第2話
昼休みの教室には、春の陽光がやわらかく差し込んでいた。
新しいクラスにまだ緊張の残る生徒たちの中で、早くも“いつも通り”を感じさせる数人の男子がいた。
「なあ、りうら。これ見てみぃや」
いふがカバンから何かを取り出して、りうらに差し出す。
中身は、小さな手のひらサイズの羊毛フェルトのマスコット。青い狐がちょこんと座っている。
「おお、すげえ……って、まろ、これ作ったの?」
「ま、まあな……。手ぇ動かしてるほうが落ち着くんや」
照れくさそうに言いながらも、いふの目はどこか誇らしげだ。
「いふくん、器用なんだなあ……。こういうの作るの、時間かかるでしょ?」
ほとけが興味津々にマスコットを覗き込む。その声には、素直な感心がこもっていた。
「ほら、しっぽのとこ見て。ちょっとだけ青の色、グラデにしてんの」
「ほんとだー!うわ、すごいなぁ……え、これもしかしてさ、僕のイメージで作ってくれたとか?」
「は!? ちゃうし!」
いふが勢いよく否定するが、顔は真っ赤だ。
りうらが吹き出す。
「わっかりやすいな、まろ。まあ、ほとけっちの髪色としっぽの感じ、似てるっちゃ似てるけどさ」
「お前も変なこと言うなや!」
いふが頭を押さえながら顔を背けるのを見て、ほとけが嬉しそうに笑った。
「……ありがと。もらってもいい?」
「……壊さんようにせぇよ」
ぼそっと返すいふに、ほとけはパッと笑顔になって、そっとマスコットを制服のポケットに入れた。
──
一方その頃、教室の後ろの窓際では、ないこが自分のカバンをゴソゴソとあさっていた。
「……あれ、どこやったっけなあ……」
「探しもん?」
初兎が声をかけると、ないこは少し慌てた様子で手を止めた。
「あ、いや……たいしたもんやないけん、気にせんで」
「そっか。でも、何か大事なもんなんちゃう?」
少しだけ心配そうな顔で覗き込む初兎に、ないこは小さく笑った。
「うーん、まあ……大事っちゃ大事かもな」
そう言って、やっと見つけたそれをポケットに押し込む。ちらりと見えたのは、小さなメモ帳のようなもの。
何かのキャラクターのステッカーが貼られていた。
──
昼休みが終わりに近づいた頃、悠佑がふと、窓の外を見ながら呟いた。
「なあ、なんか、こういう何気ない時間って……ずっと続くわけじゃない気がするよな」
「どしたん、急に」
初兎が微笑みながら横に立つと、悠佑は静かに首を振った。
「別に、なんでもない。ただ……なんとなく、思っただけや」
その横顔はどこか寂しげで、けれど、春の光を映して少し優しかった。
──
チャイムが鳴り、午後の授業が始まる。
新しい席、新しい教科書、新しい時間。まだ慣れない教室で、それでも少しずつ、6人の距離は縮まっていく。
誰かの手作りの小さなマスコット。
誰にも見せない秘密のメモ帳。
誰かの静かな気づきと、誰かの無邪気な笑顔。
ほんの小さな出来事が、少しずつ「特別」になっていく。
この春、彼らの日常はゆっくりと、でも確かに動き出していた。
コメント
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、、、名作やぁ、、、すご、、