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#ritt
食
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⚠︎年齢指定作品です。未成年の方は読まないでください⚠︎
文字数を管理するのが本当に苦手でして、16000字あります。お時間あるときにどうぞ。
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「きみ、今までどんだけ手加減してたんだよ……」
広い浴槽でぬるま湯に浸かりながら、噺家は恨めしそうに呟いた。
飴屋は「加減とかじゃねえけど」と苦笑いを浮かべて背中の泡を洗い流している。窓の外はもはや白み出しており、噺家は浴槽にもたれかかりつつ、もうじき朝だなぁと遠い目をした。
「……いや、加減じゃないとしたら何? いつもは多くて3回止まりのくせにさ、今日は結局何回出したんだっけ?」
「あー……わかんね。6回とか」
「性獣か?」
飴屋は不服そうな顔の噺家ににやにやと笑い、浴槽に入って来ようとする。制する声も間に合わず、まだ清潔なお湯はどうっと溢れ、浴室内を小さな池にしてしまった。
「ちょっ、きみ体積デカいんだからもっと気を遣うとかさぁ……」
「いいじゃん俺んちなんだし。……身体大丈夫か? ちょっと無理させちまったな」
そう言って飴屋はずいっと顔を寄せ、噺家の身体を舐めるように観察する。その視線に一切の下心がないことは分かっているが、逆にどうしてあれだけ獰猛な性欲を見せた男がこうも献身的になれるのかと不気味ですらある。
あのあと飴屋は満身創痍の噺家をまたもや横抱きにしてこの浴室まで運び、まともに指も動かせない噺家の代わりに汗やら何やらを丁寧に洗い流してくれたのだ。飴屋の手によって整髪料が溶けてべとべとになった髪は上等なシャンプーで洗い流され、汗まみれの身体は良い匂いのする石鹸で泡だらけにされた。いつも浴槽もない水垢だらけの狭い浴室にて固形石鹸で全身を洗っている噺家にとって、それは飴屋と出会って以来一番と言っていいほどの贅沢だったかもしれない。
未だ感覚を引きずったままの噺家はそれらの刺激で軽く絶頂してしまったのだが、その間飴屋がやましい目や手つきを加えてくることはなく、自身で吐き出した精液を掻き出しているときでさえ大きく表情を変えることはなかった。
──何だかな、と噺家は思う。飴屋の在り方はどこまでも歪でちぐはぐで、どうにも芯が掴めない。
大人の男を簡単に捻り殺せるような暴力性と、情緒の育っていない子供のような純粋さと、一方的な情事に慣れているはずの噺家を再起不能にするほどの好色漢。それらのうちどれが彼の本性なのか、はたまたどれもが仮初なのか、それとも──と、彼とこうして向き合ってみるといつもこの問いにぶつかってしまう。
目の前を視線だけで見てみれば、相変わらずこちらの身体をじっと見つめる飴屋がいた。怪我はさせていないか、跡にはなっていないか。それを探す飴屋の眼差しはどこまでも真剣で、やましさなどただのひとつも見当たらない。
……実を言うと、噺家の向きからは立てた膝の手前、腰骨のあたりに薄い青痣がついているのが見える。けれどそれを見せてしまえばもう二度と肌を重ねてくれなくなるような気がして、噺家はそれを隠しているのだった。
飴屋は水面のゆらめきでそれを見つけられず、かと言って無理に足を伸ばさせることもせず。
「……そんなに不安になるなら、もうちょっとくらい優しくしてくれてもよかったんだよ?」
「悪かったって。……謝るから、そんな怒んなよ。俺だって別に好きでしたんじゃ──ああいや、なんつうか……」
突然口篭った飴屋を不自然に思い、噺家が顔を上げる。明るくなったことで見やすくなったその瞳の色は──、
「なあ、テツ。……ちょっとはすっきりした?」
「……は?」
「だから、ほら……お前がさ、相当参ってるみたいだったから。多分間違ってるんだろうなってことは分かってたけど、他にどうすればいいか思いつかなくて。こんな方法でしか慰めてやれなくて、ごめんな」
「……」
申し訳なさそうに眉を下げた飴屋があまりに儚い顔で笑うものだから、噺家は目が眩んだような気分になった。
──なんだよ、その言い方。それじゃあまるで、さっきのがきみの本意じゃなかったみたいじゃないか。
僕が慰めろと言ったから。なのに抱けだなんて泣いて縋ったりしたから。だから──きみは好きでもない一方的なセックスなんかしたって?
そんな言い訳が罷り通るはずがない、と思いたかった噺家だが、今の飴屋が適当を言っているようには見えなかった。
いや、あれだけいくつもの顔を持つ飴屋なのだ、きっと噺家のような人間を騙すようなことは容易いはず──そう思い込もうとした矢先、よほどひどい顔をしていたのか、飴屋は心配そうに噺家の顔を覗き込む。それから頬に手を触れようとして、逡巡の後に引っ込めた。まるで自分に触れられるのは怖いだろうと思い込む、哀れな怪物か何かのように。
朝の白い光に照らされた飴屋は昨晩のことなど嘘のように毒気のない表情でじっとこちらを見据えていた。その瞳は暖かな橙色と、穏やかな薄荷色に彩られている。
「……俺のこと、嫌いになった?」
飴屋は躊躇いがちに呟いて、それきり黙り込んでしまった。鳥の声も聞こえない浴室を沈黙だけが支配している。
──確かに、確かに嫌だ嫌だと首を振って駄々をこねるのは楽だった。そのときだけは何も考えずにいられるから。その時だけ自分は過去も前科もなく、ただの『被害者』になることができるから。
行為中飴屋は一度もこちらの名前を呼んではこなかった。もし、それに理由があるのだとしたら。「好きでやっているわけがない」と泣いた噺家を慰めるため、兄弟子たちと同じように、一方的に性欲を発散するふりをしていたのだとしたら?
「何も考えなくていい」「いらないことは考えるな」と、飴屋はベッドの上で何度も囁いた。実際そのあとすぐに何も考えられなくなるような快楽が与えられて、それは正しく、思考放棄に成功したといえるだろう。しかし「考えるな」としつこく繰り返されたそれが悪魔の囁きなどではなく、ただ見ていられないような悲劇から目を逸らさせるための、涙ぐましい献身なのだとしたら?
あれだけ常日頃から「俺は兄弟子たちとは違う」「お前の特別になりたい」「お前を傷つけたくない」と繰り返し言っているくせに、こちらがひたすら拒絶し続けるのを全て理解した上で、『加害者』を被ってくれていた彼のことは。
本来なら──いつもなら、ゆっくりと肌を合わせて熱を確かめあい、戯れながら愛を囁くような、純愛じみたセックスを好む彼のことは?
つい数時間前に自らの暴力性に絶望して、迷子の子供のように狼狽えていた。そんな彼の傷ついた心は、誰が救ってやれるのだろうか。
なかなか返事をしない噺家のことをどう受け取ったのか、飴屋は何も言わぬまま、ただ黙って苦しげに微笑んだ。
傾いた首筋に浮いた雷光のような刺青。それは前に会ったときに『昨日入れた』と聞いたばかりで、まだ縁の周りがみみず腫れのようになっている。
痛みを伴う、立場と権力の象徴。そんなものを身体に現してまで彼はまだ上を目指すつもりらしい。ただ、噺家ひとりのために。
「──ぼ、くは、」
気持ちばかりが先走って、頭が真っ白のまま口を開いてしまう。『そんなつもりじゃない』なんてどうしようもない言い訳が出かけたのを途中でつぐみ、そのせいであとに続けるべき言葉が分からなくなった。
俯いた拍子に前髪を伝った雫が水面を叩く。飴屋はぴくりと肩を震わせ、泣きそうな噺家の目をじっと見つめ返す。どんな言葉が続いたとしても、きっと冷静に受け止めてやるために。
「僕、は……」
「……うん」
「……きみのことが、嫌いになったわけじゃないんだ。今、今分かった。全部。きみが何を考えていたか、僕のために何をしようとしてくれていたかも、全部……」
「分かんなくてもいいよ」
「っちがう、だめだ、それじゃだめなんだよ。そうじゃなくて、嫌いになったとか、そんなんじゃなくて──」
「……怖い?」
「……は?」
「俺のこと、怖い?」
やけに悟ったような声色に、咄嗟に反応できなくなる。飴屋はひどく歪んだ眼差しで、またあの感情の読めない笑みを浮かべた。
──あぁ、そうか。
噺家はそこでようやく得心がいった。飴屋は今、噺家に怖がられようとしている。自分のような人間に近づかせないため必死で威嚇しているのだ。噺家のことが欲しくてたまらないくせに、自分自身の力で壊してしまうことを何より一番恐れている。
暴力漢も子供も色情魔も、全ては彼の一側面に過ぎない。状況に左右されない、静かな凪の真ん中に佇む彼はどこからどう見ても──ただの不安定な、等身大の青年だ。
「……怖くないよ」
そう答える声は色々な感情がない混ぜになって震えてしまって、自分でも強がっているようにしか聞こえなかった。飴屋も当然苦笑して「無理すんなよ」と吐き捨てる。
そうしてまた、戒めのように傷をつける。
「無理なんかしてない。僕はきみのことが嫌いでもないし、怖くもないよ」
「ほんと? 俺こんなだし、いつかお前のことも殴るかもよ」
「さっき言っただろ、むしろそんなの上等だって」
「お前の想像してるようなのとは違うよ、多分。それにそのうち感情が制御できなくなって……逃げようとしたりなんかされたらさ、俺殺しちゃうかも」
「逃げないよ。だから問題ない」
「……いつか後悔するぞ。絶対」
「かもね。でも、きみを選んだことは後悔しない」
「じゃあお前、俺のこと好きなの」
「…………っ、」
噺家ははく、と唇をわななかせ、きゅっと下唇を噛む。
──ずるい。噺家がそれに答えられないのを分かった上で、飴屋はそんなことを聞くのだ。答えが是でも否だとしても、噺家はそれを口に出せない。自らを苛む『組織』から飴屋のことを守るため、もしくは、飴屋に優しい嘘を吐き続けるため。
飴屋は全て、なんとなく理解していた。噺家が自分に向ける視線の意味と、仄かに透けた恋心に。いくら手の内に誘い込もうとしても突っぱねられるが、それが噺家の本心でないことも。
噺家はきっと飴屋のことを嫌ってはいない。けれど彼がいつも自分を見るとき、その間には必ず誰か知らない人間が挟まっている。噺家の潤んだ視線も恋心も、本当はその『誰か』に向けられているのだろうということも。
それら全てには複雑な事情があって噺家が口に出せないのも分かった上で、あえて今鎌をかけたのだ。ぬるい湯の中で、飴屋はそっと噺家の方へ身を寄せる。
「いいよ、別に好かれてなくても。俺はテツのことが好きだから……お前はずっと、俺に振り回されてりゃいい」
「……本気で言ってんの、それ」
「うん」
苦々しげに歪む噺家の視線に、飴屋はあっけらかんと頷いた。今の立場はあくまで『加害者』と『被害者』だ。もしこの関係が噺家の組織にバレたとしても、無理矢理言うことを聞かされたと言えば罰を受けるのは自分だけになる。
終わりありきの関係だけれど、そうすれば全て丸く収まる。そうすれば、一時だけでもこうして──噺家を腕の中へ閉じ込めて、甘い夢を見ていられる。
ひとりで納得している飴屋に、噺家は「馬鹿言うな」と低い声で呟いた。ふたりの間で、ばしゃりと飛沫が上がる。
「僕があのクソみたいな奴らに抱かれるのは、そうでもなきゃ仕事がもらえないからだ。接待も、ああして上のご機嫌取りしなきゃそのうちあのボロアパートで飼い殺されて終いだからやってんだよ。
……じゃあ、きみに抱かれるのはなんでだと思う? こんなふうに一晩中好き勝手されても一銭ももらえないようなこと、なんで許してると思う……?」
「て、つ……」
紫の瞳に宿っているのは、きっとただの怒りだけじゃない。震える声と唇から伝わってくるのは自分によく似た深い哀しみと、腹の奥で燻った、狂おしいほどの執着だ。
「ごめん、俺──、」
口をついて出かけた言葉は、ひたりと合わせられた肌の感触によって散らされてしまう。距離を詰めた噺家は正面から飴屋に抱きつき、冷えて乾いた肩口に顔を埋めた。
ふやけた指と指を湯船の中で絡め、飴屋の股の間に脚を差し込む。冷めつつある湯は人肌程度までぬるくなっていて、お互いの肌の触れ合っているところだけがひどく熱を持っている。
「……ねぇ、上がったらもっかい抱いてよ。リトくん」
「は、なんで……?」
「だって、さっき僕を抱いてたのはきみじゃないだろ。……今度はちゃんと、『リトくん』に抱かれたい。全部、きみの好きなようにしていいから……」
──きみの好きなように。この期に及んでそんな言い回しが出てくるのは、飴屋の趣味が見た目にそぐわないほど純情で、胃がもたれそうなほど甘ったるいことを知っているからだ。
噺家は飴屋の返事も待たず、薄く開いた唇を塞いでしまう。呆気に取られていた飴屋は慌てて抵抗しようとするが、噺家の唇はちゅっ、と軽い音を立ててそのまま離れていく。かと思えばまた違う角度で重ねられ、離れ、それを何度も繰り返す。
結局そのキスが深まることはなく、ようやくピントを合わせることができた噺家はいつものような笑みを浮かべてはいなかった。
「……いいよ。きみとなら、どうなっても」
噺家はそう含めるように呟いて、ゆっくりと瞬きしながら笑ってみせる。その瞳の中に映るのが自分だけだと気付いた瞬間、飴屋はつい、冷えきった肩を抱き寄せてしまった。
§ § §
──そうしてまた、ベッドの上へと逆戻りする。
すっかり汗を吸ったシーツは触って分かるほど重たく湿ってしまっており、少し姿勢を変えただけで淫らな匂いがぶわりと立つ。噺家は自分からそこに頭を擦り付けて、肺いっぱいに匂いを吸い込んだ。
「……に、おい嗅ぐなよ……」
「、だって……きみの匂い、するんだもん……っ♡」
はぁっ♡ と恍惚っぽく空気を吐いた噺家は、そのままうっとりとまぶたを閉じる。特に洗い立てというわけでもない普段の生活臭を思い切り嗅がれ、飴屋は恥ずかしいやら気まずいやらで人知れず頬を赤くした。
うつ伏せの体勢でぬるく浅い抽送を続けられ、とうに思考の鈍った噺家はシーツの海に頬擦りをして飴屋の匂いを堪能している。自分と顔を合わせたときよりずっと蕩けたその表情に、飴屋は一切臆することなく「可愛い」と囁いて頭を撫でてやった。
「んふ、ふふ……っ♡ リトくんの匂いすき♡ っん、はぁ♡、ずぅっとこうしてたい……♡」
「うん、かわいーなあ……このまま一回イきたい? どうする?」
「ん……♡ それ……そのまま奥、きてくれたら、っすぐイく……♡♡」
「すぐイっちゃうかあ。じゃあ、ゆっくりやろうな……?」
飴屋は噺家の細い肩を抱き、期待でひくつきが止まらない蜜壺からゆっくりと自身を引き抜いた。噺家はぬるるっ……♡ と反り返ったそれが内壁を掻きむしっていく感触に全身を総毛立たせ、入り口にカリ首が引っかかる頃にはすでに絶頂の一歩手前まで追い詰められてしまっていた。
ぎゅうぎゅう締め付けてくるそこから噺家の限界を悟った飴屋は上から体重をかけて逃げ場を奪い、赤くなった耳元へそっと囁きかける。
「……な、テツ。……俺の形、おぼえて」
「っ? ……ぁ゛、──〜〜〜ッっ゛……♡♡♡」
言葉とともにひと息で最奥まで暴かれ、噺家は声を発することもできないまま達した。飴屋の甘く低い声が鼓膜から入って体内を侵し、ただでさえ深い絶頂をより深く終わりのないものにする。
手足の自由さえ奪われた身体と内壁をビクビク痙攣させて降参を訴える噺家だが、飴屋はそれを愛おしげに微笑んで一蹴し、助けを求めてシーツを掴む手に自らの手を重ねる。
「きもちいな、テツ……? ほら、ちゃんと覚えて。どこが気持ちいい? 俺の、お前のどこに当たってる……?」
「〜〜ッぜっ♡ ぜんぶ♡♡ 僕のきもちいとこっ♡、全部、きみのでめちゃくちゃ……っ♡♡」
「んふ、そっかあ。なか、思いっきりぎゅ〜っ……♡ って締め付けてきてるもんな? ……じゃあ動くから、お前の『弱点』がどんなふうになっちゃうのか、俺に教えて?」
「あっ、だめ♡ まだ、余韻引いてな……っぁ、あぅ゛〜〜……ッ♡♡」
制止の声も言い切らぬうちに、飴屋は再びゆったりとした抽送を再開してしまう。それ自体は大した動きでもないはずなのに、一度深みへと落とされてしまった噺家にとっては地獄の責め苦もかくやというほどの強烈な刺激となっていた。
未だに収縮しっぱなしのそこを恐ろしい質量が行き来するのを、噺家は繰り返し絶頂しながらありのまま伝えなくてはならない。
「いっ、ぁ゛……っ♡♡ ……っい、いま、おくからっ♡♡ 先っぽが、出て……っ♡ あ、おくっ♡、とんとんされてる……っ♡♡♡」
「うん……イったな」
「ぃ、イった゛……っ♡♡ イったから、もう……っ」
「それで?」
「っそ、れでぇ……っ♡ あ゛っ♡ ぜ、ぜんりつせん、太い、とこでっ♡ ぉ゛っ♡、血管すご……っ♡♡ ……ごりごり、すりつぶ、されてぇ゛……っ♡♡♡」
「うん、またイった?」
「イっ♡、イっでるっ♡♡ も、ずっといってる……っ♡♡」
「イきっぱなしになっちゃったなー……ほら、今度はカリが前立腺届いちゃうな?」
「あ……っ♡♡ ゃ、それ、死んじゃっ──ぉおお゛ッ……♡♡♡」
ひとつ前も、その前の絶頂も引かぬまま噺家は枕に顔を押し付けて悶え狂う。がくがく震えて言うことを聞かなくなった腰も飴屋によって動きを封じられ、度を越した快楽を一切逃がすことができず、全てほうぼうの身体で受け止めるしかない。
──話が違う! 噺家は早くも薄れかけた意識の中で、飴屋に全力の恨み言を吐いた。
あの様子なら、てっきりさっきの拷問じみた行為を払拭するためにぬるま湯のように優しく甘やかしてもらえると思っていたのに。むしろさっきより輪をかけて、的確に噺家をだめにする動きばかりしてくるので余計にたちが悪い。
束の間与えられた休息に死に物狂いで酸素を貪っている噺家へ、飴屋はまたもや耳元に甘い声を降らせる。
「なあ、覚えた? テツのなか、ちゃんと俺のかたちになった?」
「ッ、なっだ……っ♡♡ も、おぼえた、からぁ……!♡♡」
「うん、そっかあ……じゃあ次、俺の触り方も覚えて?」
「は? 触り方、って──……んぅう゛っ!?♡♡」
くったりとベッドに全体重を預けている噺家の身体を、飴屋は軽々と持ち上げて自分の膝の上に座らせる。もちろん下は繋がったままなので、油断していた最奥を力強くノックされた噺家はまたしても急激に絶頂させられてしまった。
喉を真上に晒しながら全力疾走後の小動物のような呼吸をする噺家に、また「可愛いなあ」と頭を撫でてやりながら、飴屋は逃げ出そうとする上半身を片腕で抱え込んだ。
「……お前これ好きだろ。イってるときにぎゅってされながら、頭撫でられんの」
「ぁ……? ……うん、好き……♡♡」
「ふふ、かぁわい……あと、深く繋がったまんま、ゆるゆる奥するのも大好きだもんな?」
「んぁっ♡ ……そ、れも、好き♡♡ っは、きもちぃっ……♡♡」
「くち、開いてる……ほら、ちゅーしような?」
「ん……? ……ん、ちゅ……♡」
──今度は打って変わって恋人同士のような甘い責め方をされ、噺家は頭に『?』マークを浮かべながらうっとりと感じ入る。背面座位のままでは思うように深いキスができずくぐもった声で唸る噺家に、飴屋は可愛くてたまらないというように少し姿勢を変えてやった。
容量の随分減った頭の中を幸福感と気持ちよさが支配して、全身の力がどんどん抜けていく。けれど身体は飴屋のたくましい腕によって支えられているため、離れることなくぴったりとくっついたままでいられる。
脳みそが溶けそうなほど長いキスに夢中になっているうち、飴屋の手はそろそろと噺家の胸へと伸びていった。
「ふぁっ!?♡ ……ぁ、ん……っ♡♡」
「っは、ほんとお前、乳首触られんの好きな?」
「だって、ぇ……っ♡ ──ぁ、それっ♡♡」
飴屋のは逸らした肋骨の上でぷっくりと存在を主張する尖りを、下から持ち上げるようにしてすりすりとさする。長引きすぎた余韻が今もまだ引ききってはくれず、ごつごつとした武骨な指が敏感な下の部分を行き来するだけで気持ちよくてたまらない。
胸から腰にかけて甘い電流が走り、もはや抵抗する気も起きない。くったりと頭をもたげた噺家のものからは、色の無くなった潮か先走りか分からない何かがとぷりとぷりとひっきりなしに溢れていた。
左の腕に抱いた噺家の身体が更に刺激を求めて震えるのを、飴屋は嬉しそうに眺めている。
「な、んで……右、ばっかり……♡」
「んー? だって、左手離したらお前支えられねえじゃん。……せっかくだからさ、俺の触り方真似してみたら? そしたらひとりのときも上手くできるようになるかもよ?」
「真似、って……」
「ほら、左手出して」
飴屋は一度身体の支えを外し、噺家の左腕を胸元まで持ってこさせた。気乗りしない様子の噺家が恐る恐る胸に触れるのを、橙色の瞳でじっと追う。
「ん、まずは乳輪……周りのとこを、爪の先で優しくなぞって。そう、そうやってゆっくり場所をずらしながら……まだ真ん中には触るなよ?」
「んっ、はぁ……っ♡ ……こ、れ、もどかし……♡」
「うん、焦れったくて腰動いちゃうな? いっつもそうなってる。……で、次は先っぽの、根本のとこだけかりかり……って、優しく引っ掻いてみ? ……ほら、どんどん赤くなって腫れてきた……」
「〜〜〜っね、いちいち、言わないで……っ♡」
「言った方が分かりやすいだろ? これは俺の触り方──お前がいちばん好きな触り方を、覚えてもらうためにやってるんだから。……んは、期待しちゃった? 背中反らしたって届かないよ」
噺家は無意識のうちに手を止めて、胸を突き出すような姿勢になっていた。飴屋は「手ぇ止まってんぞ」と軽く嗜めつつ、上を向いて震える突起をエアーで引っ掻くふりをする。飴屋の指はいつもしているのと同じ小刻みなリズムで、あとほんの少し胸を反らせば届きそうな空中を掻いている。
それに一瞬でも届くことができたなら。敏感で、あとはちょんっと触れるだけで達せてしまいそうなそこを、思う存分にこりこりと引っ掻いてもらえたなら。……どれだけ気持ちいいんだろう。
噺家はその感触を想像するだけで軽く達してしまい、息を詰まらせながらより一層胸を反らせた。集中するあまり目が完全に座っており、唇の端からは涎が垂れてしまっている。飴屋はそれをぺろりと舐め取って、定位置──噺家の耳元へと戻る。
「あー……やばいね。今先っぽ触ったらさ、めっ……ちゃくちゃ気持ちいいよ、多分」
「っ♡ ふ〜ッ♡ ふ〜〜ッ゛……♡♡」
「……聞こえてねえな。んじゃ、ほら……先っぽつまんで、こりこり〜〜……♡」
「ッふぉ♡ お゛〜〜〜っ……♡♡♡」
膨れ上がった先端を中指と親指でつまみ上げられ、噺家の身体はがくんっ♡ と思いきり仰け反る。
張り詰めきった快楽神経がぱちんと音を立ててはじけ飛び、もう二度と戻ってこられないと錯覚してしまうような、大きく深い絶頂。最奥から快感を与えられ続けていた内壁は飴屋のものを痛いほど食いしばり、前からは相変わらず透明な体液をぴゅるぴゅる飛ばしている。そのくせ左手は止まることなく乳首を捏ね続けており、その貪欲さに思わず笑ってしまう。
飴屋は自身の上で不規則にへこへこと揺れる腰に汗を浮かべながら、振り乱された噺家の髪を撫でつけてやった。
「ぉ゛っ♡ ……ぉ、あぁ゛っ♡♡ あ、 ッはぁっ♡ はへぇっ……♡♡ きもぢ、っい゛……♡♡♡」
「ッは……締め付け、やっばいな……」
噺家は潤んだ瞳をまぶたの裏に半分隠し、重たい余韻に浸っている。ゆるく上がった口角に飴屋もつられて獰猛な笑みを浮かべつつ、今はただ、ピンと立ち上がったままの乳首を優しく捏ねてやりながら、噺家の好きな甘い絶頂の余韻を味わわせているだけだ。
──それから数分ほど経ってようやく噺家の呼吸が落ち着いた頃、飴屋はようやく腰の動きを再開させた。もはや全体が性感帯となった後孔を休む暇もなく穿り返され、噺家は途切れ途切れの嬌声を上げることしかできない。
「どう、覚えた? 俺がいつもやってる触り方。これで明日から自分でもできるな?」
「、むり、だろ……♡ こんな、気持ちいの……っ♡♡ ……ていうか、触り方だけじゃなくて、いつもこうやって、きみにされてるから──……」
「……俺にされてるから?」
「ぁ、いや……♡、……っなんでも、ない」
噺家はそうして何か言いかけたきり、そっぽを向いて声を抑えるようになってしまった。飴屋は抽送を続けながら、ふと噺家の薄い腹に手を当てる。
力なく体重を預けきっているせいで臍の下あたりに飴屋の怒張の先端部分が張り出てしまっており、腰を動かすたびにその膨らみが上下する。試しにわざと弱いところを責めてやれば、無いに等しい腹筋が内側と連動してひくつき始めた。
最愛の人を腕の中に閉じ込めて、作り替えている優越感。自分の技術で気持ちよくさせている達成感と、無防備を晒されている幸福。
──そして、言いようのない渇き。空虚さ。
「……テツ、体勢変えよっか」
「はぇ……? ぁ……うん……♡」
飴屋はぐずぐずになったそこから自身を完全に抜き取り、その衝撃で噺家はまたしても絶頂させられる。風呂から上がって以来埋まりっぱなしだった孔は閉じきらずにぽっかり空いていて、くちゃくちゃと物欲しげに疼く直腸からは泡立ったジェルがこぼれていた。飴屋はその淫猥さに思わず生唾を飲み込み、欲に負けてしまわぬうちに噺家の身体を反転させて仰向けにする。
久しぶりに正面から見た噺家は、やはりこの世のものとは思えないほど美しい。ついさっき汗を洗い流したばかりだったのに、噺家の陶器のような肌はすでにしっとりと汗ばんでしまっている。朝日に照らされてできた肋骨の陰影が何とも言えない妖美さで、飴屋はつい、そこに手を伸ばしてしまう。
「……男を抱くの、まだ慣れない?」
「……は? え、なんの話?」
「とぼけなくてもいいよ。……みんなそうするんだ。僕には女の人みたいな柔らかい胸がないから、物惜しげにそうやって──」
そこまで言いかけて、飴屋があまりにもきょとんとした顔をしていたのでやめる。反射的に離れていた手が再び胸に降りてきて、冷たい肌の上を熱い手のひらがひたりと這う。
「そういうもんなの? 俺、性別がどうとか考えたことねえけど……そうじゃなくて。お前の心臓、ちゃんと動いてんだなって、思って」
「……心臓?」
「うん。テツのからだ……なんか、作り物みたいに綺麗だからさ。内臓入ってんかなとか、息してんのかなとか、そういうのが想像できなくって。……でも、触ったらちゃんと動いてんだよな。当たり前だけど」
「…………」
──綺麗、だと言うのか。この身体を。
貧相な身体だと自分でも思う。女のように柔らかな脂肪があるわけでも、男らしくしなやかな筋肉がついているわけでもない。骨ばっていて凹凸のない、見ていて不安になる体型だ。
それにいつだって身体中痣や噛み跡だらけで、高座に上がる際はいつも化粧をして隠している。目立つからやめろと言えるような立場でもなく、誰のものか分からない所有の印をいくつもつけて衣装に着替えているときはさすがに気分が滅入ってしまう。
夜を思わせる生傷が絶えない上に面白みもない、つくづく抱き心地の悪い身体。……それを飴屋は、綺麗だと言った。
どくん。と、新鮮な血が全身に回る。別に嬉しいわけじゃない。この身体を褒められたことに気を良くしたのでは断じてなく、ただ、許されたような気がした。他の誰でもない飴屋に、このどうしようもない暗がりを認めてもらえたのだと。そう思いかけて──気のせいだとかぶりを振る。
「ん……心臓の音早くなった。ドキドキしてる?」
「……してない」
「うそつけ」
「してないって言ってるだろ! ……もういいから、はやく、続き……っ」
「んな焦んなって。お前も知ってんだろ、俺がこういうの好きだって……」
愉しげに声を歪ませながら、飴屋は胸元に置いた手のひらをゆっくり下へずらしていく。これも最初から飴屋が仕込んでいた性感で、特にこんな具合に嫌というほど啼かされたあとは、こうして触れられるだけで軽く達してしまうようになっていた。
汗ばんだ肌と肌が擦れ合い、間に生まれる微かな摩擦が徐々に快感へと変わる。手のひらが腰骨にたどり着く頃には噺家の息は上がりきっていて、自身の身体をなぞる飴屋の手を無意識のうちに視線で追ってしまっていた。
「これもさ、お前の好きなとこ、俺知ってるよ。こうやって……骨盤の裏っ側のとこ、指先でなぞられるとぞわぞわするでしょ」
「、は……っ♡ ……う、ん」
「正直でえらいなあ? ……あとここ、いつも俺のが入ってる辺り、を……指で強めに押されると、すぐ気持ちよくなっちゃうもんな?」
「あ゛っ……♡ ゃ、やだそれ、変なイき方するからぁ……っ♡♡」
「んはっ、さすがにやんないけど。……で、ここから一気に胸まで撫でてあげて〜……」
「ッぁ゛♡、ふぅう゛……っ♡♡」
「……ぞくぞく止まんない身体、抱きしめられんのが一番好き。……な、抱っこさせて?」
飴屋の腕がすぐそばまで伸ばされて、噺家は誘惑に抗えずそれに縋りついてしまう。力の入らない腕で分厚い胸板にしがみつき、ずり落ちそうになったところを後ろからそっと支えられる。
それまでくすぐったいような落ち着かないような感覚がしていた背中をぎゅっと抱き寄せられ、その安心感は気持ちいいというより心地良い。ずっとさざなみのように押し寄せていた絶頂感が緩やかに収まっていくのを感じ、噺家はそこで初めて、今度は挿入していないことに気がついた。
正直身体はもう悲鳴を上げているし、これ以上快楽漬けにされたら、それこそ本当に淫乱になってしまう。……けれどこうして抱き合って満たされているはずなのに、空っぽの腹だけがひくついて、何だか物足りないような気がしてしまう。この身体を埋める途方もない熱がどうしても欲しくてたまらない。
──自分ももう手遅れだな。と自嘲して、噺家は飴屋にしなだれかかる。
「……ねぇ。……はいってない、んだけど」
「うん? だっていい加減テツもしんどそうだし、今日はこのまま終わってもいいかなって……」
「それじゃ……フェアじゃない、でしょ」
「、ぁ……おい、やめ……ッ」
飴屋の首筋に額をくっつけたまま、噺家は腰にまとわりつくようにぴったりと這うそれを、尻の割れ目でずりずりと扱いてやる。飴屋は風呂から上がってまだ一度も出していない。ならば、自分だけがこんなに悦がらせられるだなんて癪だった。
噺家はふるふると小鹿のようにわななく脚を無理くり立たせ、しっかりと上を向いたそれを自身の後孔に当てがう。そのうち脚に力が入らなくなり、わざわざ挿れようとせずとも勝手に呑み込んでいってしまった。
「んっ、はァ……っ♡♡ は、きもち……♡」
「……どうすんだよこれ。このままだとまたお前ん中に出しちまうけど、それでもいいの?」
「ッうん、いいよ♡ せっかくなら僕だけじゃなくて、きみも気持ちよくなってくれないと──ぁ、ごめん♡、ちょっとイく……っ♡♡」
とうに身体に馴染んでいた肉棒はあっという間にとちゅ……っ♡ と最奥にたどり着き、その衝撃で噺家はまたしても達した。何度でも健気に締め付ける温かな肉の壁に歯を食いしばり、飴屋は噺家の上体をべりっと剥がす。
拒絶されたのかと思って咄嗟に身構えた噺家だったが後ろを引き抜かれることはなく、代わりに目尻に溜まっていた涙をそっと指先で拭われ、ぼやけた思考のまま首を傾げた。
「? は……なに?♡」
「……なあ、気付いてる? お前がそうやって泣くのは、奥でイくときだけなの」
「あ、そうなの? ……しらな、かった」
噺家は余韻を纏いふわふわとした意識の中、飴屋の表情を確かめようと顔を近づけようとする。飴屋はそんな無防備な噺家の顎をくいっと持ち上げ、反対に顔を見つめ返した。
涙に溶けた葡萄色と険しく歪んだ橙色が、どろりと濁って混ざり合う。
「誰に教えられた?」
「……は、」
「お前がイくと泣く体質なの。奥まで届く奴じゃないと分からないはずだろ」
やっとクリアになった視界の中の飴屋は、くしゃりと曲げた唇で忌々しげに問うてきた。そんなものは自分でも気付けるだろうと思った噺家だが、実際初めて思い至ったのは『彼』に指摘されてからなので口を閉ざす。
──初めて体を重ねたとき。誰かさんにそっくりな間抜けな顔で、血相を変えて心配してきたのが『彼』だった。久しぶりに思い出したその顔は、目の前の男と哀しいほどによく似ている。
噺家の反応で思い当たる節があるとだろうと悟った飴屋は、「否定しねえのな」と吐き捨ててより一層顔を顰めた。
「──俺さ、他にも知ってるよ。お前の弱点とか、好きなこと。たとえば……やっぱお前甘えたがりだから、こうやって密着してるときは敏感になるだろ?」
「……そ、んなこと……ぁ、まって♡ 今、うごかないで……っ♡」
「そうやって『待って』とか『だめ』って言うときは、ほんとは待たなくていいこととか。ま、ほんとに嫌がってるときに気付けなかったら怖いからやめてやるけど。あと……今日知ったけどキスも好きだろ。……耳も弱いよな。こうやって耳元で喋ったりすると……ふは。ほら、またイった」
飴屋の愉しげな低い声が絶頂直後の身体に響き、びりびりと甘い電流となって噺家を蝕んでいく。言い返すこともできない噺家を今度はぎゅっと抱きしめてあやす飴屋は、本当に全ての弱点を見抜いているようだった。
弱いのは、耳じゃなくて──と口を突いて出かけた言葉をぐっと飲み干し、噺家はとめどなく襲い来る快感をどうにか耐え忍ぶ。
ふにゃふにゃの身体を抱き寄せて中途半端に湿った髪を撫でてやりながら、飴屋はくたりと脱力したままの噺家をじっと見つめている。その表情と手つきはどこまでも慈愛に満ち溢れていて、けれど、瞳だけはずっと薄暗がりを浮かべたままだった。
「なあ……誰なんだよ。お前の身体をこんなふうにしたの。お前に、こうされると気持ちいいって教えたの」
「っそ、んなの──」
「そいつのせい? テツが、俺のこと好きになってくんないの。……そいつを殺したら、テツは俺のになってくれる?」
「……っ」
飴屋の口から飛び出た過激な言葉に、噺家は一瞬身体を硬くする。もし飴屋が、この記憶の中の彼を殺したら──そんな日は未来永劫来ないので、そこまで考えてやめにした。
答えられない。何も。『彼』については噺家自身にもまだ整理のついていないことで、これから飴屋とどれだけ仲良くなったとしても、きっといつまでも伝えられないのだろう。
飴屋に対する感情も、『協会』のしがらみも、『彼』についてのことも。もう噺家ひとりでは抱えきれない。感情のままに全て吐き出して、楽になってしまいたい。けれど、でも──目の前に一本置かれたナイフのような危うさを、今更手に取る気にはなれなかった。
三秒ほど待ってみて返事がかえってこないことを悟った飴屋は、ふいに腕の拘束を強くした。強く、息が苦しくなるくらいに抱きしめて、赤くなった耳朶に唇を寄せる。
「……テツ、今だけは俺のこと見てよ。俺だけで頭ん中いっぱいにして。……俺の名前、よんで」
「……ぅ、」
「テツ」
「……、……リトくん」
「……もう一回」
「っだめ、もう一回呼んだらもう──戻れなく、なっちゃう、」
「いいよ。戻れなくなろ。……俺と一緒。おかしくなろ?」
「……っ」
ぞく、と背筋が粟立つ。その静かに病んだ声色は客を相手しているときともまた違う、『恋』という狂気を孕んでいた。
それが分かっているから余計に恐ろしくて、噺家はぼろぼろと涙を流しながら、広い背中に縋りつく。
「──もう、もうおかしいんだ、僕。きみと出会う前から、ずっとずっとずっと前から、おかしくなってたんだ。だから──もっとおかしくして。昔のことなんか思い出せないくらい、きみの手で傷つけて、壊して。……きみになら、いいよ」
「……テツ……」
噺家の血を吐くような必死の懇願に、思わず腕の力を緩めてしまう。そうして空いたほんの僅かな隙間で身を捩った噺家は、飴屋の下唇を甘噛みしてキスをねだった。
きっと噺家が望んでいるのは先ほどのような頭を空にして貪り合うようなものでも、恋人同士のように甘いものでもない。一生癒えない傷をつけて力尽きるまで甚振られるような、暴力じみたセックスなのだろう。
それが分かっているから、飴屋はぞっとするほど優しい手つきで噺家の唇をなぞり、乾いた唇をそっと重ねた。
「っん、ぅ゛……やら゛♡、こんな、やさしいの、じゃ……っんむ、ン、んんぅ゛……っ♡」
「……」
飴屋は涙声で抵抗する口に無理矢理蓋をしてしまい、ついでに下の方もゆるゆると刺激してやる。向き合って座るこの体勢だと、足の力を抜けば自然と奥を刺激してしまう。なので飴屋がゆっくりと腰を揺らすだけで、最奥を重たく捏ね回すことになるのだ。鼻呼吸をする余裕がなく息継ぎするだけで精一杯の噺家に、飴屋は休む暇もなく甘い快楽だけを与え続ける。
あっという間に高められた噺家の頭を撫でてやり、倒れそうな背中を支えて、文句を言えないよう唇も塞いでしまって。舌の裏をぬるぬると舐め上げて、じゅわりと湧いた唾液は音を立てて吸い取り、絶頂に気を取られて弛緩した舌をやわやわと噛んでやる。
今日──というかつい今しがた気付いたことだが、経験豊富を自称する噺家はキスをするときだけはどうしても受け身になってしまうらしい。これだけするのは好きなくせ、積極的に舌を絡めてきたり口内を舐めたりはせず、ただ舌の先端同士をさりさりと擦り合わせるだけで限界のようだ。
──例の奴に、そう教えられたんだろうか。飴屋は一切愛撫の手を止めることはせず、頭の中だけでそんなことを考えた。兄弟子やお偉方はなんとなくうぶな反応を喜びそうな気もするが、今までの話を聞く限りキスも下手くそなんだろう。
では、ただされるがままのキスが気持ちいいと教えた誰かがいるはずだ。そしてそれはもはや噺家も隠す気がないらしい。噺家の身体をここまで作り替え、わざとらしい誘い方でなく本能的に求めてしまうような、そんなふうに人を煽る癖をつけたのは一体どこの馬の骨なんだろうか。
考えるだけで気が狂いそうになる。嫉妬で癇癪を起こして、目の前の全てをめちゃくちゃに壊してしまいたくなる。それなのに、今まさに腕の中へ閉じ込めている痩躯を傷つける気にだけはなれなくて、拳を握りしめて耐えるしかない。
「……好きだよ。テツ。……はやく、俺だけのになって」
「ッ♡ ッふ、ぐ……っ♡♡ うゥ゛〜〜〜……ッッ!♡♡」
耳を犯す甘い囁きに、何としても答えるものかと噺家はきつく唇を噛み締めて、駄々をこねる子供のように頭を振り乱す。
ほんの少し気を抜けば、身も世もなく泣き縋ってしまう。頼りがいのありすぎる厚い胸板に抱きついて、ぐちゃぐちゃになった心と身体をみんな預けてしまって。──ああでも、それは今も変わらないか。
噺家の様子に気付いた飴屋は再び丸まった身体を抱き直し、何事か言いかけた口を塞ぐ。まるで悲鳴ごと恐怖を呑み込むように。まるで引き攣った叫びごと、救いを求める声を奪うように。
そうしてまた、この関係は暗がりへ向かっていく。
コメント
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例の彼が気になりすぎる!
毎度素敵な小説をありがとうございます。浅間様の書く小説が本当に好きです。此度は、一つご指摘させて頂きたく、コメント致しました。長くなってしまい、返信に続きます。