テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#ハッピーエンド
瑠璃マリコ
15,100
#婚約解消
maruko
46
臣桜
49,091
コメント
1件
航平くん、ついに動きましたね…! あの「菜穂子って呼びたい」には私も胸がときめきました。でもそれ以上に、しっかり「好きな人がいるから」と断る菜穂子の誠実さが美しくて。真澄への想いを貫く姿に、大人の恋愛ってこういうことかと深く頷いてしまいました。それにしても「漫画で読んだ」って航平くん、ちゃっかりしてますね(笑)二人の距離感の描き方が絶妙で、続きが気になって仕方ないです!
真澄の女性遍歴が気になるとはいえ、幹久の忠告とは裏腹に平穏な日々が続いている。
デザイン事務所は一度は受注が減ったけれど、すぐに持ち直してくれた。それに比例するように、所長の体型もふくよかに戻ってくれた。
『所長の体型ってさ、うちの事務所のバロメーターだよね』
お腹の肉が邪魔して落ちた書類を取るのに難儀している所長を見ながら、しみじみと稲富はそう呟き、渡辺は更に所長を太らせるべくハイカロリーな間食を絶えずストックしている。
それを傍観する航平と、いい事務所で働けて良かったと喜ぶアルバイトの美都。職場が盗作疑惑をかけられたことなど嘘のようだ。
──ああ、平和だなぁ……。
しみじみと心の中で呟く菜穂子だが、日を追うごとに寂しさが募っていく。
真澄との契約は、あと1か月。離婚の話はどちらも口に出していないが、彼がその話題に触れないということは、変更する気はないということだ。
あれほど大切にしてくれたというのに、冷たいものである。でも、仕方がない。そういう契約だったのだから。
離婚をゴネるのは、真澄が軽蔑していた女性と同じになる。
それだけは絶対に避けたい菜穂子は、最後までいつも通りの自分でいようと心に誓っている。
*
「早波さんってさ、H&Mカンパニーの社長と付き合ってるんですか?」
急な案件で残業中の菜穂子に、航平は唐突にそんな質問をぶっこんだ。
「な、なに?ど、ど、どうしたの??急に……そんなこと……!」
我ながら取り乱し過ぎだとわかっているが、カタカタと震えるマウスを持つ手が止められない。
「どうしたって、気になったから訊いただけっすよ。何、そんな慌ててるんですか?」
「だって、急にそんなこと」
「こういう質問って、前もってお伺いを立てるもんすか?普通、そんなことしないですよ?」
待て待て待て。それ以前に、普通は二人っきりの事務所でこんな質問をしたりしない。
そう言い返したい菜穂子だが、パソコンのモニター越しにじっと見つめてくる航平は、とても真剣な表情で思わず息を吞む。
「えっと……私の勘違いっていうか、自惚れだったら笑ってほしいんだけど、さ」
「はい」
「江上君さ、私のこと……職場の同僚じゃない目で見てたり……する?」
なんか自分で言ってみて、菜穂子は恥ずかしくなった。
自分ごときがなんて身の程知らずなことを問うてしまったのだろう。
しかし、祝賀会で好青年にジョブチェンジした航平は、その日限りだと宣言していたけれど、今日も好青年キャラを維持している。
その理由を菜穂子は「社会人としての身だしなみ」として受け止めていた。でも、もし違っていたとするなら──
「俺、早波さんのこと、菜穂子って呼びたいんですよね」
恥ずかしげもなくそんなことを言った航平は、冗談ではなく本気の目をしていた。
「え?……名前??」
「そう、名前」
それってどういう意味?と尋ねたいところだが、万が一勘違いだったら死ぬほど恥ずかしい。
「いやぁー、ちょっと年下に名前で呼ばれるのは……一応、ここ職場だし」
「プライベートならいいってことっすか?」
「いや、良くはないでしょう」
芸人顔負けの速さで否定してみたが、正直、航平の問いかけは告白なのか何なのかわかりにくい。
短い時間で悩んだ菜穂子は、とりあえずビジネスライクに接することにする。
「江上君さ、職場以外で私の名前を呼ぶ機会ってないと思うんだよね」
「まぁ、これまでは。でもこれからあるんじゃないんっすか?」
「え?どうして?」
「俺が誘いますから」
ああ、やっぱり勘違いじゃなかった。でも勘違いの方が良かった。
「私、好きな人がいるから仕事以外で江上君と出かけることはできないよ」
下心の有無を抜きにして、異性と出かけることが浮気になるかどうかは、その人の判断に委ねられる。
菜穂子は浮気だと思う。だって、真澄にそうされたら嫌だから。何より自分が、真澄以外の異性と歩いている姿を見られたくなんかない。
そんな気持ちを込めてきっぱりと宣言すれば、航平は肩をすくめた。”がっかり”というより”やっぱりそっか”と、言いたげに。
「漫画で読んだんっすよ。相手が仕事でヘロヘロになってる時に告白すると、まともに頭が動いてないから結構な確率でOKしてもらえるって」
「その漫画のタイトルって何?」
「教えませんよ。っていうか、早波さんの好きな人ってH&Mデジタルの社長ですよね?」
「っ……!な、内緒!!」
嘘が苦手な菜穂子は、慌ててパソコンのモニターで顔を隠す。でも、言葉に詰まった時点でバレバレである。
航平は「あーあ」と言いながら、首の後ろで手を組んだ。ギシッと椅子の背もたれが軋む音が事務所に響いた。