一方の詩歌は、目を覚ますと別の部屋で黛が酷く荒れている声が聞こえて来た事で、恐怖から身を縮こまらせていた。
「クソっ! 迅の奴! バックレやがった! アイツ、ただじゃおかねぇ!!」
電話を掛けてから暫く、再度迅に電話を掛けた黛だったが、既に迅自らスマホを壊してしまったせいで繋がらなくなっている事に酷く腹を立てていた。
そんな事とは知らない詩歌はただ、この部屋に入って来ない事だけを願っていたのだけど、
「っ!!」
バンッと大きな音を立ててドアが開いたと思ったら、怒りに狂っている黛が詩歌の居る部屋に入って来た。
「……何だぁ、その目は?」
そして、怯える詩歌に近付く黛。
「……っ」
「何なんだよ、その目はぁ!!」
「きゃっ!!」
詩歌が何かした訳では無いものの、怒りで我を忘れている黛には正常な判断が出来ないのか、反発しているように見えた詩歌のすぐ横に拳を飛ばすと、彼女が背にしていた壁を殴り付ける。
「どいつもこいつも馬鹿にしやがってぇ!!」
「嫌っ、止めてっ」
そして嫌がる詩歌の腕を掴み上げた黛は強引に立たせると、すぐ側のベッドに押し倒した。
「や、やだ……」
「嫌がるなって言ったよなぁ?」
「それは……あの時だけじゃ……」
「ああ? んな訳ねぇだろうが! ずっとだよ! 嫌がるならいいぜ? 今すぐ夜永をここへ呼び寄せるか? 見られながらされてぇのかよ? なぁ?」
「嫌っ……もう、やだっ!」
上から押さえつけられて動きを封じられた詩歌が涙を浮かべて声を上げた、その時、ピンポーンと来客を知らせるインターホンの音が鳴り響く。
「何だ?」
その音に面倒そうな顔をする黛。
もしかしたらもっと声を上げれば外へ届くかもしれないと詩歌が声を上げかけるも、
「た、助け――」
「おい、黙れ。」
「んんっ!!」
すぐに口を手で覆われてしまう。
そして、再びインターホンが鳴った事で相手は何か用があると感じた黛は詩歌に、
「いいか? 声を上げたきゃ上げればいい。けどな、お前が声を上げれば今来てる誰かはお前のせいで……これの犠牲になる」
そう告げながら、懐に隠していた拳銃を取り出した。
「それでも良ければ大声を出して助けを求めろよ」
黛のその言葉に項垂れる詩歌。他人を犠牲にして自分が助かる事を選ばないと分かっているのか、呆然とする彼女をよそにカメラで相手の姿を確認すると、そこには大手宅配業者の格好をした男が映っていた。
帽子を目深にかぶっていて表情までは確認出来ず、黛は怪しみながらボタンを押して応対する。
「何だ?」
『黛様に、|周藤《すとう》 |迅《じん》様よりお届け物です』
「迅から? 今開ける」
届け物が迅からという事が気になった黛は拳銃を手にしたまま玄関へと歩いて行った。
詩歌は声を上げて助けを求めたいと思うも、それをした事によって宅配業者の人の命が奪われてしまうのならばそれは出来ないと唇を噛む。
だけど、黛は詩歌が声を出そうが出すまいが、どのみちこの宅配業者を襲って部屋に引き入れるつもりだった。
詩歌を脅す材料には何かが必要だと考えていたから。
拳銃を構えながら玄関前にやって来た黛は鍵を開け、ドアノブに手を掛ける。
そして、扉を開いて開けた、次の瞬間――
男に拳銃を突きつけようとした黛同様、宅配業者の男もまた、黛に向かって拳銃を向けていたのだ。
「お前……何でここに?」
「ここじゃ人目につく。ひとまず中へ入れてくれ」
「…………ッチ。入れよ」
黛は忌々しそうな表情を浮かべながら、相手の男を中へ招き入れる。
「もう一度聞く、どうしてお前がここに居るんだよ――夜永」
そう、黛の言葉通り、この部屋を訪れて来たのは宅配業者なんかではなく、宅配業者に扮した郁斗だったのだ。
「お前は既に気付いてんじゃねぇのか? 悪いが、迅は買収させてもらった」
郁斗の声が聞こえた瞬間、詩歌は震える身体でベッドを降り、ゆっくり歩いて部屋を出る。
そして、
「……郁斗……さん……」
「詩歌ちゃん……」
男物なのか、大きめのTシャツ一枚だけを身に付けた詩歌が姿を現し、ようやく二人は再会する事が出来たのだ。
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