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「家族か」
「かもしれないというだけで、確定ではないのだけれど、」
「そうか、だがしかし、そうなると、より一層彼女への扶助は困難なものになるよ」
平日の昼間からおそらく三十路を歩いているかその手前ぐらいの男と街にある神社で話をするなど、奇妙なものだ。良い事ではないのは確かだ、いや、嬉しい事ではないと言う方が正しいか。僕はつかぬ事を八幡に聞いてみた。この場合全然つかないわけではなさそうだが。
「そういえば、この神社の住職のような人はあんたの事をよしとするの」
八幡はきょとん顔で僕を見た。
「今更かい、まあいいだろう。いいかい、神社の住職たるものというか、僕が話したのはこの神社の宮司なんだけどね。宮司なのだから、少なからず僕らの仕事に理解があるわけだ。だから、僕は宮司にこの神社を貸して欲しいと言ったのさ。最初は断固拒否されたんだけどさ、僕の仕事を言った途端に言ったんだ。勿論ですともってね」
勿論ですともってどういう意味だ。僕は話の腰を折らぬよう、その疑問をひとまず飲み込み、その話に連ねた事を尋ねる。
「でもこの神社って結構でかいよな、結構人は来るはず、というか来ていたのに最近はめっきりじゃないか。」
「ああ、それはね、僕はちょっとした仕掛けを施したんだよ」
「仕掛け」
「簡単に言えば結界のようなものだね。こう施したんだ。妖怪、またはそれに通ずる力を持つものしか入ることはできない。」
「でも僕は入れているじゃないか」
「君にも仕掛けをしたのさ、君の財布にはまだあれがあるよね」
「ああ名刺か」
八幡と初めて会った時、升沢の話を聞いた後にそれをもらった。少なくとも升沢の件が住むまでは絶対に身につけておけと念を押されていた。
「その名刺に何かあるのか」
「そうだよ、それに少し僕の力をこめておいた。だから通れるのさ。」
信じ難いが、この神社には烏一匹すら入ってこないのだ。ひとまず信じる他ないのだ。
「それよりもね、蕪木君、君来週テストがあるんだろ。こんなところにいて大丈夫なのかい」
「確かにそれも大事な事だが、今話している件の方が大事だろ」
「君は友人のためにそこまでしてあげられるのかい。随分情に熱いんだね」
「まあ、升沢は僕の唯一の_____友達だからな。」
そんな事を自分で言っていいのか自信が持てない。
「そうかい、唯一じゃなくても君は今と同じ事をしていそうだね」
八幡は笑う。そして八幡は少し俯いて申し訳ないように僕に言う。
「君にこんな事を言わなくてはならないなんて、全く不甲斐ない。蕪木君にこれからやってほしい事は、受け止める事なんだ。」
「何を、なんだ。」
「それは言えないよ、というよりは僕にも分かりかねる。まあ、心配はしないでくれよ、僕のやるべき事はやっておくよ。」
例のように軽薄な笑いを見せる。
「受け止める」
考えを巡らせるが堂々巡るだけだった。
自転車の車輪は回っているのに僕の頭はまるで回っていない。昼というのはどうも不思議だ。気怠さが僕を満たす。満たすというよりは溺死させているのかもしれない。受け止めるって何のことなんだろうか。頭で考えてはみるものの
記憶にそういった事が掠めすらしない、どころか考える度に分からなくなる。まるで宇宙だ。今この瞬間も宇宙は膨張し続けている。この謎も。あながち間違ってないのかもしれない。今も正方形は人を騙しているのだろうか。正方形は未来の升沢だ。今僕が、今の升沢を助けて___たすける。たすけるってどうやってなんだ。
街の図書館が見えて来た。本は好きだ。僕の頭の中で、僕の頭の中にしかいない人物が現れる。
「升沢」
乱暴に止められた自転車はその行為に呼応するかのように甲高い音を立てる。それを気にする余地は僕にはなかった。図書館の館内に升沢を見つけた。気づけば僕は図書館の入り口に立っている。珍しいな、升沢はテスト期間中にはしっかり勉強しているのだと思っていた。気晴らしか。ストレス、抑圧のか。僕に何ができる。升沢は虚な目をして本を眺めている。いや虚に見えるか。人が本を眺めている時の目がどんなものか僕はよく知らないのだから。しかしどうしたものか、読書をする人間に話しかけるのは野暮な事のように思える。升沢の集中力は目に見張るものがある。
「蕪木君」
気付かれた、というより気取られた。明らかに升沢の死角だった。
「よう、奇遇だな升沢」
ぶっきら棒になってしまった。おかげで掴みがヤンキーだ。
「その様子だと奇遇ではないみたいだね」
相変わらずの鋭さだ、動じない事に徹する。徹している事を気取られないようにする。
「奇遇意外に何かあるのか」
「私をつけてたとか」
升沢は伺いながら微笑む。
「まさか」
言葉にされるとより動揺してしまう。
「まあいいや。ところで蕪木君は勉強は捗っているの」
捗ってはいない。
「まあ、ぼちぼちだよ」
「そう、私達ももうすぐ進路のことを考え始める季節なんじゃない」
「高校二年の九月上旬にか、気が早いな。」
「そうでもないでしょ」
「そういや、升沢はテスト期間中に図書館いるって珍しいな」
口にしてみると意外に不思議でもない。ぼくの持論だが、図書館というところが勉強に近い印象が与えられる。不思議だな、本は好きだが勉強は嫌いなのに、同じような印象を受ける。
「なんだか、家にいたくなくてね」
「そうか。」
僕はここにいていいのか。きっと1人がいいんじゃないか。そう思ったがそうはさせない。八幡に任されてしまった。会ってまだ日は浅いが、頼み事をされてしまった。頼み事、言うなれば呪いだ。全くしっかり陰陽師してるよあんたは。引いた足を元の位置よりも、前に近づける。
「升沢、悪いがお前は僕の友達だと思っているよ。だから聞かせてくれ、家族、いや、ねり、お前について。」
全く不調法者で礼儀知らずで馬鹿だな。
電気が消えた。
フェードアウトではないブラックアウトだ。まだ日が出ていてさして影響がないのだけれど、なんの前触れもなくこの場合なんの脈絡もなく電気が、消えた。図書館のだけではない。向かいのコンビニもだ。というか交差点の信号も。升沢といえばきょとん顔で僕を見る。視覚で得ている今現状の停電という状況よりも聴覚から得た僕の発言の方が気に掛かっているらしい。「どうして、私の家族の事なんて、というか私の事なんて聞こうとするの」
僕は自分で言っておいてそんな場合かとは言えないので答える。
「昨日聞いたあの質問に、升沢、お前からはっきりとした答えを聞いてない。」
「それに答えてどうなるの」
升沢は訝しんでいる。順序を間違えた。いや、そんな事は分かっていた。分かったうえだった。しかし今考えてみたがそんな固く閉ざされた箱を開くにはやはりあまりに部外者すぎた。僕が途方に暮れた顔をしていると升沢は言う。
「まさか、私の家族に何か問題があると思ってる、そんな事はないよ。」
「じゃあどうして、いつも苦しい顔をしているんだ。」
正確に言えばがらんどうだ。広くて空っぽ。薄くて広い。
五月蝿い、この場合蝿ではなく鯨か。突拍子もなくて悪いが体感そのレベルの音が鳴った。鉄の塊同士がぶつかったけたたましい音。升沢も驚いたらしい。交通事故だ。
警報音。不安を煽る音。音が波のように流れる。そんなに穏やかではない。
「只今、街全体が停電しております。電力網が不具合を起こしております。復帰までしばらく時間を要します。大変ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。」
速やかに迅速に情報を伝える為だけに発せられたその声は、寄り掛かろうとした椅子に背もたれが無かったのと同じ、虚しさがある。
僕は升沢の手をとり神社へ向かう。外に出ると、日が沈みかけている、ではなく暗くなっていた。