テラーノベル
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昼休み。
廊下は生徒たちの笑い声で満ちていた。
職員室前も例外ではない。
「コビー先生!」
英語クラスの生徒が数人、駆け寄ってくる。
「この英文なんですけど……」
「どれどれ」
コビーが屈んで説明を始めた、その瞬間。
「ミユ先生も、英語得意ですよね?」
別の生徒が、何気なく言った。
「……え?」
一瞬、空気が止まる。
ミユは職員室の奥から顔を上げた。
「専門は音楽だけど、基礎ならね」
声は落ち着いている。
だが内心は――
(来た)
「じゃあさ」
生徒の一人が、にやっと笑う。
「二人で海外いたって聞いたんですけど」
「フランスですよね?」
「仲良すぎじゃないですか?」
数人の視線が、同時に二人へ向く。
(……まずい)
コビーは一拍置いて、教師の顔を作る。
「留学が同時期だっただけです」
「へー」
納得していない声。
ミユは椅子から立ち上がり、
すっと距離を取って言った。
「それより」
視線を鋭くする。
「昼休みは、廊下で騒がない」
「はーい……」
一応、引き下がる生徒たち。
だが――
音楽室。
「先生!」
ピアノの前に集まる生徒たち。
「この伴奏、難しくて……」
「じゃあ、ゆっくりやりましょう」
ミユが指導を始めると、
ドアの外から声がした。
「失礼します」
コビーだった。
「次の授業で使うプリント、
間違って音楽室に届いてて……」
(……今!?)
ミユは一瞬だけ彼を見る。
「そこに置いて」
「はい」
そのやり取りを、
生徒たちはじっと見ていた。
「……ねえ」
小声。
「先生たちさ」
別の生徒が囁く。
「目、合いすぎじゃない?」
「分かる」
「なんか……空気違くない?」
ミユはピアノの鍵盤を叩き、
強めの音を出す。
「集中」
ぴしっとした声。
「雑談するなら、外」
生徒たちは慌てて姿勢を正す。
コビーも一歩引いて、
「……では、失礼します」
丁寧に一礼して去った。
放課後。
誰もいない廊下。
「……完全に怪しまれてます」
コビーが低く言う。
「うん」
ミユは額を押さえた。
「視線が、鋭くなってきたね」
「生徒会時代より、
観察力上がってますよね……」
「余計なところでね」
沈黙。
「……でも」
コビーが小さく言う。
「隠しきれなくなる日、
来ると思います」
ミユは少し考えてから、答えた。
「そのときは」
一拍。
「堂々としていればいい」
彼を見る。
「やましいことは、何もしてないしね」
コビーは、少し安心したように笑った
「……はい」
遠くで、生徒の声。
「絶対、付き合ってるって!」
「賭ける?」
二人は同時に、ぴたりと立ち止まる。
「……」
「……」
「距離、取る?」
「……取る」
二人は、逆方向へ歩き出した。
――が。
曲がり角で、
同時に振り返ってしまった。
目が合う。
(……あ)
その瞬間。
「「あー!!!!」」
通りかかった生徒の声が、廊下に響いた。
バレるまで、あと一歩。
この恋は、
教師としての“演技力”が試されている。
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