コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
私のクラスメイトが追手を引き受けると言ったとき。
内心は「ラッキー」と喝采した。
厄介な相手から逃げられるから。
でも、路地裏から表通りに出てしばらくすると柄にもなく心配になってきた。
あいつ相手では普通の人間なら殺される。
ケンカが強いとかそんなものはなんの足しにもならない。
気がつくと私は危険を百も承知で引き返していた。
もちろん、回り道をして急いで慎重に。
そこで私が見たのは、野次馬が騒いだことに気がついた二人が揃って逃げ出すところだった。
信じられない。
あいつ相手に五体満足で、しかも走れるなんて!!
驚きと同時に安堵した。
無事で良かった……
……
ヤバイ。
クラスメイトの千葉祐が無事なのは良かったけど、今度は口止めしないといけない。
私を見たこと。
あいつのことも。
今晩、私絡みで起きたことを誰かに話されるのはとても不味い。
生気を抜いてしまえば、意識もなくなり、誰かに話すなんて不可能だ。
可哀想だけど……
このまま後を尾行てやるか?
でも、今夜はあいつがうろついてる。
私が危ない。
なら、朝だ。
朝に誰かに話す前に生気を抜いてしまおう。
いつもより早起きした私は昨日の場所から臭いを伝って千葉祐の家をつきとめた。
アパートだ。
家族がいるから家に訪ねて行ってもなんにもできない。
やるなら学校か。
学校は広いからその気になれば人目を忍ぶのは容易い。
よし。
出てきたら声をかけて、学校で待ち合わせ場所に誘おう。
手順を決めると千葉祐が出てくるのを待った。
千葉祐……
不思議な人……
引越してきたとき、前の原っぱに仲間といる彼と目が合った。
金髪の柔らかそうな髪が風に凪いでいた。
精悍な美貌、広い肩幅、長身で引き締まった身体。
全てが私の目から頭に飛び込んできた。
ざわざわして、なんだかそわそわして……
とっても不思議な気分になった。
朝になり新しい学校に行ったら彼がいた。
他の仲間は覚えてないけど、彼…千葉祐のことは鮮明に記憶に残っていた。
なんだか無性に嬉しくて……
話しかけたいという衝動に駆られた。
そんなことを思い出していると、アパートの階段を学生服に着た男が降りてきた。
千葉祐だ!!
ゴミ置き場にゴミ袋を置くと学校に向かって歩き出す。
不良っていうくせに早起きね……
私は彼の背中を見据えると距離を取ってついていった。
学校に近づいて来ると登校してくる生徒の数も増えてくる。
クラスメイトの姿はない。
だんだんと正門が近付いてきた。
歩を早めると一気に近づいて千葉祐の肩を叩く。
「おはよう」
「おまえ…」
私を見る千葉祐の目に驚きの色があった。
「気持ちのいい朝ね」
「そう…だな」
ふりそそぐ朝日を見ながら目を細めて言う。
「ちょっと話しがあるの。とっても大事な話し」
「なんだよ?」
「昨日のこと。二人だけで話したいの。お願い」
……
「ああ。わかった」
千葉祐は私の目を見てから間を置いて返事をした。
「ありがとう!図書室に来て!先に行ってる」
小さく手を振ると小走りに学校の門をくぐった。
先に図書室に行くと静けさに浸った。
そして本の香り。
これだけはどこの学校でも大差ない。
昨日案内してくれた志穂という子が言ってたけど、この学校で図書室はほとんど人が来ないそうだ。
誰も本とか興味ないらしい。
だからここは格好の場所になると思った。
「よお」
図書室の扉を開けて千葉裕が入ってきた。
「どうしたんだ?こんなとこに改まって呼び出して」
「好きな場所なの」
「図書室が?」
「ええ。特に誰もいない朝早くとか放課後は静かで落ち着くし」
「ふうん……」
さて。
急いで誘惑しないと。
「凄いのね。あなたって」
「なにが?」
「あの男相手に、次の日普通に生活してる」
「ああ?ああ、あの野郎のことか」
そう言ったとき、千葉裕の目に子供のようなキラキラしたものを感じた。
「なんだか楽しそう」
「ああ。あんな強い奴に会ったのは初めてだからな」
何考えてるんだろう?
私にはちょっと理解できない思考だった。
でも、今はそんなことはどうでもいい。
やることをやらないと。
「素敵ね。強い人って好き」
千葉裕に近付いた。
そのとき私の鼻腔を未経験の香りがくすぐった。
なにこれ?
戸惑いを感じながらもそのまま熱い胸板に身を委ねる。
「おい?どうしたんだよ?」
千葉裕が私の肩を掴む。
「初めて見たときから素適って思ったの」
あれ?
こういう時に感じる性的興奮の臭いがしない……
「バカ言ってんなよ」
両肩を掴まれて引き離された。
「私が嫌い?」
昨日の闘いでできたと思う頬の傷に手を添える。
そのまままっすぐ千葉裕の瞳を見つめた。
その手を千葉裕が掴む。
温かい……
この人は温かい。
「おまえ、すげえ手が冷たいな」
「あなたが温めてよ」
「貧血か?」
なんでそうなるの?
「うーん……」
今度は私の額に掌をあてて思案するような顔をする。
「熱はねえから風邪とかじゃないな」
「えっ」
なんなのこの人は?
私で興奮しないとか?
「来いよ。顔色も悪いし保険室に連れてってやる」
そう言って私の手を取る。
温もりと一緒に鼓動が伝わってくるような気がした。
その瞬間、急速に私の中でないもかも馬鹿らしくどうでも良くなってきた。
「だ、大丈夫。私って低血圧なの」
「低血圧?そんなもんなのか?」
首を傾げる千葉裕。
見ていてなんだか笑ってしまった。
「フフフッ……アハハ」
「なんだよ?」
「フフフッ…座ろう」
私の手を掴む千葉裕の手を引いて近くにあるイスに座るように促した。
この人から生気を採るのは止めた。
「ごめんなさい。変なこと言って」
向かい合わせに座って頭を下げた。
「ん?ああ…別に」
なんだか気まずそうに答える。
精悍な美貌のわりに照れくさそうなしぐさと表情に胸がドキッとした。
「昨日のことなんだけど……誰にも言わないでほしいの。私があそこにいたこと」
「わかった」
即答だった。
「いいの?約束してくれるの?」
「ああ。もとから誰かに話そうとか思ってなかったしな」
「ありがとう……」
ホッとした。
これでこの人の口をふさがないで済むと思うと安堵する自分に驚いた。
「家が厳しくて……」
「そっか。わかったよ。安心しな」
「あなたは?あなたはどうしてあそこにいたの?かなり遅い時間だったけど」
「バイトだよ」
「なんのバイト?」
「クラブの用心棒みたいなもん」
「そんなバイトあるんだ?危なくない?」
聞くだけ意味ないか……
だってあの男と戦えるくらいなんだから。
「金がいいんだよ。生活かかってるからな」
「生活?家計を助けてるの?」
「家計を助けてるっていうか、一人暮らしだからな」
「えっ!?そうなの?」
アパートの前にいたとき、私は家族がいると思ったからドアを叩かなかったんだ。
なんだ……
意味なかったな。
※ここに1人暮らしになった理由の会話を少しプラス
「わかった。私も今聞いたこと誰にも言わない」
「別にいいよ。仲間内はみんな知ってることだし隠すようなことじゃないしな」
「いいの」
「ん?」
「あなたが私に話してくれたことだから誰にも言わない」
自分でもよくわからない。
何を言ってるんだろう?
ただ思ったんだ……
この人が、千葉裕が私に言ったことを他の人に言いたくない。
なんだかとても大事なものに感じたの。
独り占めしたいって……
「そろそろ教室に行くぜ」
「私…後から行く」
始業までまだ時間はある。
「そっか。じゃあな」
背を向けて歩き出す千葉裕を呼び止めた。
「ありがとう!約束してくれて……千葉君」
「裕でいいよ」
「えっ」
「名字で君付けはこそばゆいんだ。裕でいい」
「じゃあ……ありがとう。裕」
「どういたしまして」
照れくさそうに笑うと、裕は図書室から出て行った。
一人残った私は……
自分の中に目が得た感情のようなものを感じていた。
胸がドキドキして……
キュウッとなって……
ふわふわして息苦しい、なんともいえない気持ち。
こういうのを本で見たことがある。
転校するたびに図書室に行った。
私はいつもそこで恋愛小説を読んでいた。
人が感じる恋愛ってどういうものだろう?
愛する者同士が求めあい愛し合う行為はどんなものだろう?
私の普段の行為とどう違うのか?
いつも考えていた。
それがこの気持ちなんだろうか……?
私は自分の胸に手をあてて、気持ちを噛みしめるように目を閉じて感じようとした。
偽りの鼓動がいつもよりも高鳴っている……
ああ……
これかな……?
実感すると頭の中、胸の奥にさっき私の手を取った裕の顔が浮かぶ。
その度に私の胸の奥がキュウッとなって。
なんだかとても気持ちがいい……