるかは分からないし、違う事もある。それは分かるな?」
「……はい」
「その時はこう思えばいい。自分を想ってくれる人は、別にいるんだと。郁斗には、詩歌だった。それだけだ。決して、|樹奈《おまえ》に悪い所がある訳じゃない。悲観するな。お前を想ってくれる奴はきっと、現れるさ」
「…………恭輔……さん……」
その言葉に、その人が恭輔だったらいいのにと樹奈は思ったけれど、自分に自信の無い樹奈はそれを口にする事もせず、これも彼の優しさだと心に受け止めながら、
「……ありがとうございます」
感謝の言葉を口にして、零れそうになる涙を静かに拭った。
それから三十分程過ごした二人は来た道とは別の道から車へと戻って来る。
「素敵な場所に連れて来てくださってありがとうございました。だけど、何だかこれじゃあお礼にならない気がします」
「礼は必要無いと言ったろ? こうして付き合ってくれただけで充分だ」
「でも、本当はお一人の方が良かったんじゃないですか?」
「まあ普段なら一人で来るが、誰かと見るのも悪くは無いな」
恭輔の言葉に、樹奈はふと思う。
(……えっと、今の言い方だと、普段は誰かと来ない……って事だよね? 私なんかが一緒で、良かったのかな?)
それを確認しようかどうしようか悩んでいると、二人が座席に着いたタイミングで恭輔のスマホの着信音が鳴り響き、「悪い、少し待っててくれ」と言いながら再び車の外へ出て電話の相手と話始めた。
その光景を車内からぼんやり見つめていた樹奈は、途中で恭輔の表情が険しい物へ変わるのを目の当たりにする。
(……何か、あったのかな?)
直感的にそう感じた樹奈は、少しだけ不安になる。
それからすぐに電話を終えた恭輔が車の中へ戻って来ると、彼の言葉で樹奈の予感は的中した事が分かった。
「悪い、もう暫く俺に付き合ってくれ」
「……何か、あったんですか?」
「…………ああ、詳しくは話せねぇが、これから少し危険な状況に陥るかもしれねぇ。けど、お前の事は俺が守るから心配するな。ただ、お前の顔が知れ渡るのは好ましくねぇんだ。これを被ってなるべく顔は伏せててくれ」
恭輔はそう説明しながら後部座席に置いてあったフード付きのウインドブレーカーを樹奈に手渡した。
「……分かり、ました」
恭輔の話を聞いた樹奈は受け取った大きめのウインドブレーカーを着ると、フードを目深に被り、シートベルトを締めて下を向く。
これから危険な事が起こるかもしれない、それは樹奈にとってただただ恐怖でしかない。
けれど、恭輔が言ってくれた『お前の事は俺が守るから心配するな』という言葉を信じ、車が発進すると共に目を閉じた。
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