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彼はYouTuberの方へ歩いていき、隣に座る。
「はっ?何お前」
「これ、生配信ですか?」
そう聞かれたYouTuberは面倒くさそうな顔をする。
「あ、はい、そうですけど」
「僕もこの店について言いたいことあるんで、言っていいですか?」
そして彼は、撮影しているスマホに向かってニコッと笑う
「あー、ちょっと無理ですね〜」
「まぁ、ちょっとくらいいいじゃないですか」
「いやいや、迷惑なんですけど」
そう言うYouTuberを無視して、彼はカメラに向かって「どうも〜」と笑顔で手を振る。
「いや何してんの」
「まぁまぁ、落ち着いて下さいよ」
「いやいや、早くそこどいてよ、邪魔なんだけど」
怒った様子で彼を押し出すYouTuberを撮影者が止める。
「ちょっと待って!」
「なんだよ」
「視聴者数がえぐい、その人出した方がいいって!」
「え、まじ?」
視聴者数が多い理由は俺でもわかった。なんせ彼は俳優のようにイケメンで、笑った笑顔は余計に素敵なのだから。こんなイケメンがスクロールしている途中に見えたら、俺でも見てしまうだろう。
「ま、まぁ、ちょっとなら」
「ありがとうございます」
彼はニコニコの笑顔でカメラを見る。
「皆さんこんにちは!この店について紹介させていただきます、このカフェの常連です」
「まず、このカフェの魅力は、ご家族で経営されているところです!なんと、高校を卒業した息子さんも手伝ってらっしゃるんです!とても素敵な息子さんですよね」
俺の方をチラッとだけ見てカメラ目線に戻った彼は続けて言う。
「そして何より、お母さんの作る料理と、お父さんの入れるコーヒーがとても美味しいんです!実は僕、全メニュー食べたんですけど、どれもとても美味しくて!そしてその料理にコーヒーが合うんです!みなさん、気になってきましたよね?さっきの人が言ってたことはちょ〜っと注目されたくてデタラメ言ってただけだと思うんで、気にしないでくださいね〜!ということでみなさん、ぜひこの素敵なカフェ、『きらくに』に来てみてくださいね〜!では、さようなら〜」
彼が席を立つと、カメラも彼を追う。
「あの、もう終わったんで映さなくていいですよ。録画止めてください」
「そんなこと言われても、この店出てからもまだ撮影続けるんで〜」
「そんなことどうでもいいです。それより、他のお客さんが写ってるでしょ?非常識ですよ。」
確かに彼を追ったカメラの角度を見るに、他のお客さんや俺も映ってしまっていると思う。まぁ、別に俺はいいんだけど。お客さんの中には映るのが嫌な人もいるだろう。
「いやでも、あなた移すと視聴者数あがるんですよね、だからこの店出るまでの間くらい映させて下さいよ〜」
せがむ様な顔で彼を見る撮影者を無視し、彼は手でカメラを覆い、撮影者を見て言う。
『いいから止めろよ。録画。』
「…はい」
彼の圧力に負けたのだろうか。撮影者は録画停止ボタンを押し、ポケットにしまい、ボーッと前を見ていた。
「ちょいちょいちょい!お前何してんの!」
YouTuberに怒った様子でそう言われた撮影者は、我に返ったように慌ててスマホを取り出す。
「え?俺録画止めた?なんで?」
「いや知らねーよ!お前が止めたんだろうが!」
「いや俺止めてないよ!いや止めたけど、俺の意思じゃないって言うか」
「何意味わかんねーこと言ってんの?うわ~、まじ最悪。視聴数めっちゃいってたのに~」
「あの」
二人の間に入ったのはさっき録画を止めさせた彼だ。
「YouTuberさん、ちょっと僕の目、見てくれます?」
「は?何きめーこと…」
彼の目を見たYouTuberは電源が切れたかのように黙り込み、素直に彼の目を見続けている。さっきまであんなに騒いでいたのに、何があったのだろうか。
『今から俺が言うこと、ちゃんと聞いてね?』
「…はい。」
『どこのYouTuberだか知らないけど、注目されたいからって他の人に迷惑かけるようなことしちゃダメだよ。ちゃんと自分の力で有名にならないと。』
「…はい。すみませんでした。」
『それじゃあ今度は、俺の言う通りにしてくれるかな?』
「…はい」
『まずは迷惑をかけた店員さんと他のお客さんに謝って、正直な感想を言おっか。』
YouTuberは立ち上がり、頭を下げる。
「皆様、迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした。」
他のお客さん達に謝ったあと、俺の前に歩いてくる。
「先程はいいかげんなことを言ってしまってすみませんでした。ランチセット、本当はとても美味しかったです。ハムカツサンドは他の所のハムカツサンドとはまた違った味で美味しく、コーヒーもコンビニじゃ飲めないようなとても美味しいコーヒーで。注目されたくてデタラメなこと言って、本当に申し訳ございませんでした。」
YouTuberは深々と頭を下げる。頭を上げ席に戻って行くYouTuberと彼はもう一度目を合わせる。
『じゃあ、ランチセットを残さず食べて、さっさと帰ってね?』
「…はい」
YouTuberは少し急ぎながらサンドイッチを食べ始める。2人のやり取りを見て放心状態になっていた撮影者は怯えた素振りでYouTuberに話しかける。
「なぁ…どうしたんだよ、お前…」
「いいから、お前は会計済ませてこいよ。俺、すぐ食べちゃうから。」
「えっ…うん、わかった」
撮影者はレジに向かって歩き出す。もう何が起きているのか分からないが、とりあえず俺もレジに向かう。撮影者は会計を済ませると席に戻ろうとした。だが、もう食べ終わったのだろうか、YouTuberがこっちに来て、無言で店から出ていく。
そんなYouTuberを追いかけて撮影者も出ていった。
「ありがとうございました~」
そんな決まり文句を言ったあと、俺は2人の居た席を確認する。机を見ると、サンドイッチもコーヒーも無くなっていた。ちゃんと食べてくれたらしい。
俺は助けてくれた彼にお礼を言おうと、周りを見渡す。彼は自分の席に戻っていた。なんだか少しねむそうだ。俺はそんな彼の元へ向かう。
「あの…」
「…なんです?」
眠そうな目をしながら彼は俺を見る。
「その、さっきはありがとうございました」
「いえ、いいんですよ。あれくらい」
「あの、何かお礼をさせてください。今回は代金頂かないとか。それか、何かご要望あります?」
「あの…とても嬉しいんですけど…ちょっと後でもいいですか…今、とても眠くて…その、少しだけ寝させて貰います…すみませ…」
さっきの出来事で精神的に疲れてしまったのだろうか。彼は気を失ったかのように寝てしまった。仕方が無いので、お会計の時にでも話をさせてもらう事にした。彼を待つ間に父に話しかけられ、さっきのことを聞かれたが、例えデタラメでも、あんなことを聞かせたくないと思った俺は、よく分からないと返した。
30分ほど経った頃だろうか。彼は起き上がり、レジへ向かう。俺はレジに向かい会計を済ませた後、お礼も込めて多めにお金を渡す。
「両親にはさっきの事知られたくないので、僕の財布からですけど、どうぞ」
「あー…さっきのお礼、でしたっけ?」
「はい、そうです。助けていただいたので」
「…他のことでもいいんですかね?」
「あ、はい。なにかご要望があれば。」
「そうですか…」
彼は少し考えた後、手招きする。恐らく耳を近づけて欲しいのだろうと思い、俺は彼の方に耳を寄せる。
そんな俺の耳元で、彼は囁く。
「「この後僕とデートしてくれません?」」