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ムウマの言葉がリグレーを通して聞こえてくる。
「約束?」
『あの人と、約束した。また明日来るって。だから待ってる。ここで、待ってなきゃいけない』
ムウマの言葉に3人は納得した。
だからここを離れようとしなかったのか。
「でも、『あの人』って多分」
「その元校長先生のことよね」
「ムウマ、あのね、もうその人はここには来れないの。だから、会いに行こう!」
ミナミは必死に説得する。
しかしムウマは首を振る。
『怖い。ここを離れるのが。外の世界、怖い。それに、待ってなきゃ。明日来るって、言ってたから』
その言葉を信じて、一体どれほどの月日が流れたのだろう。
まるで呪いだ。
その約束に、ずっと縛り付けられている。
「…でも、辛いんでしょう?待ち続けて、泣いていたでしょ?」
『会いたいけど、ここじゃなきゃダメ。寂しいけど、待ってる』
そんな健気で意志の強いムウマに、3人は何も言えなくなった。
そこまで言われたら、もう何も言えない。
昼休みも終わり、とりあえずここで解散となった。
「美希、今日は私帰るね」
放課後。
いつも勉強会を開いていたのだが、雪乃は帰ると言い出した。美希は不審げに雪乃を見る。
「どうしたの?」
「いや、今日は用事があって…」
「ふーん」
「ほ、ほんとだってば。また明日お願いします」
「…はいはい。じゃあね」
美希は雪乃に手を振る。
「じゃあ」と手を振り返し背中を向ける雪乃を、美希は見つめた。
「…ほんと、馬鹿なんだから」
雪乃はとある病院にやって来ていた。
加島から教えられた病院だ。
受付で病室の番号を聞き、その人物に会うため足を運ぶ。
「ここか…」
軽くノックをすると、「はい」と返事があった。
「失礼します」
扉を開けると、車椅子に乗った老人の姿があった。
「よく来たね。孫から話は聞いているよ」
とても優しそうな顔をした老人は、雪乃を招き入れた。
「突然押しかけて申し訳ありません」
「いやいや、全然構わないさ。1人で暇をしていたところでね。名前は…草凪さん、と言ったかな」
「はい。草凪雪乃と言います」
「わざわざ足を運んでくれてありがとう草凪さん。そこへ座ってください。今お茶を入れよう」
老人は慣れたように車椅子を動かし、流し台へと向かう。
「あ、お構いなく」
「これくらいさせてください。久々のお客さんで嬉しいんだ」
物腰が柔らかく、一目で良い人なんだなと分かる。
「して、今日はムウマの話をしに来たんだったかな」
お茶を雪乃の前の机に置きながら老人が聞く。
「はい。お話が聞きたくて」
雪乃は今まであった経緯を話した。
老人は真剣にその話を聞いていた。途中、悲しそうな顔をしながら。
「…そうか、あの子はまだあそこで待っているのか」
「はい。あの子が待っているのは、あなたですよね?」
「…そうだ。私がまだ現役だった頃、よくあの子とあの木のそばで話をしたんだ」
雪乃が学園に転入したのが約3年前。
その頃もう校長は代わっていたので、それ以前の話になる。
「私は木の手入れをしに中庭によく足を運んでいた。その時出会ったんだ。あの子に」
老人はあの頃を思い出すように語り始める。
「とても臆病でね。なかなか姿を現さなかったが、あの子はお菓子が大好きで、持っていくと喜んで食べていた。それから毎日のようにあの子に会いに行った。とても優しい子でね。いつも私の話を聞いてくれた。
その日もいつものように、お菓子を持って会いに行ったんだ」
老人の顔が曇る。
「しかし急用が入って、明日も来るからと私は言い残して去ってしまった。本当に悪いことをした。それから仕事が忙しくなり、立て続けに足も悪くし、もう二度と、あの場所へ行くことが叶わなくなってしまった」
老人の目に薄っすらと、涙が滲んだ。
「私のせいだ。私の言葉がずっと、あの子をあそこへ縛っている。会いに行こうと何度もした。けれどこの足ではもう何処へも行けはしない」
この人も、ずっとムウマの事を想っていたんだろう。
お互い離れていても、ずっと、会いたい気持ちは同じだったんだ。
雪乃は湯呑みを持つ手に力を込めた。
どうしたら、会わせてあげられるのだろう。
「…どうして最初からムウマは、あの木のそばに居たんでしょう」