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まったく苦々しく、忌々しい。アバドンは、ただそう思っただけだった。自分の身体が半分は吹き飛ばされ、魔核も形こそ保っているが、崩れるのは時間の問題。ヒルデガルドの手から放たれたヤマヒメの最強の技を再び受けた自分の情けなさときたら、どう呼べばいいものか。会地を転がり、何度も地面に叩きつけられ、ようやく止まっても、彼は何も考えられなくなっていた。


──ああ、むかつくよなあ。ワタシは結局、おまえを超えられないのか。クロウゼン、あと少しだったのに。


よろよろと立ち上がり、ぼろぼろになったローブを適当に着直して、残り少ない魔力で骨を復元して、杖を支えに座り込む。


『フ、フフ……ハッハッハ! ここまで自らを磨き上げてきて、その結末がコレとは、なんとも愉快! やはりおまえは大賢者と呼ばれるに相応しいな!』


ぼろ、と片腕が落ちて崩れた。


「共に肩を並べたかった者を失いながら、大賢者と呼ばれたとしても、私自身がそれを認められないがね。この戦いの勝利も、全てはみんなが繋いでくれた絆があったおかげだ。私だけだったら、槍を刺されたときに負けていたことだろう」


力を使い果たして《インテグレイション》の解けたヒルデガルドは、イルネスと共に彼の前に立った。少しだけ寂しそうな表情を浮かべて。


「君を倒せたのも、ヤマヒメが命を賭してくれたからだ。彼女が創ってくれた妖力の魔核があったことで、魔力を使い果たしても私たちは戦うことができた」


既に《クリア・デザイア》を使ったときに、アバドンの魔力を奪いきれなかった瞬間は敗北したと思った。だが、それまで膨大な魔力と反発して姿を隠していた妖力の魔核が真価を発揮した。イルネスの命を繋ぐだけでなく、奥の手として。


『ハハ。要するにワタシは、下らないと一蹴した、あの女の愛だのなんだのという夢物語に敗れたわけだ。どちらにせよ、そうやって誰かの力を得て勝てたのだと理解しているおまえは、だからこそ大賢者と呼ばれるに相応しいんだが』


魔核がどんどんとひび割れ、ゆっくり崩れていく。


『前に約束していたな、賭けに勝てばワタシについて教えてやると。……ワタシの名はティクバ・カースミュール。かつて魔塔を創り、平和を望んだ、というのは建前。本心で言えば、超えたかった。あのクロウゼン・イェンネマンを。世界でただひとり、ワタシが憧れ、憎み、嫉妬した男を』


片目の輝きが失われ、見えなくなる。頭蓋骨が徐々に塵になり始めた。


『おまえによく似ていたなァ~。世俗に興味が薄く、ただひたすらに心から魔法を愛した男。どこから来て、どこへ向かうかも分からない技術の果てを目指す男。あのときから既に神に近い領域にあったっけ。ワタシはヤツを超えるため、多くの知識と知恵を集めた魔塔で、さらなる研鑽を積むはずだった。しかし残念ながら世の中は上手くいかないものだ。あっさりと、容易く裏切られてしまった』


魔塔を設立して程ないうちに、彼は仲間であった魔導師たちに裏切られた。渦巻いたのは権力への渇望。魔塔に集められた技術が、やがて人々には欠かせないものになると思った魔導師たちは、自分たちの地位を確立して、自分たちのための魔塔に作り替えようとした。だがティクバは、自らが禁忌指定にした門外不出の魔法によって自らを魔物として復活させることに成功した。


半ば賭けに近くあったが、幸いにも意識も記憶も保持したまま、彼はリッチとなり、それ以降をアバドンと名乗るようになった。


『魔物となったあと、手始めに報復から始めた。連中を生かしておけば必ず魔法は衰退すると思ってね。なにせ彼らは金の亡者だったし、半端に実力をつけてた馬鹿共だったせいで、他のヤツが文句を言うことすらできなくなってたからなあ』


くっくっ、と笑いを堪えると、余計に身体が崩れていった。もう時間がない、と悟った彼は顔をあげて、ヒルデガルドの顔をまじまじて見つめた。


『なんとも愉快だったなァ。ワタシを殺した連中が、ワタシの手で抹殺されていくときの、あの命乞いをする無様な姿はまさしく芸術だ。もしかしたら、クロウゼンにも勝てれば、そんな表情が見れるかもしれないと思ったときから、ワタシは愉悦などと言う下らない感情に支配されて生きてきたのかもしれない。結局、ホウジョウの地で死んだと知って、がっかりしたんだけど。……でもおかげで、』


ぐらりと倒れて身体がバラバラになる。残った頭が、細く笑った。


『おまえという血縁者に出会い、戦うことができた。まあ、謝るつもりなんて毛頭ないけどさ。悔しい反面、こんなにも満たされる愉悦があるものなのだと思ったね。ホーッホーッ! さようなら、大賢者。長く楽しませてもらったよ!』


彼の頭部は、完全に消えるその瞬間まで、笑い声が絶えなかった。風にさらわれ、その塵がどこかへ去っていったあとも、耳に響いてくるようだった。


「……原初の大賢者。君の犯した罪は簡単に雪がれることはないだろうが、もし生まれ変わることがあるのなら……次はもっと良い人生だといいな」


風に乗って黒いローブが遠くへ飛んでいくのを見送り、ヒルデガルドは、これまで失ってきた仲間たちのことを思い出した。今度こそ全てが終わった、と彼らに良い報告ができそうだ、と微笑みながら。

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