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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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のどかたちはそのルーフバルコニーで夕食をとることになった。


一階の三つ星の店で修行してきたというシェフの店から料理を運んでもらって。


「家で食べるか」

と貴弘が言ったのは、どうやら、泰親のためのようだった。


外に小屋を作ってやるからそこに住めとか言ってたのに、やさしいな、とのどかは三人分の料理が並べられたテーブルを見る。


そうだよな。

基本、やさしいよな、この人。


仕事中は、綾太といっしょで逆らったら、斬り殺すっ、みたいな雰囲気をかもし出してるけど。


こんなよくわからない嫁の面倒もよく見てくれているし。


……なんかどんどん申し訳なくなってきたな、と思っていると、バルコニーに幾つか置かれたランプに明かりを灯していた貴弘が、


「どうした。

テンション低いな」

と言ってくる。


「いえ、なんだか、なにもかもが立派すぎて、申し訳ないなと思っていたところです」

と言うと、


「申し訳ないって。

お前は俺の妻だろうが。


金に困ってるなら、通帳の一、二冊はやると言っただろ」

と言い出す。


「そんなこと言ってると、悪い女に騙されますよ」

とのどかが言うと、泰親が、


「こいつは悪い女には言わないさ。

通帳も金も受け取りそうにないお前だから言ってるんだ。


人を見る目はありそうだから」

と笑う。


たぶん、貴弘の人を見る目を褒めて言ったのだろうが。


貴弘は、どうせ、受け取るわけないと思って言っている、というところが気になったらしい。


「いや、俺は本当に渡す気あるぞ。

今すぐ渡す」

とムキになる。


家の中に取りに入ろうとするので、まあまあまあ、とのどかがなだめた。


「冷めますよ、料理。

それに、私なんかにそんなもの渡しちゃ駄目ですよ」


「そうだぞ。

のどかは入ってきたら、入ってきた分だけ、気持ちよく全部使う女だぞ。


給料と退職金が出ても、きっとなにも残らないぞ」

と横から泰親が余計なことを言ってくる。


だが、まあ、その通りだ……と思っている間に、貴弘が席に着いた。




ランプの灯りと街の灯りが、泡仕立てのソースがかかったつぶ貝のソテーをほんのり照らし出している。


飲み物もワインから、お店の人が持ってきてくれた、ちょっと野性味のある味わいのモヒートに変わっていた。


料理を食べ、酒を呑んだのどかはいい気持ちになりながらも、申し訳ないな、という思いを強くする。


「社長ー。

明日、給料出るから、払いますね、食事代」


「払えないんじゃないか?

いろいろ支払いもあるだろう。


店の備品もそろえないといけないし」


うっ、正論。


「た、退職金が出たら……」


「ショップカードとかも発注しないとな。

メニューも洒落たやつを作ってもらった方がいいぞ。


飯塚はそんなに外観には手を加えないと言っていたから、あの店、たぶん、素敵な古民家とあばら屋の中間くらいになるぞ。


いい店だと思わせるかどうかは、内装や小物次第だろ。


ショップカードとメニューは飯塚がいいデザイナーを知ってると言ってたから、頼め。


懇意にしている、モデルハウスにインテリア入れてる店の店主も居るそうだぞ」


うっ、また金かっ。


「じゃあ、此処の支払いは、失業手当が出たら……」

と言いかけたが、貴弘は、しつこいぞ、という顔をしたあとで、


「……じゃあ、年金にしろ」

と言ってきた。


「は?」




「そんなに払いたければ、年金で払え」

「ね、年金でですか?」


少なそうな年金で払うには、それこそ、お金を貯めとかないとなんですけど。


っていうか、何十年も経って会いに行って、

「これは、あのときおごっていただいて、泊まらせていただいた分の代金なんですが……」

とか言って持っていっても、おそらく、


「なんだそれは」

と言われると思うんですが。


っていうか、それ以前に、

「誰だ、お前は」

と言われるのでは。


そんな未来を想像し、ちょっとしょんぼりしてしまう。


せめて、年賀状で住所だけは知らせてもらっておかないと、と思っていると、貴弘がちょっと笑って言ってきた。


「じゃあ……、今すぐお前で払ったらどうだ?」

「え」


少しの間を置き、貴弘がまた言った。


「今すぐお前で払ったらどうだ?」


えーと……と思いながら、沈黙していると、もう一度、貴弘が言う。


「今すぐお前で払ったらどうだ?」


だんだん棒読みになってきたぞ、最初は機嫌が良かったのに、と思いながらのどかは訊いてみた。


「あのー、……どうやってですか?」


「……どうやってって。

……俺が知るかーっ」

と自分で話を振っておいて、貴弘はキレ始める。


呪われた猫耳の神主は、ワインをぐびぐび行きながら、

「のどかは鈍いなー。

貴弘が酔った勢いで上手く言ったのになー」

と言って、笑っていた。


「……何度も繰り返し言わされているうちに、正気に戻ってきたけどな」

と貴弘が呟いていたが、いや、こちらも酔っているので、上手く耳に入ってこないのだ。


そして、酔った頭には理解力もない。


……こんな感じの状態で、我々の婚姻届は出されたんだな、と気がついた。


そのとき、店の従業員が続きの料理を運んできた。

ちょっと心配そうにのどかの横の泰親の席を見ている。


来るたびに、その席に人間が居ないのに、料理だけ減っていっているからだろう。


最初は、

「あ、そこの人、ちょっとお腹を壊してて」

と言い訳していたのだが。


だんだん、彼は、お腹を壊した人間に、こんな濃厚な料理出して大丈夫なのか? という顔をし始めた。


それで、

「仕事の電話が何度も入って」

とのどかは言い訳を変えてみた。


そういう頭は働くのだが。

社長の言ってることは、何故か頭に入ってこないんだよな~、と思う。


チラ、と目の前に座る貴弘を見ると、ちょっと不機嫌そうに、こちらを見ている。


な、なにかご無礼しましたかね、私……と思い、怯えた。


そんなこんなで、そのあとも、貴弘がなにか言っていても、やっぱり、耳にも頭にも入ってこなかった。


……温かいランプの灯りで見る社長の黒い瞳がすごく綺麗だったから、ぼんやりして。


とかいうわけでは、決してない。


いや、本当に……。






社長っ、離婚してくださいっ! ~あやかし雑草カフェ社員寮~

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