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knmc
名前は出ませんが夢小説っぽいです、ご注意を
口調は女性に寄っていますが男女どちらでも解釈できると思います
こちらはknmcさんが歌った「セカイ再信仰特区」という曲のコメント欄にあった考察をもとに書いた小説となっております
ちなみにコメントの内容は
「辛くて飛び降りたら急に上から落ちてきて世界の素晴らしさを語られたい」
というものです(要約)
ラストもこれの返信にあったコメントを参考にしております
ご本人様とは関係ありません
ここから先は伏せ字なし
自分は今から死ぬ。
そう決めたのは、昨日家に帰った時の話。
いや、あの時はもう日付が回っていたから今日か。
社畜の毎日。上司に怒鳴られ、同僚に無視され、後輩には舐められる。
それに加えて毎日残業、今の労働基準法には全く則っていない会社。
家族は私のことにはノータッチで頼れる人すらいない。
今までずっと我慢してきたけど……もう無理だ。
「にしても、ここ案外綺麗だな…空明るっ」
自分がいるのは廃校した校舎の屋上。
10年ほどは使われていないらしいがそこまで汚れていないし、幽霊が出そうな不気味さも無い。
おまけに夏だからか17時でも空が青く、太陽すらも照りつけている。
今の自分とは正反対だ。
ブーッ、ブーッ、と携帯が鳴る。
あぁ、そういえば家族に連絡するか迷って電源をつけてきたんだっけ。
どうせ連絡しても出ないだろうし出たとしても何も聞いてくれないだろうに。
ポケットに入れてある携帯を取ると、そこには憎んでも憎みきれない上司の名前。
「げっ、まだ諦めてないのか…まぁそりゃそうか」
赤い通話拒否のボタンを押し、ついでに電源も切る。
自分は社畜とはいえ感情がないわけじゃないし、会社にいる全員が嫌いだ。
だから最期ならたくさん迷惑をかけてやろうと思い休む連絡もせず今までずっと家に居た。
いつもなら5時に起きてぎゅうぎゅうの電車に乗るが、今日は11時に起きた。
そのあとはご飯もそこそこにゲームざんまい。ここまで遊んだのは初めてだった。
「あーあ、今日でこの世界ともお別れか」
漫画で出てきそうな台詞。
きっと漫画ならば助かるんだろうが、あいにく今の自分にそんな力はない。
フェンスを乗り越え屋上の縁に乗る。思ったより高かったが、運動神経があって良かった。
下を見るとシルバニアファミリーにありそうな家がたくさん並んでいた。
流石に少し怖くなって足がすくむ。
……でも、決めたんだ。自分は今日死ぬって。
「いや、でも、ちょっと怖すぎるかこれ…後ろ向くか」
フェンスを両手で掴んで体の向きを変える。するとさっきまでいた屋上が見えて少し安心した。
そのまま後ろに体重をかける。
腕がピンと伸びて、強い風が髪を揺らした。
「…最低だよ、こんな世界」
ぱっと、手を離した。
浮遊感とともに緑色のフェンスが離れていく。
これから襲うであろう衝撃に備えて目を瞑ろうとした時、何か紫色のものが見えた。
ひらひらと風になびいて揺れている。
走馬灯か?
……いや、違う。あれは……人だ。
とはいえ気にすることでもない。
そう思っていると、急にその人がまっすぐに飛び降りてきた。
「はぁっ!?」
するとそいつはどんどん自分との距離を詰めてくる。
なんで。物理法則的に近づくなんて無理な話なのに。
頭の中がこんな意味不明な事象にぐるぐると支配される。
そんなことをしている間に、紫髪の男は自分の隣に居た。
制服を着ていて、いかにも高校生らしい青年。
「今日も一日お疲れ様でした!ねぇ、あなたこの世界嫌いなんですか?」
「は、は?え……?」
とんでもないスピードで落ちているというのに、それを気にしていられないほど困惑が勝っている。
誰なんだ、コイツは。
全く読めない笑顔で問うてくるこの男は何なんだ。
「な、だ、誰……」
「あぁ申し遅れました!僕は剣持刀也と申します」
目を細めて優しく笑ったかと思うと、次の瞬間には目を見開いて口角をぐいっと上げた。
そのなんとも言えない奇妙な形相に背筋が寒くなる。
「それで、あなたこの世界嫌いなんですか?」
「え、え?まぁ、はい…」
「そんなのもったいないですよ!まだあなたの心臓は腐っていないっていうのに!」
「しんぞ…?なん、あなた何言ってんですか!?」
ここまで意味不明なことを言われるともはや恐怖を越して怒りを覚える。
というか、なんでこんなに喋ってるのにまだ地面に落ちないんだ…?
「この世界は最高なんですよ、代わり映えのない一日、これって素晴らしいと思いません?」
「いや、だから」
「ねぇ、思いません?」
またあの奇妙な笑顔で聞き、同時に手を繋がれる。
指の間に指を差し込んで、所謂恋人繋ぎだ。
今まで恋人なんてできたことがないっていうのになんで初めてがコイツなんだ。
「……思いません、自分、社畜ですし」
「おぉ、それこそ最高じゃないですか!ずーっと代わり映えのない世界を過ごせる」
「なっ……」
それを言われた瞬間、物理的にも精神的にも頭に血が上る。
自分のことなんて何も知らないくせに。
口が勝手に開く。
「最高な訳ない!毎日毎日朝早く仕事に行って残業してそれでも間に合わないから徹夜して、休日も休む時間がなくて仕事仕事仕事…これのどこが最高って!?言ってみなよ!!」
「…………」
「何も知らないくせに…自分はこの毎日が変わってほしいと思うよ、でももう耐えられない!最低だよ!最低だよこんな世界なん、てっ……!?」
突然空いている方の手で口を塞がれる。
離れようとするが手を繋がれているし、まずこの男の笑顔が怖くて動けない。
ガクガクと震えていると、黙っていた彼が口を開いた。
「じゃあ変えればいいじゃないですか」
「っ、は?」
「会社が嫌なら辞めればいい、だたそれだけですよ」
「そんなの、できるわけ……」
そうだ。できる訳が無いんだ。
正直今まで退職を考えたことは何度もあった。『ふざけんな、辞める!?許すわけねぇだろ!!』とか言われることを想像しながら退職届を書いたこともあった。
でもそれを出さなかったのは、怖かったから。
「そうですかね?死ぬからと言って一日自分のやりたいことをやった貴方ならできるのでは?」
「え、なん、で知って…」
「んふ、僕はこの世界を最高だと思ってるので。全部見えてますよ」
何を言っているのか分からない。
普通ならそう思うはずなのに、彼の異様な雰囲気と今の状況でただ固まることしかできなかった。
「この世界は素晴らしいんですよ!たとえ沈んでいても、[[rb:歪 > ひず]]んでいても、嫌いでも……誰にも壊されたくない」
「……貴方は嫌い、なんですか。この世界が」
ずっと気になっていた。
この男はこの世界は最高だ、とほざいているけれど全てを肯定しているようには見えない。
すると自分の手を握っていた力が強まり、目から光が消えた。
「ひっ…!?」
「…あぁ、怖がらせてしまいましたか?すみませんね、そんなつもりはなかったんですけど」
恐怖で声を漏らすと彼の目にはすぐに光が戻った。
……怒らせてしまったのでは、ないだろうか。
「あと、さっきの質問の答えですが……嫌いですよ。僕はこの世界が嫌い」
「そ、ですか……」
「でもそうですね、それこそが素晴らしいとも思いますよ。だから僕はこの最高な世界を邪魔されたくない」
何かを達観したかのような高校生らしくない笑顔で言うと、今度は自分の方を向いた。
なんだかずっとこの笑顔に怯えている気がする。
「そしてそれは、ここにいる人類もですよ」
「え?」
「世界は世界だけじゃ存在できない。人類が居ないと構築されないんですから、僕は最高な世界を作っている人間すらも手放せない」
「だ、から…自分を助けたんですか」
ずっと聞きたかったこと。
もっと勇気を出して聞くつもりだったのに、ここまですんなり言えるとは思わなかった。
男はうーん、と考える素振りを見せる。
「まぁそれもありますけど…いつも僕こういうのは放っておいてるんですよ。世界を構築しているとはいえそこにいる人間は自由ですから」
「え?じゃあなんで…」
「こういう話をしたかったからですよ」
彼はそう言うと、今まででは想像もつかないほどの優しい笑顔を浮かべた。
年相応の、嬉しそうな笑顔。
さっきまでの差に頭がクラリとする。
「こんな話をしても無駄だから無干渉でしたけど、なんだか貴方には伝わるような気がして」
「…この世界は最高だってこと、が?」
「はい、あとはまぁ……”嫌い”と”最高”は違うとか、ね」
にこりとまた気味の悪い笑顔を見せると、ゆっくりと自分の手を離した。
そしていつしか自分よりも落ちている。
まずい、今まで全く気になっていなかったけれど私達は屋上から落ちている。
なぜアスファルトに叩きつけられないのか疑問ではあるが、こんな若い彼を死なせるわけにはいかない。
「ちょ、あなた……剣持さん!このままじゃ死……」
気がつくと、膝下に手が入っていた。背中にも優しく手が添えられている。
そのまま音も立てずにすたりと着地した。
「……で、伝わりました?」
お姫様抱っこをされながら問われる。
恥ずかしさとその他色々な感情が混ざって口が動かない。
そんな自分を見て、彼はやれやれとため息を吐いた。
「こんな状態じゃ答えられないか、仕方ない」
そう言って優しく自分を降ろす。
腰が抜けて尻もちをつきそうになるのを何とか耐えて、彼の方を見据えた。
「……助けてくれて、ありがとうございました」
小さな声で言うと男は心底驚いたかのように目を丸くした。
「…死にたかったんじゃないんですか?」
「いやそりゃそうですけど…一応、助けてはもらったので」
なんだか彼の方を見ることができず、目を逸らしたまま答える。
すると、ふはっ、と気の抜けた笑い声が聞こえた。
今度はこっちが驚いて男を見ると屈託のない笑顔で笑っている。
「まさかそんなことを言われるなんて…助けて正解だったかもしれませんね」
「…質問の答えですけど、別に自分はこの世界が最高なんて思いませんよ」
「うーん、そうですか」
「……でも」
そこで一旦言葉を止め、男…剣持さんと目を合わせる。
吸い込まれそうな緑色の瞳が私を襲う。
「代わり映えのない一日を、変えられる気はしました」
「……僕からするとあまり変えてほしくはないんですけどね」
彼はそう言うが、私の一日が変わったところで世界が変わることはないだろう。
塵も積もれば山となるとは言うけれど私の一日なんて微生物にも満たないと思う。
「まぁいいですよ、一日が変わったとしても貴方が死ぬよりはマシなので。その方が世界は変わりませんし」
突然ぱちぱちと拍手をすると、感情なんて一切含んでいなさそうな目で微笑む男。
「慌ただしい一日でしたが、今日のここまでよく生き抜きました。それではまた会える日まで」
最後は声の起伏もなく、すたすたと去っていってしまった。
今日、死ぬつもりだったんだけどな。
この世界の最高さなんて分からない。分からないし、理解したくもない。
これからまた代わり映えのない社畜の人生が待っているかもしれないし、全く違う人生を歩むのかもしれない。
でも、彼は自分のきっかけになったと思う。
あの人は『人類が世界を構築している』と言っていたが、実は彼がそうするように操っているのではないか。
では私がこんなに思考を巡らせているのも彼の操りによるものなのだろうか。
オカルトだと言われればそれまでだ。現に今までこんなことは考えたこともなかったし。
しかし、一つだけ言えるとしたら。
__私はこの最高の世界で、彼に生かされてしまった。
きっともう、戻ることはできないであろう世界で。