エデンへの最後にして
最大の難所、「嘆きの関所」。
そこは高く切り立った崖の間に作られた巨大な石造りの門で、人間たちの厳重な監視下に置かれていた。
三人は関所の手前にある、活気を失ったスラムのような小さな村に辿り着く。
そこには、典礼局に喉を焼かれ、歌うことを禁じられた獣人たちの生き残り——
「沈黙の楽団」と呼ばれる者たちが肩を寄せ合って暮らしていた。
「……若井、涼ちゃん。あの人たちの目、……光がないよ」
元貴は、自分と同じ黒い耳や尻尾を持ちながら、泥にまみれてうずくまる同族たちを見て、黒い猫耳を悲しげに伏せた。
かつては王宮で演奏していたという獣人の長が、ガラガラに枯れた声で警告する。
「……逃げなさい、若き旅人よ。
関所の向こうへ行こうとした者は皆、声を奪われ、夢を捨てさせられる。
……我らのように、音楽を忘れるのが唯一の生き残る術なのだ」
その言葉を聞いた瞬間、若井が不自由な右腕でリュートを抱え、左手で力強く一音を鳴らした。
「忘れてたまるかよ。……音楽を捨てて生きるのが正解なら、俺たちはとっくに死んでる」
「若井……」
「涼ちゃん、やろうぜ。修行の成果、こいつらに見せてやろう」
涼ちゃんが右耳を澄ませ、風の動きを読み取る。
「……うん。元貴、君の新しい声を聴かせて」
若井の隻腕から放たれる、荒削りだが魂を揺さぶるリズム。
涼ちゃんの片耳で捉えた、大地の鼓動のようなフルートの旋律。
そして、記憶を失い、一から「生」を刻み始めた元貴が、村の真ん中で口を開いた。
「——……♪」
それは、綺麗な言葉ではないかもしれない。けれど、バドから教わった「祈り」と、若井たちが自分にくれた「愛」が混ざり合った、泥臭くも神聖な咆哮だった。
村の獣人たちが、一人、また一人と顔を上げる。
「……ああ。……聴こえる。……忘れていたはずの、風の音が……」
「喉が、……熱い。……まだ、歌える気がする……!」
元貴の琥珀色の瞳が黄金色に輝き、村全体を温かな光が包み込む。
絶望で凍りついていた獣人たちの心に、音楽という名の火が灯ったその時。
元貴のノートに九つ目の音符が刻まれた。
『解放』。
しかし、その光と音は、関所を守る典礼局の偵察兵に見つかってしまう。
「……報告しろ! 黒耳の歌い手が、スラムで暴動を起こそうとしているぞ!」
「若井、来るよ!」
涼ちゃんが叫ぶ。関所から重装備の兵士たちが雪崩のように降りてきた。
だが、今の三人はもう、以前の無力な子供たちではない。
若井は左手で剣を振るい、リュートの音圧で兵士の体勢を崩す。
涼ちゃんは風の旋律で敵の矢をすべて叩き落とす。
そして元貴は、村の獣人たちの中心に立ち、彼らを導くように歌い続けた。
「……みんな! 一緒に……! 僕たちの音で、あの門をこじ開けよう!!」
元貴の叫びに呼応し、沈黙していた獣人たちが、それぞれの「音」を出し始めた。
それは世界を震撼させる、自由への大合唱。






