「…………私、死ぬのは……嫌……」
そして、理仁の考えが何となく読めた真彩は震える声で惇也にそう伝えたのだ。
「そうか……それならお前がアイツを殺すんだな?」
真彩の発言は予想外だったのだろう。惇也は一瞬目を大きく見開いて驚いていたが、すぐに真彩に確認を取る。
「…………」
その問いに言葉で返すのでは無くて小さく頷いた真彩。理仁はというと、そんな真彩の言動にホッとした表情を浮かべると、微かに笑みを浮かべていた。
「随分余裕だな? お前、愛してる女に殺されるんだぞ?」
「そうだな。ただ、どうせ殺されるならお前なんかよりも真彩に殺される方が本望だ」
「そうかよ。まあいい。ほら真彩、これでアイツを撃て」
余裕の表情を浮かべる理仁に嫌気が差しているのか相変わらず苛立っている惇也。向けていた銃を真彩に手渡すと、それで理仁を撃つよう命令した。
「…………っ」
拳銃など握った事のない真彩はそれだけで緊張し、持つ手は震えている。
「ほら、もっと近付かないと狙いが定まらねぇだろ? きちんとアイツに銃口を向けろよ」
「…………」
惇也は真彩にピッタリとくっつきながら理仁と距離を詰めるよう指示をする。
真彩は思う。いっそ、この銃口を惇也に向けてしまおうかと。
けれど、それをしないのは理仁を信じているから。
先程理仁と視線がぶつかった時、真彩が読み取ったのは『俺を信じろ』という思い。
そこから真彩が思考を巡らせて出した結論が惇也から拳銃を奪う事。
その為には自分に向けられている銃口を逸らす必要があるので、自分は助かりたいという言葉を口にしたのだ。
(大丈夫……きっと、理仁さんには何か考えがある。だから、大丈夫……)
そう心の中で唱えるものの、やはり不安もあった。直前で銃を奪い取られてしまう事や無理矢理引き金を引かされる事を。
一歩、また一歩と理仁との距離を詰めて行く真彩と惇也。
確実に狙いが定まりそうな程近くにやって来た、その瞬間――
「お前の負けだ、檜垣」
そう口にしながらニヤリと口角を上げた理仁は、
「今だ!!」
部屋の外まで聞こえそうなくらいの大声でそう叫ぶと同時に外から鬼龍組の組員たちが押し寄せ、突然の事態に驚き隙を見せた惇也へ素早く拳を一発食らわせた後、驚く真彩から拳銃を奪い取って蹲る惇也へ突き付けた。
「形勢逆転だな」
「…………クソッ!」
銃口を向けられて悔しそうな表情を浮かべながら理仁を睨みつける惇也。
「姉さん、怪我はないっスか!?」
「朔太郎……くん……」
「どこか痛みますか?」
「あ、ううん、大丈夫……だけど、これは一体……」
「ああ、これっスか? これは全て理仁さんの指示っスよ。理仁さんはワイヤレスイヤホンを付けていて、電話で兄貴と通話状態にしていたんで逐一互いの状況把握が出来てたんすスよ。俺らは外や他の階の組員たちを片付けた後で理仁さんからの合図を待っていて、合図と共に突入って算段だったって訳っス」
「そう、だったんだ……」
何か考えがあるのだろうとは思っていた真彩だったけれど、そこまで計算されていた事には驚くばかり。朔太郎の話を聞いていた惇也もまた、目先の事ばかりに注意がいっていて周りの異変に気付けなかった事を心底後悔しているようだった。
「檜垣、この状況でお前の勝ち目はない。何か言いたい事はあるか?」
「そんなもの、ねぇよ。さっさと俺を殺ればいいだろ?」
銃を突き付けられ、周りには鬼龍組の組員たちしかいない状況下で勝ち目の無い惇也は殺される事を覚悟した上で理仁に引き金を引くよう言い放つ。
しかし、理仁には惇也を殺す気など無かった。
「無益な殺しはしねぇよ。お前の事は八旗の組長に引き渡す。今後の話をつけた上でな」
「……そうかよ」
理仁の言葉に項垂れた惇也は、それ以上何か言葉を発する事はなかった。
それから暫くして八旗組組長が直々に出向き、惇也の身柄を引き取りに来た。
「鬼龍、今回はうちの惇也が済まねぇな」
「八旗さん、もう少し教育をしっかり頼みますよ」
「ああ、分かってる。惇也は娘の男でな、娘からも頼まれていたせいか、ついつい甘やかしちまってな……。今一度性根を叩き直す」
「頼みます。檜垣、今後真彩は勿論、悠真にも一切近付くな。次舐めた真似すれば命はねぇと思えよ」
「…………ああ、分かってる」
去り際、不貞腐れる惇也に念を押した理仁は車の前で待っていた真彩や朔太郎たちの元へ戻って行く。
「理仁さん……」
「何だよ、そんな泣きそうな顔して」
「私のせいで、本当にすみませんでした」
「何度も言わせるな。お前のせいじゃねぇよ。檜垣の件は今度こそ片が付いた。安心していいぞ」
「ありがとうございます」
「姉さん、理仁さん、そろそろ帰りましょう。乗ってください」
「ああ。行くぞ、真彩」
「はい」
運転席に座る朔太郎に促された理仁と真彩は車に乗り込もうとした、その時、
「死ね! 糞野郎!!」
近くの建物の陰から一人の男が飛び出してくると、その手には銃が握られていて銃口は理仁に向けられている。
「理仁さん、危ない!!」
それにいち早く気付いた真彩は咄嗟に理仁の前に身を投げ出していて、
「真彩!?」
数秒遅れて理仁が気付いた時には既に遅く、
「真彩!!」
パンッという乾いた銃声と共に理仁の目の前に立った真彩の身体はその場から崩れ落ちていった。
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