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だんだん正気に返ってきた、と貴弘は思いながら、のどかと猫になった泰親と三人で映画を見ていた。
このマンションに越してきたときは、朝支度するときや寝る前に、結構使っていた気がするホームシアター用のスクリーンだが。
今の仕事をするようになってから、なんとなく、この手のスクリーンを見ると、仕事を思い出すので使わなくなっていた。
テレビもかなり大画面なので、わざわざスクリーンを出してというのが面倒臭くなったというのもある。
だが、今日は、泰親が見てみたいというので、久しぶりに使っていた。
泰親が選んだのは、何故か、呪いの家的なホラーで。
そんなもの見たければ、家に帰れと思いながらも、三人で見た。
泰親は見たいと言っておいて怖いのか、猫になって、のどかの膝に乗る。
そんな泰親を映画が怖いらしいのどかが、猫になっている気安さで、ぎゅっと抱きしめる。
おのれ、猫耳神主め。
そこは、のどかが俺にすがりついてくるところではないのか。
そんなことを思いながら、貴弘はのどかたちが座っているカーペットの後ろのソファに座り、酒を呑んでいた。
……酔わないな。
一度、告白らしきものをしたのを流されたせいか、あれから、全然酔わないんだが。
無駄に酒強いしな。
っていうか、そんな俺が意識が飛ぶほど酔うなんて。
あの晩、のどかと、どんだけ呑んだんだ、と思いながら、貴弘はソファ左手の肘掛けに両肘を預け、暗がりの中、スマホで検索していた。
酒に酔う方法……。
もう一度、酔えたら、のどかに何かもう一言、言えそうな気がしたのだ。
酔わない方法ならともかく、酔う方法なんてないか、と思いながら、検索したのだが、結構ある。
何故だ……。
自分で調べておいてなんだが、みんな、何故、酔いたい……?
そんなくだらないことをしている間も、のどかと泰親は楽しそうに映画を見て、小さく悲鳴を上げたりしている。
ふいに、のどかが言ってきた。
「でも、外国のホラーって、便器から何かが溢れ出してきたり、違う意味でホラーな感じがしますよね」
あとの掃除を考えると怖い、とのどかは言うが。
その手のホラー、掃除するほど長く、登場人物生きてないんじゃないか?
と思っていると、
「私はグロイのとかより、霊が出そうで出そうで、出ないとか。
そういうのの方が怖いんですけどね~」
とのどかが言ってきた。
俺にとっては、居そうで居ない妻の方がホラーなんだが、と思っていると、のどかは、スクリーンに見入っている泰親猫を、ひょいとカーペットに置いて、側に来た。
すとん、と隣に腰掛ける。
どうした?
と思ったが、その手にはワインのグラスがあった。
のどかもまだ、チビチビやっていたようだ。
完全に酔うほどではないようだが、少し頬も赤らんでいて可愛らしい。
「社長、ありがとうございます」
と唐突に、のどかが可愛らしい笑顔で言ってくる。
……急にどうしたと思いながら、ああ、と言った。
「こんな素晴らしい待遇で迎えていただき、身に余る光栄でありますっ」
お前は何処の軍隊から出てきた?
と思いながら、貴弘は、ちょっと酔っているらしいのどかに言ってみた。
「貴弘」
「はい?」
「社長じゃなくて、貴弘だ」
「わかりました、貴弘さん」
ニコニコしたまま、のどかは、すっと名前で呼んできた。
……酒の力、恐ろしいな。
まあ、よくわからない状態で婚姻届出しに行くくらいだからな、と思いながら、まだ肘掛によりかかったままだった貴弘は起き上がる。
「のどか」
「はい」
「今日は俺の……」
「そういえば、八神さんが」
何故、今、八神の話題っ!
今日は俺の部屋に泊まるかと言おうとした瞬間、何故か、八神の話になっていた。
「自販機を家に置いてみたかったとかで、寮に自販機は置くのかと訊いてましたよ」
「……置けよ。
っていうか、そこは、お前の裁量で決めていいところだろうが」
「そうなんですか?」
と言ったのどかに、
「そうだ。
お前のカフェの前に置けよ、自販機。
喉が渇いたイケメンが来たとき、自販機見て、これでいいやって買って帰るだろ」
と、どうせのどかは酔ってるんだしと思って、好き勝手なことを言ってみたが、
「帰っちゃ駄目じゃないですか~」
と言いながら、のどかは笑っている。
「社長……貴弘さんは、私が雑草カフェやるの反対なんですよね?」
「自分の妻が店に来た男にヘラヘラ応対してんの見るの嫌かなとは思う。
でも……」
と言うと、でも? とのどかが猫の泰親にも似た可愛らしい瞳で見つめてくる。
「なんか一生懸命、店のことを考えてるお前は可愛くて好きだ」
「……照れるではないですか。
では、言いますが、私もお仕事してるときの社長が好きです」
仕事という言葉に反応してか、また社長に戻ってしまっていたが、嬉しかった。
「普段の、ちょっと間が抜けてる感じも好きなんですけど」
と言い出すのどかに、
「……待て。
誰が間が抜けている」
と返す。
だが、のどかは気にせず、そのまま続けてきた。
「職場で見てたときほど、隙がない感じじゃなくて好きです」
「……じゃあ、それ。
もう俺を好きだってことでいいんじゃないのか?」
そうだってことにしとけ、とのどかを見つめ、貴弘は言ってみる。
「俺もお前を好きなことにするから」
いや、好きなことにするってなんですか、と笑われてしまったが。
自分でも今の気持ちをまだ上手く言葉にはできなかった。
だが、とりあえず、のどかの居ない日常はもう考えられないなとは思う。
これまでも充実した人生を送っていたとは思うが、のどかが現れてから起こる出来事がちょっと濃すぎて――。
「まあ、とりあえず、一生側に居ろよ」
となんとなく言うと、酔っているのどかは、
「とりあえず、一生ってなんかおかしいです」
と笑っていたが、嫌だとは言わなかった。