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―――翌日。
宿屋で朝食を頂いた私は、ギルドへ向かう事にした。
鳥も魚も昨夜で全て使い切ってしまったのか、
昨日の朝食で食べた、穀物と野菜のごった煮のような
ものが出て来た。
まあこれが『いつも通り』の朝食なのだろう。
時間は特に指定されていなかったが、ジャンさんは
かなり深刻な顔をして話していた。
こちらとしても、早急に相談する必要があると見て、
早めに行動する。
「あっ、来ましたね」
受付のミリアさんには話が通っていたのか、
すぐに上に案内される。
すでに何度か訪れた支部長室に入ると、
呼び出した本人が長イスにも座らずに立っていた。
レイド君もすでにおり、テーブルを挟んだ
イスの向こう側に立っている。
ジャンさんは無言で彼の前に座ると―――
私も彼と対峙するように、正面に腰かけた。
同時に、その側面にミリアさんやレイド君も
着席する。
どう話し始めたらいいか悩んでいると、向こうの方が
先に口を開き―――
「魚は、魔法を使わないで獲ったと聞いたが―――
鳥もか?」
「は、はい。
何かマズい事でも……」
横目でさり気なく両側の男女の反応も確認するが、
2人とも理解出来ない、という風な顔だ。
「それはこちらが聞きたい事だ。
魔法を使うとマズい事でもあるのか?」
どうやら、魔法を使っていない事自体を不審に
思っているようだ。
だが、『自分は魔法が使えない』という事を
話していいのかどうか―――
よし、ならば……
「……実はですね、私が生まれ育った村には
こんなおとぎ話がありまして」
「??」
3人がきょとんとした表情を見せると、私は
出任せで、思いつきの物語を話した。
―――魔法は、神様に頂いたもの。
しかし、それが当たり前だと思うようになり、
人々は神様に感謝しなくなりました。
神様は怒り、一度人から魔法を取り上げる事に
しました。
人々は大変困りました。
魔法のありがたみを知った人々は、神様に魔法を
返してもらうようにお願いしました。
神様は魔法を返してくれましたが、また魔法の
ありがたさを忘れた時―――
再び、魔法の力は失われるだろう。
そして、二度と元には戻らないだろうと。
「……そんなわけで、うちの村では時折
魔法を使わない日とか、魔法を使わないで
作業する事があるんです」
「道徳的規範に則った訓話だな」
ギルド長が感想を述べると、ミリアは自分の手を
じっと見つめ―――
「確かに、そうですね。
魔法は使う事が前提ですし―――
使えなくなる事なんて、想像も出来ません」
「魔法が使えない人間なんて
・・・・・・・・・
いないッスからねえ。
しかしどんな苦行ッスか。
俺、その村に生まれなくて良かったッス」
―――なるほど。
この世界には『魔法がある』という事ではなくて……
標準装備、というワケか。
危なかった……
もし『魔法が使えません』なんて言ってたら、
異端扱いは免れなかっただろう。
その上でどうなっていた事やら。
「まあ、私も村の外で、こんな事をしなくてもいいと
思いますが、習慣になってまして」
「向き不向きや、強弱の差こそあれ―――
例えば、料理の火も攻撃用の火炎も
魔法を使うし、
武器の使用から荷物持ちにまで普通に
身体強化を使うからな。
だから当然、そういう事をすれば目立つわけだ」
フーッ、と大きく息を吐いて、ジャンさんは
片手を上げ―――
「というわけだ。
じゃあ、頼んだぞ」
すると、男女2人が席を立ち、一礼してから
退出した。
「あ、あれ? お2人は?」
「事情がわかったからな。
もしお前さんが魔法を使わなかった理由が
判明したら、それとなくアイツらから
周知させるよう頼んでいたんだ。
それとも、一人一人説明して回るか?」
首を左右にブンブンと振り、拒否の意を伝える。
しかし、魔法を使わないだけで目立って
しまうとは……
この先どう過ごしたらいいのやら。
今後は魔法を使って鳥や魚を獲った事にしよう。
あちらの利益にもなるなら、深く詮索は
されないはずだ。
「では、私もこれで……
今後気を付けます」
「いや、本題はこれからだ」
立ち上がろうとした腰が一瞬止まり、体勢を崩した
かのように長イスに尻餅をつく。
何事かと、ジャンさんの次の言葉を
待っていると―――
「悪いが、さっきから魔法を使わせてもらっている。
『真偽判断』ってヤツだ」
「―――!」
そんな物を使われていたのか。
うかつだった……
考えてみれば、『事情聴取』のためにここに
呼んだのだから―――
それなりの用意はあったのだろう。
「……??
いえ、でも、じゃあ―――
どうしてウソをついているとわかったのに
ミリアさんとレイド君を……?」
「言ったはずだ。
別に敵対する気は無いと―――
最悪、犠牲になるのは俺一人で済むしな。
だから下がらせた」
……??
何か、敵対しないと言っておきながら物騒な
話になっているような。
「えーと、それはどういう……」
「俺じゃ……いや、ここのギルドの誰もお前には
勝てないだろう。
こちらとしては、事情を聞きたいだけ―――
あくまでも穏便に済ませたいというのが本音だ」
ジャンさんの言葉に、私は首を傾げ―――
「あの、私は弱いですよ、多分……
ジャンさんはおろか、他のギルドメンバーの
誰にも勝てるとは思いません」
すると、彼は今度は目を丸くして、
「?? ウソは言ってない……だと?
ジャイアント・ボーアを倒せる腕前で?」
「あれは勝手に自滅したんです!
私が倒したわけじゃないですよ!」
彼はしばらく私を凝視していたが―――
やがて疲れたかのように目を閉じた。
「…………
じゃあ質問を変えよう。
どうしてジャイアント・ボーアは死んだんだ?」
「そりゃ、あんな巨体を維持出来るわけが
ないでしょう。
常識的に考えて―――」
私の答えに、ジャンさんはガシガシと頭をかいて
「太り過ぎで死んだっていうのか?
シンの目の前で、たまたま偶然に?」
「…………」
ウソはついてない、というのはジャンさんには
わかっている。
その上で納得出来ない、という顔だ。
ここでようやく、私は神様の言葉を思い出した。
お主に授ける能力は―――
『お主の常識以外の事を起こさせない』ものじゃ!
「―――あ」
「な、なんだ? どうした?」
こちらの一挙一動にジャンさんは反応する。
真相を話していいかどうか迷うが―――
こちらに来て初めての知人、味方といえる存在だし、
一連の行動を見て信頼に足る人物とも思える。
それに、ギルドカードを勧めてきてくれたそこの
責任者―――
いわばこの世界で初めての身元保証人の
ような人だ。
意を決して、私は伝える事にした。
―――はじめての かくにん―――
「あの、ジャンさんは……
今やっているもの以外に魔法って使えますか?」
「身体強化か―――
火か風、弱いものなら水も使えるが」
それだけ使えるのか。
では、一番わかりやすいもので知ってもらう方が
いいだろう。
「じゃあ、火の魔法を使ってもらっても
いいですか?」
「?? 今ここでか?」
コクコクとうなづく自分に、何やら詠唱のように
ブツブツと唱えると―――
彼が差し出した手の平から、10cmほどの火柱が
発生した。
これが『魔法』というものか。
確かに、いきなり目の前で現れたように見える。
種火もなく、燃料もなく、可燃材料もなく……
・・・・・・・・・・・・
そのような事はあり得ないのに。
そう自分が思った瞬間だった。
ジャンさんの手から、風ひとつ吹かずに、まるで
真空状態になったかのような感じで火が消えた。
「っ!?」
今度はジャンさんが驚いた視線をこちらに向ける。
「『抵抗魔法』―――
いや、無効化か?
これがシンの魔法なのか?」
「いえ、魔法ではないと思います。
私には、魔法は使えませんから」
「何……!?」
目を白黒させるジャンさんに、私は説明し始めた。
元々、この世界の人間ではない事。
元いた世界には、魔法は無かった事。
こちらの世界には強制的に連れて来られた事。
神様とやらに、この世界に移動させられる際、
『能力』を授かった事。
それが、この―――
『自分の常識以外の事を起こさせない』というもの。
ジャイアント・ボーアの件は、自分のいた世界では
巨大過ぎて、もし現実にいたら自重で死ぬような
事になる等……
「ウソは言ってないようだが……
しかし、じゃあ俺は何で『真偽判断』が
使えているんだ?」
「それ、どういう感じのものなんですか?」
「この魔法を使うと、俺には白いモヤのような
ものが見えるんだ。
相手がウソをついていれば、それが赤いモヤに、
正しければ青いモヤに変わる」
「まあ、私がいた世界では―――
・・・・・
あり得ない、ですね」
その途端、ジャンさんはビクっと体を揺らした。
「……何も見えなくなった……
なるほどな、こういう『能力』、か」
「えっ、本当ですか!?」
「何でシンが驚くんだよ」
アハハ……と苦笑していると、ギルド長は大きく、
そして深くため息をつき―――
「まあ、話してくれてありがとうよ。
それで―――何がお望みなんだ?」
「?? と言いますと?」
「どうしたいんだ、と言っているんだ。
正直、シャレにならんモノだからな。
理由によっちゃ、金なら用意するから―――」
ブンブン、と首を激しく左右に振って否定する。
「異世界3日目にして何の目的があるって
言うんですか!
そもそも無理やり連れて来られて、右も左も
わからないんですよ!」
要注意人物としてマークされるのは仕方ないと
しても―――
危険認定されるのはたまったものじゃない。
「まあ、そうだな。
何か『能力』を悪用したり狙いがあるんだと
したら、最初からこちらの魔法を使えなく
させてりゃ良かったんだし。
今はウソをついているかどうかわからんが―――
信用しよう」
「あれ? 『真偽判断』は?
もう使えなくなっているんですか?」
「さっきから何も見えんぞ?」
ちょ、ちょっと待って……
それってギルド長の『真偽判断』を封印して
しまったって事では……
「ええ、そんな……
・・・・・・・・・・・・
こちらの世界では当たり前なのに」
「―――んっ?」
私の言葉に、ジャンさんは奇妙な声を上げる。
「ちょっと待て、シン。
何かウソついてみてくれないか?」
「へ? あ、はい。
私は女です??」
すると、彼はこちらをじーっと凝視して、
「……『真偽判断』が使えるようになってやがる。
そうか、任意で発動させたり戻せたりするのか」
もしかして、さっき私が―――
・・・・・・・・・・・・
こちらの世界では当たり前
と言ったからか?
考えてみれば、常時発動させるわけにはいかない
能力だし……
取り敢えず、ギルド長の魔法を元に戻す事が出来て
ホッとする。
「よ、良かったです……!」
「その様子じゃ、大それた事をするような考えは
無さそうだな」
『真偽判断』が戻ったせいか、こちらの言う事は
全面的に信頼してもらえそうだ。
「でも、これからどうすればいいでしょうか?
私としては、自活出来るようになればいいん
ですけれど。
昨日のように、魚や鳥とか獲ったりして」
ギルド長は私の話を聞きながら、テーブルの上を
中指でトントンと叩き、
「取り敢えずは、そうだな―――
まず、『魔法を使えない』というのはタブーだ。
何かやるんだったら、適当に魔法を使っている
事にしておけ。
身体強化でも構わない。
何せお前さんはギルド内で―――
『ジャイアント・ボーアを素手で倒せる男』
になっているからな。
たいていの事はそれで通せるだろ」
ジャンさんが微笑みを浮かべながら話し、思わず
抗議の声が出る。
「何ですかそれー!?」
「余計なトラブルに巻き込まれるよりはマシだろ?
そういう事にしておけば、手を出してくるヤツも
いないだろうし」
「それはそうかも知れないですけど!」
自分の知らない内に有名人になっている事に、
驚きを禁じ得ない。
こうして、いくつかの約束事と取り決めを
ギルド長と行い―――
この町で生活していく道筋を付け、暮らしていく
事になった。
―――1ヶ月ほど後。
自分は宿屋『クラン』に滞在していた。
「じゃあ行ってきます。
今日は―――」
「魚だろ?
いつも通り、風魔法と水魔法が使えるヤツを
呼んでおくよ」
朝食を終え、女将さんに挨拶してから宿を出る。
まず行くところは雑貨屋。
「すいません、いつものあります?」
「よく壊すね、アンタ。
まあこっちとしては儲かるからいいんだけど……
出来ているから持って行ってくれ」
「すいません、魔法の加減が上手く出来なくて。
お代はここに」
銀貨を渡すと、ツボのように編まれたカゴをもらう。
もちろん、魔法でカゴを壊したというのは
ウソだが―――
こうして『自分は魔法を使っています』という
アピールをしていく。
あのギルド長との話し合いの後―――
自分は2通りのサイクルを持つ事になった。
一週間のうち、最初の4日を漁と狩猟の日にする。
魚・鳥・魚・鳥、といった感じに。
そして残りの3日を休日にあてる。
魚を獲るのも石打漁だけでなく、カゴ網漁の
ように―――
内側に出っ張っている入り口を持つカゴを
作ってもらって、仕掛けもするようになった。
おかげで、1日あたりの捕獲量は50匹ほど、
それを宿屋ほかに卸せるようになった。
鳥の方も、円筒形の網カゴがエサをついばむと
倒れて地面にフタをするような仕掛けを―――
と言っても、つっかえ棒の周囲にエサを中心的に
撒くだけだが、これもかなりの成果を上げていた。
もちろん、円筒形の網カゴも雑貨屋へ特注している
ものだ。
これで、1日あたり15羽の捕獲量を上げ―――
今では一週間で100匹の魚と30羽の鳥を、
定期的に『クラン』以外の宿屋や飲食店にも
卸している。
「ふうっ、今回はこれで……」
一通り、仕掛けたカゴ網を引き揚げる。
魚は一度に50匹獲るわけではない。
だいたい、一人でそんなに運べない。
10匹~20匹程度を獲ったら、それを
3回に分けて町の宿屋へと運ぶ。
凍らせるか、活ジメが出来ればいいのだが……
それが出来ない以上、生かしたまま運ぶのが一番
鮮度を保つ方法になる。
「魚、持ってきました。
メルさんとリーベンさんは……」
「2人とも来ているよ。
リーベンのヤツは注意してくれ」
メルさんは10代半ばの、年齢よりちょっと
幼く見えるセミロングの髪の女性。
目付きがちょっと細くキツネ目で、将来
和風というかアジアン的な美人になりそうな
少女だ。
リーベンさんはやや痩せ型で、長身の30代の
男性。
「じゃ、いつも通りメルさんからお願いします」
「はーいっ」
メルさんは水魔法を、リーベンさんは風魔法を
使ってもらうという契約で呼んでいる。
魚のハラワタを取り、それを片っ端からメルさんに
水魔法で洗ってもらう。
それが済んだら、今度は塩水に漬け込む。
いわゆる一夜干しで、2、3日ではあるがこれで
保存期間を伸ばす事が出来るようになった。
「じゃあリーベンさん。
これ、一時間ほどしたら……」
「ああ、わかってる。
こんな依頼は初めてだったがね。
やる事は一緒だから」
さっき女将さんから注意されたのがこれだ。
塩水で漬けた後、風にあてて乾かすのだが、
宿屋で作るとさすがに中が生臭くなり、クレームが
出る恐れがあると指摘された。
なので、外に出て下から上空へ吹き上がるように
風を起こす。
さすがに空の上からクレームは来ない。
魔法でやっているからなのか、30分も
風を当て続ければそれで完成となる。
この一夜干しはなかなか好評で、今ではこれを
1匹銅貨5枚、生きたままの方は1匹銅貨3枚で
取引している。
ほぼ半々で一夜干しにしているので、一週間で
銀貨25枚+銀貨15枚=銀貨40枚。
=金貨2枚というところだ。
鳥の方は肉を塩漬けにするくらいしか
考えられなかったのだが―――
そもそも1日15羽程度では、人口500人ほどの
この町ではあっという間に消費されてしまうのと、
当初より若干値段を下げ、1羽につき銀貨3枚で
販売した事もあって、保存する必要がほぼ無かった。
鳥の方は一週間で銀貨90枚。
金貨4枚+銀貨10枚。
鳥+魚で、金貨6枚+銀貨10枚―――
これが自分の一週間分の稼ぎである。
ただ、これからメルさん、リーベンさんの人件費……
1日金貨1枚程度だが、2人×2日で金貨4枚が
引かれ、さらにカゴ代等を含めると、金貨2枚ほどが
手取りといったところだ。
正直、魚は赤字と言っていいくらいだが、貴重な
たんぱく源だし値段はなるべく抑えておきたい。
それに、肉や魚を優先的に宿屋『クラン』へ
卸す事と引き換えに、宿代を1ヶ月金貨5枚と
ほぼ半額にしてもらう事で、カツカツではあるが
何とか生計が立てられるようになった。
「じゃ、また行ってきます」
「はい、気をつけて」
女将さんに挨拶して、また川に出掛ける―――
帰ってきたら一夜干しの作業をメルさんと
リーベンさんと行う。
こうして1日が終わると、夕食を宿屋で頂き、
眠りにつくのが日常になっていた。
「ふう」
ベッドの上に倒れ込んで、体を休める。
そしてこの1ヶ月の間に覚えた、この世界の
特徴について思いを馳せる。
まず、自分が1日目から警戒されていた事―――
これについては心底驚き、また甘い考えを改めない
わけにはいかなかった。
ここの人たちは、決して楽観的でも頭がバカな
わけでもない。
むしろ、高い慎重さと危機管理意識を
併せ持つといえる―――
・・・・・・・
同じ人間なのだ。
いや、平和な現代日本に住む人間から見れば、
比較にすらならないだろう。
少なくとも、ラノベや小説に出てくるような、
便利で都合のいい味方や友好的な人はいない。
もう1つは、この世界そのもの―――
これは実体験で身に染みて理解した事だ。
・・・・・・・・・・・
どうして魔法があるのに、文明や文化が中世、
もしくは近代止まりなのか?
自分のいた世界には魔法は無かった。
その代わり、科学技術が発達していた。
だが―――
それでも―――
この世界の魔法ほど、
・・・・・・・・・・・
便利なものは存在しない。
自分の世界では、何も無いところから
水は生み出せない。
何も無いところから火は熾せない。
もちろん、知識として火の熾し方は知っている。
木の板と棒があれば、原始人のように摩擦熱で
火は熾せる。
だが、そんな苦労は―――
ジャンさんが見せたような火を熾す魔法があれば
全て解決する。
つまり……
どんな努力をしても、
どんな技術を培っても、
どんな道具を作っても―――
魔法には絶対にかなわないのだ。
そんな無駄な努力をするくらいだったら、
自分の得意な魔法に活路を見出す方が、よっぽど
確実で効率的なのだろう。
それはこの1ヶ月、自分の漁や猟を誰も
見に来ないという事実で確信に変わった。
普通なら、誰かしら商売敵なり、真似する人間が
出てきてもおかしくないのに―――
・・・・・・・・・
最初から諦めている。
確かに自分も―――
もし目の前で川に雷を落として魚獲りを
始められたり、突風で鳥を落とされたり
したら、やる気は完全に無くなるだろう。
もっとも、そんな魔法が使えれば、門番兵の
ロンとマイルが言うように『上に行く』ようだが。
『上に行く』とは、王都に行くという意味だ。
そこでなら自分の魔法の腕を高く買ってもらえる。
王都へ行けばそれこそ、空を飛んだり、空間移転すら
使える人間がいるらしい。
そういう便利で高度な魔法は首都へ一極集中し―――
辺境の地にはそこそこの魔法が残る。
だから文明や文化が―――
正確には、生活や暮らしの底上げが行われないのだ。
せいぜいカゴや何かの容器等、最低限の補助的な
道具しか作られない。
あと、難儀な点がもう1つ。
それは食事について。
この世界の人間は魔法前提で動いている。
多少なりとも全員が、身体強化を使える。
極端な話、身体強化さえ使えれば、どんなに質素な
食事でも体を維持出てしまう。
今思えば、ジャイアント・ボーアも身体強化を使って
巨体を維持していたんだろうな……
栄養学もへったくれもあったものではない。
だから料理は、基本的には娯楽や嗜好品に
近いものなのだ。
ただ、それなら薬草採取の依頼があるのは何で?
薬や医者はいらないんじゃ? と思ったが―――
ジャンさんから聞いて自分なりに分析した
ところ、病気やケガはやはり薬草があった方が
回復が早いらしい。
一応、それなりの価値があるのだ。
まあそうでなければ依頼も需要も無いだろうし。
よくわからない世界だが、そうだと納得する。
「それらを踏まえた上で、今後するべき事は……」
『この世界の変革を』とまでは言わないが―――
せめてもう少し暮らしやすい生活レベルにまで
全体を引き上げたい、というのが本音だ。
「例の件、次の休日になったらジャンさんに
相談してみようかな……」
私はそのまま意識と共に布団に沈んでいった。