テラーノベル
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披露宴が終わり、客室に戻ると花斗はすぐにベッドに飛び込んだ。
その上でトランポリンのように何度かジャンプした後、そのままベッドに倒れ込む。
「つかれたねー」
すると、壱月もベッドに優しくダイブした。
「パパも?」
そう言って花斗が起き上がると、壱月も起き上がり「うん」と答える。
私はベッドの脇に腰掛け、そんな花斗の頭をよしよしと撫でた。
「愛音、本当に二次会行かなくていいのか? 愛音だけでも……」
壱月がゴロンとこちらに体を向ける。
「うん。花斗もいるし、お姉とは昨日散々話したから。それに、……なんだか居づらくって」
二次会は、私の親族も多数出席する。
私は親と、四年も縁を断っていた。だから披露宴時、私の隣に並ぶ壱月と花斗を見て、なにがあったのかと声を潜めて詮索するように話す遠い親族もいたのだ。
「普通に聞いてくれれば、話すのに。遠くからコソコソわざと聞こえるように話されるのは、ちょっと、ね。そんなの、お姉にも申し訳ないし」
へへっと苦笑いを浮かべると、今度は壱月が私の頭を撫でてくれた。
「愛音も、お疲れ」
「うん……壱月もね」
そう言うと、今度は私の手元から小さな寝息が聞こえた。
「花斗、もう寝ちゃった」
「……本当だな」
壱月が、花斗の顔を見て優しく微笑む。
そんな壱月をじっと見ていると、彼は私の視線に気づいて、こちらに顔を向けた。
目が合うと、お互いにきょとんとしてしまう。だけどすぐ、互いに笑いあった。
その空気が面映ゆくて、私はわざと話題を変えた。
「緊急着陸の報告書、だっけ? 大変だったんだ」
「うん、まあな。行き先を変えるほどのインシデントだったうえ、飛行機も二機飛ばして機材変更とかあって、……色々だな」
そう言う壱月の顔は真剣だ。
「壱月、大丈夫?」
すると、壱月は「おう」と短く返事をする。
「自動操縦が異常を知らせて、結果それだけだったんだけどな。そのせいで他所に不具合が出て、取り返しがつかないことになったらたまらない。手動操縦に切り替えただけで済んで、今回はよかった」
「でもあの後、すごい揺れたよね……?」
そう思わずこぼすと、壱月がくすりと笑う。
「怖かったか?」
「花斗が怖がってた」
私はその感情を息子に押し付けてしまったが、私も怖かったと声色に出てしまったらしい。
それで、壱月は「はは」っと笑った。
「着陸の時はだいたい、ああいうものだ」
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壱月はそう言うと一瞬視線を落とし、それから優しい笑顔を花斗に向けた。
「……なんて、かっこつけたな。本心は、すごく焦ってた。もしこれ以上になにか起きたら、エンジンに引火したら、燃料も燃えたら――」
壱月はそこまで言うと、こちらを向いた。
「愛音たちの席が左翼のすぐ後ろだったから、両親の時のことが頭によぎってさ。せめて愛音たちを、ビジネスクラスに乗せてたら、とか、考えた」
壱月は言いながら、徐々に顔を歪める。だから私は、慌てて口を開いた。
「それは私が頼んだんだから! エコノミー以外になんて乗れないよ」
すると、壱月は複雑そうに笑う。
「愛音と花斗を失ったら。そんなことを考えて、少し怖くなった。あんなに飛行前にチェックをしたのに、どうしてこうなったんだって。悔しくて、しばらく調査に立ち会ったりしていたら、時間がかかってしまった。その日のうちに来られなくて、本当に悪かった」
壱月は言いながら、こちらに頭を下げてくる。そこに私は、どこか暗い影を感じた。
それで、壱月の空への思いを余計に感じ取った。
壱月は、なによりも安全を大切にしている。私だってあの時、壱月の操縦だから大丈夫だと思えたのだ。
壱月はかっこいいパイロットだ。
そう思っていると、不意に壱月が顔を上げ、優しい顔で言った。
「でも、愛音と花斗が乗っていてくれて、良かったとも思ってる」
「え?」
ついそうこぼすと、壱月はにこっと爽やかに微笑む。
「おかげで、内心焦っていても、頭の中は冷静でいられたんだ」
そこまで言うと、壱月は少しだけ頬を染める。だけれども、私から彼は視線を逸らさない。
「なにがあっても、愛音と花斗だけは守り抜くんだと思った。なにがなんでも、無事に空港まで送り届けてやるって、思えた」
壱月は一度、ふっと優しい吐息をこぼす。それから、続けた。
「俺さ、たぶん今まで、怖かったんだ。自分の操縦する飛行機が、非常事態になるのが。だから今まで、アホほど念入りに機体チェックして、そうなるのを防いでた。だけど――」
壱月は一度窓の外を見る。真っ暗な空を見て、それからこちらに向き直った。
「今回、わかったんだ。大事なのは、〝何があっても〟安全に、乗客を空港まで送り届けることだって。それに気づけたのは、愛音たちのおかげ」
言葉の最後でにこっと爽やかな笑みがこちらに向けられる。それで、どうしようもなく胸がいっぱいになる。
気づけば、私は壱月を抱きしめていた。
「壱月、好きだよ。いつでも私たちのことを考えてくれる、かっこいいパイロットの壱月が」
するとしばらくして、壱月の温もりも私の背中に回る。
「愛音……」
名を囁かれ顔を上げると、壱月の唇がおでこに降ってきた。
目を閉じて受け入れると、キスは目元に、頬に、鼻先に落ちてくる。
やがて、それは私の唇に触れた。それは、離さないと言わんばかりに、ぎゅうっと長く押し当てられる。
まるで、姉と榎田さんの結婚式で見た、誓いのキスのようだ。
しばらくして唇が離されると、壱月は私の目をまっすぐに見て言った。
「愛音、大好きだ。ありがとう」
するとすぐ、再びキスが降ってくる。
私も、大好きだ。
そんな想いを込めて、私は徐々に深くなる壱月からの愛を、精一杯に受け取った。
コメント
1件
おつかれー! この話、壱月のパイロットとしての覚悟とか弱さとか出ててマジでよかった。 「愛音たちが乗ってたから冷静でいられた」とか、そういうのグッとくるわ。 普段かっこいい人の、本音の部分がちゃんと描写されてるのが好き。 結婚式の余韻と、家族の温かさが詰まった回だったな。 次の話も楽しみにしてる!