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第2話 病室舞舞
舞野はよく水鳥草の家に泊まる。
自宅は居心地が悪いらしい。
舞野は水鳥草の父親からも好かれており、連れてくると凄く喜ぶ。水鳥草本人も喜ぶ。
明日も舞野が家に来る予定だった。
しかし、水鳥草が先に舞野と会った場所は病院だった。
舞野は事故に遭った。家族と車に乗っていたらしい。そして舞野の両親は相当な怪我を負い、舞野だけが軽く済んだ。本人曰く5日程度で退院できるとのことらしい。
「舞野、見舞いに来た。」
「来てくれたのか…」
舞野は驚いたのか、目を見開いた。
きっと舞野は見舞いに慣れていない。水鳥草はそう想像出来てしまった。
舞野の環境を知っているから。
彼は根っからの不幸体質なのだ。
4月、2人は初めて出会った。
4月下旬、舞野の両親が感染病で部屋に閉じ篭った。舞野だけが病気にならなかった。
GW、舞野の両親が蜂に刺されて救急車に運ばれた。舞野だけが刺されなかった。
舞野だけが助かるのは3度目。いや、もっとあったのだろう。
そう言いきれたのは、彼にはそう出来る、そうしてしまう能力があるからだ。
見舞いに来る前、教えて貰った。
「あの時居たもう1人に会いに行くんだろう?」
黄金の髪を持つ、画家や写真家が喜びそうな容姿の女の子が声を出す。水鳥草に向けて放たれた言葉だった。
「オリオン…さんだったか?」
命の恩人だ。会いたいと思っていた。
「あの男には注意しろ。あの体質は一般の領域を越えた。」
越えた、と言うのは、まるで今領域からはみ出したばかりみたいじゃあないか。
水鳥草は思った。
「会って事情を聞け。私よりも、お前の方が理解出来る筈だ。」
オリオンさんは一緒に病院へ向かってくれたが、直接舞野には合わなかった。
待合室でオリオンは
舞野は他人を不幸にさせる、ある意味での
『不幸体質』を持っていること
不幸にさせるかどうか、自分で決めているのかは分からないこと
自動的ならどんな人間を不幸にさせるのかわからないこと
を話した。
実際に舞野と仲のいい水鳥草に会い、調査してもらう方が効率的との判断だそう。
「あの舞野とか言う奴の事、調査してくれるか?」
「任せてください。アンタに恩返せるなら余裕です!」
自信満々で答えた水鳥草。
そして今に至る。
この事を舞野に知らせる訳にはいかない。
超がつくほど真面目な舞野ならきっと、自分の体質が両親を傷つけていると知ったら気を病むだろう。
「舞野。お前の両親ってどんな人だ?」
「何故そんなことを聞く?」
これ以上踏み込むな。警告の音みたいに聞こえたが、聞かなくてはならない。
両親への思いから、「どんな人を不幸にするのか」がわかる筈。そういう期待を込めて水鳥草もう一度聞いた。
「舞野。お前は両親をどう思っている。」
答えを待っている。舞野の環境は知っている。だけど、思いは知らない。
舞野の言葉が欲しい。水鳥草は思った。
「お前になんて言っても無駄だろう。言うよ。
両親は」
「居心地の悪い人達だ。 」
「オリオンさん」
待合室に戻った水鳥草は、あくまで憶測の無い事実のみを伝えた。
「居心地が悪い。つまり『ストレス』や『不安』ってところかな。」
冷静に考えるオリオン。
水鳥草の方は、舞野への心配という感情が強すぎて、「それどころでは無い」が顔に出ている感じだ。
「舞野は何者なんだろうな?」
オリオンは問いかけた。
一瞬顔から熱がサッと引くような感覚に陥る。
その言葉の意味を理解するのに、1分程かかった。
「何者って…舞野は舞野っスよ。普通の人間で、ただの親友で、」
「質問を変える。アイツの体質は何故ある?何の為に存在し、何を与えれば消える?何を呪い、何を憎む?」
解は、何も分からなかった。どうすればわかるのかもわからなかった。
水鳥草は舞野の事なんて全然知らなかった。
一週間以上経った。
退院した舞野が水鳥草の家に泊まることは無かった。理由を聞くと、
「親がいないから」
と言った。それはまるで安心している様な口調で、舞野を知る為の一欠片だった。
彼の不幸体質は、彼自身を助けたのだ。
その体質はやはり舞野の為に存在している。
そしてその体質の目的は、舞野の不安を消し飛ばすことだ。
その気づきを早速オリオンさんに電話で伝えた。
『ならば舞野は人間ではない。』
え?と言わざるを得ない発言だった。
舞野は正真正銘人間なのだから。
『人間ではない。幽霊だとか、宇宙人だとか、色々あるだろ?』
いきなりファンタジーの世界に連れてこられたような、夢を見ているような気分になった。
「そんなの信じられませんよ。」
水鳥草は反論するが、それもまた無駄な行動。
『会ったじゃあないか。学校で。』
『掟』その者に。とオリオンは続けた。
オリオンが言うに、あれは学生の考える
『理不尽な決まり』が形になり、学生を『決まり』被害者にする為に生まれた存在とのこと。
生み出したのはあくまで学生であり、幽霊や呪いではないらしい。
『舞野の場合、悪魔とでも呼ぼうか。不安を消す為に不幸を訪れさせる。』
「悪魔…」
舞野のような完璧な存在に『悪魔』なんて言葉は似合わない。
まるでそれでは、舞野が悪いみたいではないか。
『人間ではない状態になる理由。3つだ。 』
人間ではないものに生まれた。
人間に生み出された。
そして
『途中で人間でなくなった。』
舞野は3つ目だ。
そう言われた。
「舞野が悪魔だって言うんですか?」
『嗚呼そうだ。アイツは悪魔だ。』
そんな訳が無い。有り得ない。
あんなに冷たくて優しい舞野が悪魔なはずは無い。水鳥草は思った。
舞野は恩人だ。
水鳥草は母親がおらず、それを哀れまれて来た。金目当てで父親と結婚し、父親の親族にまで迷惑をかけながら生きていた。夜に出かけてそのまま帰ってこない母親は、最後の最後まで迷惑をかけた。
父親と自分を捨てた母親を憎み、恨んだ。アイツの為なら人生だって捨てる。そう覚悟をしていた。
同情して見下す奴らと分かり合う気など無い。同情される度に弱くなる気がしたからだ。
そんな水鳥草を見下さなかったのは舞野だけだった。
4月に初めて話した時。噂が広がっていた為に舞野も水鳥草の事情を知っていた。
だけど、それでも舞野は冷たかった。
直ぐに仲良くなりたいと思った。ゴールデンウィークも舞野とずっと過して、父親もそれを喜んだ。
舞野の前だと何でも言える気さえした。
家族についても話した。舞野にだけは話せた。
舞野は哀れむどころか父親との関係を羨ましがった。
それが心を何処までも浄化して、今までの恨みが軽くなるようだった。
母親を恨んでいる。絶対に許すことはしない。でも、人生を捨てたりもしない。
きっと悲しむから。舞野が、舞野が羨んだ自分の父親が、悲しんでしまうから。
今の水鳥草は舞野のおかげでいる。と、水鳥草は本気で思っている。
舞野が悪魔なんかになる訳が無い。
「舞野は優しい奴です。冷たいし当たり強いけれど、アイツのおかげで今の俺がいる。舞野がそんなものになる訳無いんです。」
オリオンは黙った。
オリオンはもう一度声を出した。
『何を必死になっている?まるで悪魔であることが『悪』と言っているようだな。』
耳に大量の音が入ってくるようで、何も聞こえなかった。
『別に自分の意思でなった訳じゃあないだろ。そうならざるを得なかっただけだ。』
ようやく水鳥草は言葉を呑み込んだ。
どうやら勘違いをしていたらしい。思い直した。
「俺は、舞野に何をしてやれますか。」
『安心を与えろ。』
それだけだ。と電話が切られた。
舞野が悪魔であろうと、今まで通り仲良くしたい。むしろ今まで以上に二人ではしゃぎたい。
明日、誘ってみよう。
家には一人しかいなかった。
水鳥草が心配してくれた。
それがとても幸せのようで、少しいつもより元気に料理を出来た。
自分の為に料理を出来るのが嬉しい。
「よぉ〜し」
なんて声を出しながら袖を捲る。
ウインナーと野菜を出した。
そして野菜をまな板に並べ、包丁を向けた。
しかし、失敗した。
久しぶりだったからか、包丁の先が指に当たった。
しまった、と思い、絆創膏を探すが見当たらない。この家には絆創膏など無いからだ。
とりあえず水で洗おうと考えた舞野は指を蛇口の下へ出そうとした。
だが、傷はなかった。
血が止まったのではない。傷そのものが消えたのだ。
これが、舞野の体質だ。
舞野の両親は病院で更に怪我をしたらしい。
指が折れたのだそう。不思議な事に2人共
『左手の中指』を折った。
「なあ舞野。最近、不思議なことはあったか?」
水鳥草は聞いた。オリオンに言われた通りに。
舞野は考えることすらせず答えた。それ程異常な事が起こったらしい。
「指を怪我した。だけど、傷が消えた。血が止まったとかではない。1分もかからずに消えた。」
水鳥草はやはり。という顔をした。
そして、暫くしてから水鳥草は口を開いた。
「それは、左手の中指か?」
舞野は驚きを隠しもせず聞き返した。
「そうだけど、何故わかる? 」
質問をしてから舞野はハッとした。
左手の中指。その言葉を聞いたからだ。
自分の怪我ではなく、別の人間の怪我で。
ただし、こんなものは偶然に過ぎないと思った。思おうとした。
水鳥草は、その解で確信をした。
オリオンに報告しなくてはならない。
「舞野は自分の不幸が両親に移される体質です。」
『やはりそうか。』
電話越しの声が、耳に響く。
「今日舞野が家に来ます。アンタも来てくれれば話が出来る。」
そうさせてもらう。と言って電話が切られた。
舞野を傷付けない為に、今言うしかないのだ。
水鳥草家の寝室。ホテルの一室のように豪華だった。
3人居ても空間を持て余すほどに。
「オリオンさんでしたっけ?何故ここに。」
「お前に用があるからだ。」
思ってた以上に日本語を流暢に話すからだろうか。喋り方がクール過ぎるからだろうか。
舞野は目を見開いた。
「お前の体質は進化している。精神が止まっているのに反してな。」
舞野はまだ目を見開いている。
友人の家に行ったら寝室に話したことも無い転校生がいて、急に変な事を言い始めたのだから、無理もない。
「お前は、自分の不幸を移してしまう悪魔の体質だ。」
「移す対象は、ストレスの原因である人間だ。」
舞野は少し話を理解したような、もっと分からなくなったような顔をした。
「僕の不幸を、ストレスの原因に移す?」
「理解出来ないか?自分の体なのに?」
オリオンはいかにも『天然』って感じの顔で言った。
「お前が病気にかかったなら、それはストレスの原因である両親に降り掛かる。」
「お前が蜂に刺されたなら救急車に運ばれるのは両親だ。」
「お前が事故で大怪我したなら入院が長くなるのは両親だ。」
舞野はまた目を見開いて、頭を抱えた。
舞野はショックを受けたのだろう。
「僕の父さんと母さんが、僕のせいで傷付いているってことですか?」
泣きそうな顔で聞いた。
「ああそうだ。それに先程も言ったがその体質は進化している」
「指を切っただけで両親の指が折れたんだろ?同じだけのダメージを移していたのが、数倍のダメージを移すようになってしまった。」
舞野は悲しみを隠すこともせず、相変わらず泣きそうな顔で話した。
「どうすればいいですか。僕は何をすれば」
予想通りだった。真面目で優しい舞野ならそう言うだろう。両親にストレスを感じていても、傷つけたくない。舞野らしい優しさだ。
「克服しろ。両親のことなど考えるな。以上。」
それはあまりにもアッサリとした解答だった。
優しさの欠片も無いオリオンらしいとも言えた。
「体質は変わらない。それなら体質を上回る精神を身に付けるしかないだろ。」
オリオンは水鳥草も何か言ってやれ。と言うように目配せをした。
「な、なあ舞野〜」
舞野が不安そうに水鳥草を見た。
「俺の家に住まねえか?」
舞野は差し伸べられた手を掴むべきか迷っていた。両親に怒られるから、水鳥草の家に迷惑をかけるから、それは普通ではないから。
舞野はそれらの問題から逃げられなかった。向き合うことも出来なかった。
「そんなこと…だって」
「両親に怒られるだとか、今は考えなくていい。 現状よりマシだ。あとはまあ、その時になったら何とかするよ。」
きっと水鳥草の父親なら、舞野を助ける事に協力してくれる。水鳥草家は裕福だし、人が増えても問題ない広さだ。そう考えての申し出だった。
舞野はボソボソと何か言いながら、頭を抱えた。
「なあ水鳥草。どうすればいい。」
「楽な方を選べ」
舞野は顔を上げて水鳥草の目を見た。
これは覚悟をした顔だ。水鳥草は思った。
「ここに居たい。」
ここまでハッキリと意志を示す舞野は見たことが無かった。
舞野はこれからも『悪魔の体質』を持ち続ける。でもきっと、ストレスの原因がたった2人の人間に限定されることはなくなる。
克服するのはこれからなのだろう。