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「元貴、若井。朝だよ〜。」
目を閉じてから、数時間後。
涼ちゃんがぼくと若井の肩をポンポンと叩いて優しく朝を告げてくれた。
なんだか身体の左側が妙に暑い。
眠たい目を擦りながら左を向いたぼくは、思わず息を呑んだ。
眼鏡を掛けなくても分かるくらい、すぐ側にある若井の顔。
間近にあるその寝顔に、流石のぼくも驚いて飛び退いた。
「うるさ…。」
ソファーが揺れ、その衝撃で起きたのか、若井は少しだけ不機嫌そうに眉間にシワを寄せながら薄く目を開けた。
「んふふ~。今日も仲良しだねぇ。」
「いや…!これは違くて!不可抗力と言うか…!」
「…元貴、声デカい。」
「そんな照れなくてもいいじゃ〜ん。今度、ぼくも混ぜてね?」
涼ちゃんは、ぼくをからかうようにそう言うと、『朝ご飯作らなきゃ〜』と呑気に言いながら、どきまぎしているぼくを置いてキッチンに向かっていった。
若井を見ると、まだ眠そうに大きな欠伸をしながら腕をぐいっと伸ばしている所だった。
「お、おはよう。」
「ん、おはよ…レポート終わった?」
「え、あ、うん!終わった!若井達のおかげ!ほんとにありがとうねっ。」
「どういたしまして。」
ぼくは、動揺している事がバレないように、出来るだけ“普通”を装って、若井に挨拶をした。
若井は何も気にしていない様子で、いつも通り返してくれて、続けざまにレポートの事を聞いてきた。
完成した事と、お礼を伝えると、 若井はふっと笑い、ぼくの頭をポンポンと撫でた。
そして、ソファーから立ち上がり、 何もなかったかのようにキッチンの方に向かった。
ぼくは若井の表情や仕草に、胸がきゅっと締め付けられるような気がして、熱くなる顔を両手で包み込むようにして、頬を挟んだ。
最近、なんか変。
たまに…ほんとにたまにだけど。
若井のちょっとした言葉や、仕草に、ふいにドキッとさせられる事がある。
前はそんな風に思わなかったのに、いつからだろう。
思い返してみると、涼ちゃんに『付き合ってるの?』とからかわれてからかもしれない。
あの一言がずっと頭のどこかに残っていて、意識してないつもりでも、気付かないうちに変に意識してしまっているのだろうか…?
若井は、友達なのに…
「元貴、涼ちゃんが朝ご飯出来たって。」
「え?あ…」
「なに?まだ寝ぼけてんの?早く食べないと遅刻するよ。今日から試験なのに。」
そうだった。
今日から期末試験が始まるんだった。
自分の中に眠るよく分からない気持ちの事なんか考えている場合じゃない。
ぼくは、そう自分に言い聞かせるように、頬を挟んでいた手のひらで、自分のほっぺたをペチンと叩いて、気合いを入れた。
キッチンに行くと、ダイニングテーブルに出来たての朝食が用意されていて、メニューはいつものスクランブルエッグじゃなくて、綺麗に焼かれた2つの目玉焼きと少しカーブしたベーコンだった。
「見て見てぇ。今日、初めて綺麗に目玉焼き焼けたんだよ〜。」
と自慢気にニッコリ笑う涼ちゃんと、お皿の中の目玉焼きとベーコンが重なって、さっき入れたばかりの気合いが、ふわっと緩んでいくのを感じた。
ちなみに、ベーコンは『今日から期末試験だから栄養付けなきゃと思って』と言う事らしい。
なんというか、その涼ちゃんらしい気遣いに、ぼくもつられて、自然と笑顔になった。
「なんか、ニコちゃんマークみたいだね。」
「でしょでしょ〜。可愛く出来たの。」
「ふふっ。」
・・・
朝の試験日当日とは思えないほど、のんびりとした和やかなムードが逆に良かったのかもしれない。
前日、試験勉強出来なかったのにも関わらず、意外と問題はスムーズに解けて、思った以上に調子も良かった。
昼食後は、眠気と戦いながらなんとか乗り切り、完成したレポートも無事提出して、期末試験初日を無事終えることが出来た。
今日は図書室じゃなくて家で勉強しようと言う事で、まだ日が落ちるには少し早い時間帯の空の下、ぼくと若井、涼ちゃんの三人で帰る途中、大学の近くにあるコンビニに立ち寄った。
「アイス食べよーっと!頑張ったから、ご褒美!」
「まだ試験終わってないけどね。」
「いいじゃん!硬いこと言うなよ若井っ。」
「じゃあ、僕はプリン買っちゃお~と!」
「わ!涼ちゃんまで!じゃあ、おれも…! 」
涼ちゃんは、スイーツコーナー。
ぼくと若井は、冷凍ケースを覗き込んだ。
「やっぱり。元貴はチョコのやつだと思った。」
「え?なんで?」
「だって、いつもアイスにしろケーキにしろチョコを選ぶじゃん。」
「…よく覚えてんね。」
「ふっ、何年の付き合いだと思ってんの?」
そんな何気ない会話が、どうしてか今日はちょっと嬉しくて、ぼくは思わず小さく笑ってしまった。
コンビニから出ると、涼ちゃんが『飲み物買うの忘れた!』と言って、コンビニに戻って行ったので、ぼくと若井はそのまま外で待つことに。
夕方とは言えど、まだ日があり、じわっと汗をかくような夏の暑さ。
アイスがどんどん溶けないうちにと、ぼく達はそれぞれのアイスを取り出して、無言のまま口に運ぶ。
ぱきっ、というチョコのコーティングが割れる音が静かに響いた。
「…今日の試験、思ったより簡単だったよね。」
「うん。思ってたよりは。でも、あの問題出すのはちょっとずるくない?」
「確かに!あれ絶対、講義中にちょっと言ってただけだよね。」
そんな他愛もない話をしながら、足元に伸びる影の長さが、さっきよりも少し伸びているのに気づく。
若井の影と、ぼくの影が、ゆっくりと重なり合っている。
「…なに?」
「え?」
「さっきから、なんか見てる気がする。」
「べ、別に見てないしっ。」
…見てたけど。
ぼくは誤魔化すように、アイスにかじりつく。
「……ねえ、若井」
「ん?」
「今日さ、レポートも提出できたし、試験もいい感じだったし…ありがとね、いろいろ。」
「ふっ、お礼なら朝言ってもらったけど?」
「う、うるさいなぁっ。何回言ってもいいだろっ。それだけ…感謝してるって事だから!」
「そっか。なら素直に受けとっておくわ。ありがと。」
そう言って、若井は朝とは違い、少しだけ照れくさそうに笑った。
その笑顔を見た瞬間、ぼくの心臓が少しだけ早くなるのを感じた。
「遅くなってごめ〜ん!せっかくだからお菓子も買っちゃったぁ。」
少しだけ、ぼくと若井の間に沈黙が流れたその時、涼ちゃんが勢いよくコンビニから戻ってきた。
手に抱えられないほどの買い物袋を持ちながら、涼ちゃんは楽しそうに笑っていた。
「もー。涼ちゃん買いすぎだって。」
その笑顔に助けられたような気がして、ぼくはそう言いながら、 つられて笑った。
その夜は、涼ちゃんが買ってきた大量のお菓子を囲んで、リビングに集まった。
試験勉強という名目のもと、時には真剣に、時には脱線しながら、笑いの絶えない時間が流れていく。
眠気と疲れはあったけど、それ以上に、この空間が心地よくて。
夜が深まる頃には、お菓子の袋も山のように空き、テーブルの上はちょっとしたカオスになっていた。
「…僕、もう限界かも。 」
お腹もいっぱいでついに眠気のピークを迎えた涼ちゃんがそう言って、ふらりと立ち上がる。
その姿に釣られるようにぼく達も腰を上げ。『おやすみ』とお互いに言葉を交わしながら、それぞれの部屋へと向かった。
日付が変わる前には、ベッドに潜り込み、明日の試験に備える。
静かになった部屋の中で、遠くから聞こえる虫の声を聞きながら、ぼくはゆっくりと目を閉じた。