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何とか土日を機械的に過ごし、休みをはさんでも、麻里子の魂は抜けたままだった。
何かのきっかけで嵌まりそうになる沼から必死にはい出し、目の前の業務をこなす日々。
車検やオイル交換の案内はできても、新車や中古車の話はできない。
呼び込みの集中TELコールも集中してできない。
宮内がいないことを確認してから、隣に座る大貫に声をかける。
「車なんて、なんでそんなにポンポン買うんですかね」
大貫が片方の眉毛を上げながら、眉間に皺を寄せる。
「一回買えば、10年以上もつのに」
独り言のようにノートパソコンを叩く麻里子のディスプレイを課長である大貫が覗き込む。
「そんなこと言いながら、新車の見積もり作ってんじゃん」
「ノルマですよ、ノルマ」
パソコンの履歴は全て本部に送信される。
一週間に最低三枚、新車の見積もりを作っていなかったら、本部からチェックが入る。つまり「仕事をしていない」と認定されるのだ。
形だけの見積もりを作り、印刷ボタンを押す。
見積り画面を閉じると、営業の売掛金の画面に切り替わる。
納車日まで全額集金。それも営業に課せられたノルマの一つだ。
その画面の右下に、経理である結城の名前が表示される。
売掛金の管理をしているのが結城だからだ。
今まで気づかなかったその表示された名前を眺める。
今、彼とのつながりは、この売掛金だけだ。
どこか様子がおかしい麻里子にだんだん気が付き始めた大貫は、麻里子のデスクに椅子のキャスターを寄せてきた。
「すげえ、麻里子氏、売掛0じゃん」
土日のうちに集金してきたおかげで、売掛金はゼロ円になっていた。あとは納車するだけだ。
顔を寄せながらディスプレイを覗き込む大貫を見上げる。
「何?」
裸の大将のような人畜無害な顔で、大貫がこちらを見下ろす。
「大貫さんって、私のことを、どうにかしたいって思ったことあります?」
「ーーーはあ?」
大将の眉間に深い皺が刻まれる。
「———ないですよね」
麻里子は言いながら、大貫のキャスターを蹴って自分から遠ざけた。
「————」
蹴られるままに自分の定位置に戻されながら大貫が麻里子を見下ろす。
「あるよ」
「は?」
今度は麻里子が深く皺を寄せる番だった。
「だって麻里ちゃん、かわいかったもん。
右も左もわからないような顔してさ。一生懸命でさ。毎日泣いたり笑ったり、忙しくて、いつも走り回ってて。
ああ、健気だなって。いつも抱きしめたかった」
「—————」
裸の大将の告白に麻里子は目を丸くした。
「っていうと、気持ち悪いと思うけど」
大貫は笑った。
「でもそれは俺だけじゃなくて、みんな、思ってたよ。
席替えの時なんか、男たちだけ集まってジャンケンとかしてさぁ。
決まってからも重原さんとか往生際悪くて、いつの間にか自分の荷物、麻里ちゃんの隣に移動したりしててさ。
笑ったな、あんときは」
「——そのときって」
「ん?」
「結城はもういました?」
「————」
やはりそこは営業マンで、何かを悟った大貫は目を細めた。
「いたよ。だから、麻里ちゃんの隣の席だったでしょ」
「?」
「あいつがジャンケンで勝ったんだよ」