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コンビニ。
それは文明の光。
夜中にちょっと寂しくなったら、ふらっと立ち寄りたくなる場所。
いつでも昼間のように明るいので、ちょっと元気になる。
すると、パジャマか、室内着か。
いや、よく雑誌などでいう『ワンマイルお出かけ着』とやらなのか。
微妙な格好で買い物をしている女性に会った。
何処かで見たように顔をしているな、と思って、つい、見てしまったのだが。
目が合うと、彼女は、キッと睨んできた。
あ、知らない人なのに、じっと見ちゃったからかな。
すみません、と思ったとき、彼女は、つっけんどんな口調で言ってきた。
「なに見てんのよ。
貞弘悠里」
社長もなかなか覚えてくださらないフルネームでっ、と悠里は衝撃を受ける。
「こっち見ないでよ」
はっ、はいっ、と悠里は視線をそらした。
こっち見んなよ、あ~ん?
とか威嚇してくるヤンキー様のようだ。
だが、彼女は、
「すっぴんなのよ。
見ないでよ」
と言う。
「いえいえ。
お綺麗ですよ。
見てませんけど」
と言って、
「あんた、噂通り適当ね」
と言われる。
……どんな噂なのですか、気になりますが。
「あなた、たまに社長と出かけてるわよね、貞弘悠里」
何度もフルネームでありがとうございます。
「どうやって社長にとりいったのよ」
「別にとりいってはいませんが」
「社長と親しくなったきっかけとか教えなさいよ。
今後、何処かで使えるかもしれないから」
何処の誰に、どのように使われるおつもりなのですかね?
と思いながらも、悠里は七海と出会ってからの記憶を掘り返してみた。
「そうですね。
まず、ユーレイ部屋に住んでですね。
その話を社長に……」
「あ、やっぱ、いいわ」
と言いながら、彼女は味付けの濃そうなカップ麺を手にレジに行ってしまった。
夜、七海から電話があった。
「今日はうちに来てくれて嬉しかった」
などと可愛いことを言ったあとで、どういう話の流れか、
「昔みたいに、お前の声を聞いて眠ってみたいな」
と七海は言い出した。
はあ、それ、ラジオですけどね。
っていうか、私は、ほぼ笑ってただけですけどね、と思いながら、悠里は言う。
「では、おやすみとおはようの電話くらい致しましょうか?」
……お茶漬けをご馳走になってしまったしな、と思い、言っただけだったのだが。
「ほんとうか?」
と思いのほか、喜ばれ、ちょっと嬉しくなって悠里は言う。
「じゃあ、朝、お電話しますよ」
「そうか。
ありがとうっ。
俺は毎朝、5時に起きるんだが」
「あ、すみません。
やっぱ、やめてもいいですか?」
その日は頑張って電話してみたが。
なんだか毎朝は起きられそうにないので、録音してみた。
「これを目覚ましにしてください」
『おはようございます。
ユウユウです』
と社長室のスピーカーから、スマホに入れてある音声ファイルを流す。
「その名前で行くのか……」
と後藤が呟く。
「じゃあ、
『おはようございます。
貞弘です』にしましょうか」
「仕事っぽいじゃないか」
何故、後藤さんばかりが文句を言うのですか。
社長はどれでもいいみたいですよ……。
機嫌良く聞いています。
『今日も一日元気に頑張りましょうっ。
あはははははははは』
「N○Kか。
あと、笑い声はいらなくないか?」
後藤は相変わらず、罵ってきたが、悠里と七海は青ざめる。
「私、笑い声は入れてません……」
「これ、ユウユウの笑い声じゃないぞっ。
貞弘。
お前、お前の呪われた部屋で録ったろっ。
部屋の中の何処か呪われてない場所で録れよっ」
「いやいや、そもそも霊が見えていないのに。
何処が呪われていないのか、わかるわけないじゃないですか~っ」
と七海と揉めて、結局、会社で録り直すことになった。
さて、何処で録ろうかな。
昼休み。
この季節は日陰になっているので、人気のない中庭に悠里は行ってみた。
「おはようございます。
貞弘悠里です」
とスマホ片手に録音しはじめる。
「今日も一日元気に頑張りましょうっ」
いや、硬いな……。
「おはようございますっ。
ユウユウこと、貞弘悠里ですっ。
爽やかな朝ですねっ」
いや……雨の日はどうしたらいいんだろうな、これ。
などと思ったとき、ガラス窓越しにこちらを見ている人影に気がついた。
……あの、冷ややかに見ないでください、名もなきワンマイル服の人。
腕組みして、仁王立ちになり、こちらを見ている。
「お、おはようございます。
ユウユウこと、貞弘悠里です。
暑かったり寒かったり、晴れたり曇ったりする今日この頃ですが。
今日も一日頑張りましょうっ」
動揺しながらも懲りずに録音していると、ワンマイルの人がキリのいいところで、ガラリと掃き出し窓を開けて出て来た。
「なにそれ、なんか配信してんの?」
いえ、音声を、と言うと、
「音声?」
と眉をひそめる。
「いや、じゃあ、お辞儀しても見えないじゃない」
とワンマイルの人に言われ、ハッとした。
無意識のうちに頭を下げていたっ、と思ったあとで、気がついた。
「そういえば、別に映像つきでもいいですよね」
あっ、でも、自分じゃ撮れないか、と言うと、ワンマイルの人が、
「なんか知らないけど。
撮ってあげてもいいわよ」
と言い出した。
悠里のスマホを手にした彼女は、ちょっと離れて立ち、
「はい、アクションッ」
と言う。
「お、お疲れ様ですっ。
貞弘悠里ですっ」
はっ、お疲れ様ですって、この人の顔見てたら、反射で言ってしまった。
全然、朝の目覚めっぽくないっ、と悠里は思う。
散々撮っておいて、ワンマイルの人は言った。
「ところで、あんた、これ、なににすんのよ」
「えーと。
朝のお目覚めコールみたいな……」
「は?
なにそれっ。
もしかして、社長に渡すとかっ?」
撮ってやるんじゃなかったわ~っ、とわめいておいて、駄目出ししてくる。
「っていうか、それにしては、事務的すぎでしょ。
もっと色っぽく起こしなさいよっ。
さっきのお天気おねえさんみたいな挨拶とか、なんなのっ!?」
と怒られた。
「そんなこんなで愛らしさを足せということになって。
猫を抱いてみました」
悠里が自動販売機の前で、ぶち猫を抱き、
「おはようございますっ」
と朝の番組のような挨拶をする不思議な動画が出来上がっていた。
社長に見せる前、秘書室でそれを見た後藤が深く頷き言う。
「お前を切り取り、猫のとこだけくれ」
「毎朝、猫が貞弘の声で挨拶してくるんですが」
七海が悠里に朝の情報番組のはじまりのような動画をもらった数日後。
後藤が七海にそんなことを言ってきた。
後藤は悠里に、猫のところだけズームアップした動画をもらったらしい。
「……別の声で吹き替えろ。
俺が起こしてやろうか」
と言ったが、
「結構です」
と断られる。
……うーむ。
なんだかんだで、後藤は、貞弘に自分と同じ声で起こしてもらってるんじゃないか。
なんか納得いかないぞ。
あいつ、貞弘のことを好きなわけでもないのに。
俺はあいつを……
好き、なはずだし。
あいつが来てからというもの。
今までなにも感じてなかったのに。
一人で暮らすあのデカい家をガランとしていて寂しいと思ってしまうし。
そんなときは、あいつが言うところの手下たちを眺めてみている。
手下、その1 おかゆメーカー。
手下、その2 炊飯器。
手下、その3 ル○バ。
手下、その4……
まだ3までだったか。
だが、そういえば、あいつ、うちの家になにかがいると言っていたが。
そういえば、手下、その3がじっとしているときも、なにかが、ひゅっと背後を横切っているような気がする。
気になるが。
まあ、霊でないのは、確かだな。
だって、あいつ、霊見えないから、と思いながら、廊下を歩いていると、総務の大林修子と話している悠里と出会った。
「おい」
と悠里に呼びかけると、はあ? という間抜けた顔で悠里が振り返る。
秘書のくせに緊張感ない奴め、と思っていると、修子が、
「社長っ。
おはようございますっ。
悠里の動画を撮った大林修子、大林修子でございますっ」
と不思議なアピールをしてくる。
「……そうか。
ありがとう。
ところで、貞弘。
あの動画、音だけ取り替えてくれ」
と言って、何故ですかっ? と二人に身を乗り出される。
いや、後藤と同じ声で起きていると思ったら、特別感がなくなるからだ、と思っていたが。
ちょっと恥ずかしいので言わなかった。