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5. 夜の片隅で君としているだけで
クラピカが泣いてくれたおかげで、泣かずに済んだ。
それは本当のことだった。
なんとなく、人質交換をした時のパクノダの様子から、彼女が死を選ぶ予感がチラついていた。だから、クラピカから彼女の死を聞かされた時、「ああ、そうか」と納得した。
だけど、パクノダの死を思うように伝えられずに、クラピカはあんなに怒っていた。怒りながら泣いていた。その姿は滑稽だったし悍ましいほどの恐ろしい表情だったが、一連の流れで随分笑わせてもらった。だから、あの場では泣かずに済んだ。
良かったな、パクノダ。
流星街以外の奴でも、こんなにも、お前のことで泣いてくれるやつがいたよ。でもそいつが、お前の死の元凶なんだよな。パクは全部わかった上でやったんだろうけど、残された元凶の方は、結構、動揺してる。見ていて心配なるほどだ。
たぶん、とクロロはあたりをつけた。
他人がいる時は、なんてことのない顔で、「ジャッジメントチェーンが刺さっているのを承知で、誓約を破るなど、とんだ自殺行為をしたものだな、愚か者め」みたいな態度をとっているくせに、一人になったら、ソファに顔を突っ込んで、落ち込んでいそう。
※
ヨークシンシティのアパートはどこも狭い。
だからクロロが借りたワンルームには、余計なものは一切置いてなかった。
どうせ、すぐに引き払う予定の仮住まい。
引っ越しする時は、身軽な方がいい。
そう思って、極力物を置かないようにしていたが、最近のクロロはは少し心境が変わってきた。
心境の変化の一週間後には、部屋には大量の本と、買ったばかりの組み立て前の家具の段ボールが埋め尽くされることとなった。
クロロがささやかな1人用サイズのハンガーラックや本棚を組み立てていると、玄関のチャイムが鳴る音がした。視線をやる前にはもう、部屋の中には派手で華やかな気配の男がいる。
「チャイム鳴らすとかいう気遣いが、お前にもできるんだな」
本棚を組み立てる手を止めずに揶揄すると、ヒソカは、クロロが買い込んだ家具の数々に目線をやる。
「定住する気?」
「除念師が見つかるまではな。」
「何もこんな狭いところじゃなくても。」
「お気遣いどうも。育ちが悪いもんで、こんな狭い穴蔵でも、城みたいに快適なんだ」
旅団がアジトにする場所は、だいたい廃墟だったことをヒソカは思い出した。彼らは屋外屋内を問わず、どこでも眠れるし、寛いでいたが、正直ヒソカの好みではなかった。
ふと、目線を部屋の奥に投げると、天井まで積み上がるんじゃないかという本の山が視界に入ってきて、ヒソカは辟易した。
「本はデジタルにしなよ」
ボソッと、言った言葉を聞きつけて、クロロは返事を返す。今日はずいぶんと機嫌がいい。
「俺、デジタルネイティヴじゃないんだよね。Kindle用のタブレットは一応持ってるけど……あっ。」
言葉の途中で、本棚を組み立てるのをやめ、おもむろに腕を組んで、宙に視線を彷徨わせ始めたクロロに、ヒソカは醒めた視線を向けながら指摘した。
「今、スキルハンターも電子書籍にしたらどうなるんだろうって考えてるでしょ」
「御名答。」
「いや、わかりやすすぎるから」
「本を持つのと、タブレット、どちらがより戦闘に向いてるだろうか。タブレットの場合、充電が必要という制約がありそうだが、タブレットにするメリットあるか?まあいいや、念が戻ったら考えるか、でもなぁ、気分的にないな…。うん、やっぱない……。」
ぶつぶつつぶやきながら作業を再開したクロロに、「楽しそうだね、どういう心境の変化?」とヒソカが聞くと、「さあ?」と返事が返ってくる。
「でも、念が使えない日々は、蜘蛛(仕事)のことを考えたって、どうせ何もできないんだから、無意味だろう?
だから、考えるのをやめて、休日だと思って好きにすることにした。快適な環境で本を読むとか、昼下がりにコーヒーブレイクしにいくとか」
「ねえ、今、蜘蛛のことを「仕事」って言った?」
「言ってない」
さらりと言い切ったが、絶対に嘘だ。
幻影旅団の団長は「仕事」か。
なるほどそう考えると、納得がいった。
株式会社幻影旅団。
代表取締役社長が交代しようが社員が変わろうが、企業理念に基づいて永遠に存続し活動していく機関。それがクロロの作りたい理想の幻影旅団なのだろう。完全に反社だが。
「そういえば、お前がこの間言ってた、「クラピカは俺達とは違う」っていうの、わかったよ」
「へぇ、よくわかったね。結構ぼんやりしてるから、一生気づかないままでいるかと思った。」
「ああいうのは、一般的には珍しいタイプではないけど、血で血を洗う様な世界にいるのは、珍しい。
信じられないことにウボォーギンをご丁寧に埋葬してた。実際に埋めた場所に行ってみたら、もっと信じられないことに、墓所が手入れされてる跡があった。
殺した人間の数すら覚えていない身としては、感心を通り越して鳥肌が立ったよ。
あんなに何でもかんでも背負い込んで、自分には関係ないものまで慈しんでいたら、身が持たないだろうに。よく今まで生きてこれた。
きっとこれからも、死に急ぐんだろうな。」
ヨークシンシティの郊外の荒れ地には、若い苗木が一本植えられていた。
そこが、ウボォーギンの眠る場所だとクラピカから教えられた場所だ。
クルタ族の埋葬では、死者を埋めた側に必ず苗木を植えるそうだ。そしてその木は、死者と大地と太陽と水を養分として大きく成長する。木には、死者の名が付けられ、里の者にずっとその名で呼ばれるらしい。
その若い苗木の前で、クロロは涙を流した。
ウボォーギンの体を養分にして育った木など、それはもう、ほとんどウボォーギンでできているみたいじゃないか。まるで兄貴分が木に生まれ変わったかのように感じてしまい、本当に、うかつにも、そして不覚にも心を慰められた。
死者とは、永遠に交わることはないのだと思っていた。体が動かなくなり、意思疎通ができないのであれば、人形も死体も対して変わらないと、感じていた。どんな埋葬方法も、心が癒えることはなかった。葬儀では、いつも違和感だけが残っていた。
けれど、ここに来れば。
ウヴォーギンには会えはしないが、ウボォーギンを糧として青々と生きている木に会える。
これは、とんだ上手いまやかしだな。
してやられた。
なんでいちいち、こんなに俺の心の琴線に触れてくるんだよ。悔しいなあ、と、泣き笑いで苗木に涙と水をやった。
逆さにしたペットボトルの水の最後の一滴が、苗木の若葉まで落ちきったとき、クロロは、待てよ、と思う。
世界中を周りながら大悪党役を演じるという夢を全うして、3度の飯よりも大好きな戦闘の果てに死んで、その決闘相手に、こんなにご立派に埋葬までされて、定期的に手入れまでされてるなんて、世紀の極悪人としてはちょっと待遇が良すぎる最期なんじゃないか?
「俺達の最期なんて、どうせ、罵詈雑言を浴びながら解体されて細切れになるまで見世物にされるか、よくて、どっかに打ち捨てられてるのがオチだよな」って、笑いあったアレはどうなったんだ。一人だけズルくないか?ちなみにこれ、アンタが言ったんですよ、ウボォーさん。
最近行ったウボォーギンの墓参りのことを思い出して、ぼーっとしていると、ヒソカがものすごく興味深い目でこちらを観察していた。
その目に宿る、殺意と熱意と悦びを隠そうともしない様子に、多少ウンザリしながらも、クロロは禍々しい視線を真っ向から受け止める。
「いつの間にかクラピカと和解したんだ?仲良くなれた?その様子だと、相当気に入った?」
「全然殺しにこないから、探りを入れただけだ。ああそう、パクノダが死んだことも律儀に教えてくれたよ。あんな甘さで、唯一の生きた緋の目だとか、先が思いやられる。生き地獄にあう前に、殺してやったほうがいいんだろうな」
それは否定しないけど、とヒソカはしゃがみこんで作業をしていたクロロの前に座り、額が触れるほどの至近距離で、顔を覗き込んできた。
「じゃあ、君が責任持って殺ってあげるのが、筋なんじゃないの?」
瞳の僅かな変化でさえも見逃すまいと、殺気を孕んだ圧を放ちながら見つめるヒソカを、クロロは微塵も動じずに見つめ返し、一笑に付した。
「蜘蛛用に特化した能力者を、慈善事業で殺してやるなんて、嫌だよ。面倒くさい。蜘蛛としての方針は放置だって言っただろ。どうせそのうち勝手に自滅していくものに、労力をかけてどうする」
ゾッとするほど冷たい表情で、言い放ったクロロは、ヒソカからあっさりと目線を外して、また本棚作りを再開した。天井まで届くタイプの棚なので、作っても作ってもまだパーツがある。
「俺はしばらく、読書とコーヒーブレイクの時間さえあれば、それでいいんだ。せっかくの休日は楽しみたい。煩わしいことは考えたくないな」
「ああ、暇なら、家具組立てるか?」とまで言われて、ヒソカはこれ以上こき使われたくなくて、肩を竦めた。
「つまり、ボクがグリードアイランドにログインして、せっせと除念師を探してる間、君は狭くてカビ臭い部屋で本を読んでいるか、出たとしても喫茶店との往復しかしないってこと?聞くだけでワクワクする、素敵な休日だね」
「嫌味を言うな。変な動きするなって言ったのは、お前の方だろうに」
煽ってみたが、クロロはクラピカに興味はなさそうだし、読書とコーヒーブレイクしかしない日々に心を踊らせている。ヒソカは毒気を抜かれた気分になった。
この人の趣味趣向は、本当にわからない。
隠居した老人でもあるまいし、そんな毎日、どこがそんなに面白いのか。全然興味が湧かない。
あー、やだやだ。考えただけで体中から黴が生えてきそうだし、すごく萎えてきた。
ほぼ本で出来た巣になるだろう運命の、狭いアパートメントから、ヒソカは早々に退散することにした。
ヒソカの気配が完全に遠ざかるのを確認してから、クロロは木材を放り投げた。軽い音を立てて床に落ちるパーツと一緒に、仰向けに転がった。
狭いアパートの中、あちこちに散らばっていた木材がクロロに敷かれて、カラコロと音を立てた。
「だから、プライベート中に急に来られると、疲れるんだってば。」
両腕を交差させて目を覆い、溜息をつく。
他の団員はどうか知らないが、クロロが幻影旅団の団長として振る舞う時は、それなりに気を張っている。
人の道から外れた組織を維持しようとしているのだ。強い能力者の集団だからといって、慢心する気は全くない。自分の判断の誤り一つで、致命傷を負うリスクを孕んでいることを、常に心している。
ヒソカと接触するときは、クロロは団長として発言をしていたつもりだったのだが、さっきのは、まずかった。団長としての気持ちの切り替えがしきれていなかったのかもしれない。自分とクラピカとの関わりなど余計なことを口にしてしまった。
ヒソカの趣向は理解している。
どうせ、「もしクラピカを殺して、クロロの怒りを買えるなら、もっといい殺し合いができるかな?」とでも考えていたのだろう。
その気を挫くのに随分と気を使った。
本当に、疲れた。
だけど、プライベートから団長の顔へと、とっさに(必要に迫られて)切り替えたせいか、思わぬ本音が滑り出てきて、自分でも驚いた。
そっか、もし幻影旅団団長という使命ロールがなかったとしたら。
俺は、読書と昼下がりのコーヒーブレイクをヨークシンシティの片隅で君としているだけで、人生だいぶ満足なのかもしれない。