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※軍パロ(風味程度)
※両片思い
※終始ci視点で進みます
(計17595字)
瞼越しでもわかる程に眩しい光を浴びて目が覚める。まだ寝ていようかどうか迷ったが、目を閉じても眩しい気がして、けれど布団を被るにも冷えている時期でもなく、仕方なしに身体を起こし、眼鏡をかける。まだうとうとする意識の中、ずきんと頭が傷んだので思わず顔を顰める。そういえば昨日は大先生たちと飲んでたんやった、とゆっくり昨日のことを振り返る。確か、自分は大先生のアルハラに巻き込まれて、ばかすか酒を飲んで、段々楽しくなって、眠くなって…
アレ?どうやって部屋に戻ってきたんだ?と気がつき、思わずベッドから立ち上がる。突然動いて頭がまたずきんと傷んだが、そんなことよりも誰かに迷惑をかけたんじゃ、と思考が冷えていく。よく考えれば、今着ている服も普段着ではなく、寝る時に着ている、ただの寝巻きではないか。介抱されている。結構手厚めな介抱を受けている…。うわああぁ…と口に出さずともすっかりテンションが下がってしまい、ついベッドにぼふんとダイブすると馴染みのある匂いがした。
ここ、トントンの部屋じゃねえか。とわかったのも、謝罪のために書記長室へ向かうため部屋を飛び出たのも、一瞬だった。
「トントォーン!!昨日はすまん!」
ノックしながら扉を開け、叫ぶように謝る。我ながら器用な所作だと、ほんの少し自分に感心したが、肝心の書記長サマがいなかったので、一気に小さな感心も大きな焦りも吹き飛び、すっかり脱力する。真面目で食いしん坊なあいつのことだし、もう食堂に行ったんかな、と独り言を下すと後ろから笑い声が聞こえてきた。
「…なんやねんショッピィ」
「いや、ちーの寝巻きで草って思って」
「え?っあ!ほんまやん!!」
笑い声の主は格好の餌食を見つけたように悪〜い笑顔でこちらを見ている。それに対してこちらはひたすらに恥ずかしくて仕方がない。トントンがいなくてよかったとすら思った。
「もうすぐ朝飯の時間やからはよ着替えてき」
優しく呼びかけられるが、笑い声が殺しきれてないし、喋り方があやす様な感じがしたのでムッと眉間に皺を寄せる。どう考えても煽られているが、これ以上ここにいると誰に見つかるかもわからないので大人しく着替えに行くとする。
朝から寝巻きで全力疾走して、空っぽの書記長室に押しかけるとか、絶対朝飯のネタ…それどころか、しばらくイジられる〜…と、考え出すと、恥ずかしさからため息が出た。
「遅れましたぁ」
「まだ遅れてへんで。ギリセーフラインやけどな」
ショッピに言われ、ギリギリ遅刻を免れたと知る。完全に遅刻覚悟で来たので内心良かったあ…と思いつつ、席につこうと周囲を見渡す。
たまたま、丁度、運が良いことに、僥倖と呼ぶべきか、トントンの隣が空いていたので早足でその席に向かって座る。いち早く謝罪と、感謝を告げたかったのだ。
「おはようトントン」
「おう、おはようちーの」
軽く挨拶を交わすと、掛け声と共に皆が朝食を取り始める。
「トントン、昨日はありがとうな!」
「ん、別にそんくらいええねんで」
こちらが昨日の礼を言うと、トントンがこちらを見て微笑んでそう返した。…今日もかっこいいなあ、と思っているとトントンにはよ食べ、と食事を催促されたので、大人しく箸を取った。
朝食の鮭と、朝からトントンと色んな話ができた幸せを噛み締めていると、ふと視界の端っこから箸につままれた鯖の味噌煮が現れた。
「どしたんトントン?」
「いや、なんか嬉しそうやなあ〜って」
イマイチ話が噛み合っていない。し、トントンは何故か笑ってるような、緊張してるような複雑な表情をしている。
もしかして、トントンは俺が魚好きで喜んでると思ってるんか?頭にハテナを沢山浮かべていると、トントンはん、と言って鯖の味噌煮を俺の口の前まで運んだ。…まるで、『あーん』みたいに。いや、決して嫌ではない。むしろ舞い上がりたいくらいではあるが、…この歳で、大男二人が、大勢いる食堂で朝から『あーん』て…。客観視してしまうと地獄とはいかずとも、それなりにキツい絵面なのだ。トントンの顔を見ると、俺にはよ食えと訴えかけているように見えてならない。どういうテンション?
いや、まだ『あーん』ならセーフやって。大丈夫大丈夫。友だちとの間でもするって。うん、するする。葛藤の末、せっかくトントンが珍しいことをしているので乗っかってやることにする。あくまで、仕方がないというていで。
「…ん。鯖も美味いな」
「そやろ?」
そう満足気なトントンはいつの間にか自分の分を食べ終えていて、さっさとトレーを持って返却口へ行ってしまった。
…産まれて初めて『あーん』を体験した訳だが、一つわかったことは割と照れくさいこと。漫画とかでよく見る、ああいうのを平然とやってのけるカップルは結構メンタルが強いんだと思った。もしくは二人だけの世界、というやつだろうか。とにかく、実際にやってみると意外とハードルが高かった。
「あ、寝巻きで書記長室凸ったちーのくんじゃないっすか〜」
「ショッピ…お前どんだけ言いふらしてん…」
食堂出てから色んなやつにそれ言われてめっちゃ恥ずかしかったんやからな!とまくし立ててもショッピは何処吹く風で、それがやけに悔しい。
「や〜、大先生は特に受けてたで。良かったやん!」
「なんも良くないわ!絶対しばらくいじられるやんも〜…」
項垂れるも、やっぱりショッピはけらけらと笑っている。…ここまできたら、開き直って持ちネタのように扱った方が良いのだろうか。
「んじゃ、俺整備当たってるから行ってくるわ」
「あ、そうなん?いってらっしゃーい」
ショッピを見送ったあと、特に行先も決めず歩き回る。ショッピのおかげで開き直った方がまだマシだと気がつけた。…最も、元凶もショッピだが。
さて、自分はどうしようか。そういうものが入っていたのか、朝食を食べてから頭痛がマシになったし、書類でも進めておこうかな、と思い自室へ向かおうと方向転換する
と、急に足がもつれてべしゃっとコケてしまった。今日はひたすらに恥をかく日だな!と心の中に台パンを決め、大急ぎで周囲を見渡す。当然、こんな恥ずかしい場面誰にも見られたくないからである。さすがに監視カメラには映ってしまった気がするが、それは今監視カメラを見ていたのが大先生ではないことを祈るだけである。不幸中の幸いと言うべきか、泣きっ面に蜂と言うべきか、外傷は軽く足を捻っただけで済んだ。心の方が大ダメージなので、足の怪我がとても小さく感じるのだ。
立ち上がり、さっさとここを去って自室に帰ってしまおうと思って一歩踏み出す。僅かに足が傷んで、二日酔いの頭痛もまだ残ってるのになんやねん…と行き場のない怒りも溜まる。
「痛そうやん。帰るより先に医務室寄っていき」
「うッわぁ!びっくりした!!」
急に後ろから声を掛けられ驚きで大きい声が出る。さっき見た時は誰もおらんかったのに、とか、いつの間に、とか言おうと思ったが、口から心臓が出るんじゃないかと思うほどばくばくしているのでそれどころじゃなかった。
「い、いつからおったんトントン…」
「それは後や。足大丈夫か?歩けんなら運んだろか?」
口では希望に従うみたいなことを言っておきながら、ナチュラルに俺の質問を流してトントンはどんどんこちらへ寄ってくる。
「や、歩けんことはないで。全然大したことないし…いや、あの、全然運んでもらわんくていいんで。マジで」
大丈夫だと否定しても、トントンはわざわざしゃがんでまでして患部の足首を凝視している。ちょっと赤くなったかな?となる程度で、本当に大したことはないように見えるが。
いつにも増して心配性やなあ、とちょっと呑気に考えていると、途端に視界が反転する。
「うわっ?!?何?!」
「いやー、ちーのくんが遠慮するもんやから」
「してへんわ!!トントンなんか変なもん食ってきたんか?!」
トントンは俺の膝裏に手刀を入れ、足を抱える。そして、バランスが崩れて後ろに倒れかけた背中をもう片方の手で支え、持ち上げた…らしい。
「そんなとこで技術使うなや!!」
「なんや今日は怒りん坊やなあ」
「はあ?!」
どうにも噛み合わないテンションに、いつにも増して傍若無人なトントンに、もしかしてこの抱え方…所謂、姫抱きで医務室に放り込もうとしているのか、という焦りが奇跡的な配合でミックスされ、困惑と怒りの共存が完成する。
俺が下ろせと暴れようとするも、ミシミシと音が鳴りそうなほど力を込められたので言葉による抵抗にシフトチェンジした。にも関わらず、トントンは依然として堂々とほとんど同じ背丈の男を姫抱きにして廊下を闊歩する。─地獄か?少なくとも、俺からすると地獄に違いない。何が悲しくて想いを寄せている先輩に抱えられながら医務室に連行されなければいけないんだ。しかも軽度の捻挫で。あまりにも情けなさすぎるやろ!!と叫びそうになるが、どうせトントンには響きやしないし、自分のプライドがすり減るだけだと思いそろそろ喚くのをやめた。…実際、今も恥ずかしさと情けなさからほとんど半泣きである。涙は出ていないので大丈夫だと思うが。思いたいが。
これ以上今の自分を客観視すると大切な何か(主に俺のプライド)が壊れてしまう気がするので必死に別のことを考える。別のこと、と言えばやはり今朝から様子のおかしいトントンに意識がいく。今も眉間に皺がよっているが、口元は微妙に緩んでるし頬もちょっとだけ赤い。何?俺で遊んどる?もう今日を厄日と割り切った俺は無敵やぞ?と変な圧をかける一方で、冷ややかに嫌々やってんのか笑うんかハッキリしろや、とツッコむ俺もいた。…いや、やっぱりどう考えても今日のトントンは普通の情緒ではない。俺の知る限り、トントンは足を挫いたと言えばドジやなあと爆笑するし、自分の分の飯なんて絶対に分けやしない。酒に潰れた人を介抱はしそう…だけど、着替えさせるほど手厚くするか?と言われればなんか違うと思う。とにかく、何かがおかしい。顔色は悪くなさそうやし、日頃のストレスで精神がイカれたのかも、と思うとさあっと背中が冷たくなった気がする。
「と、トントン…」
「なんや?」
「あの、大丈夫?最近楽しい?」
「…ん?」
「いや、あのー、急に聞きたくなって」
やっぱり急すぎたかな?!不審がられた?でもお前もおんなじくらい不審やで!!…とは思っても、どんな感情が込められていたとしてもやっぱり至近距離からの視線には弱い。自然に熱くなる体に落ち着け!と言い聞かせながら、俯いて顔色を誤魔化そうとする。
「…そら、楽しいで。毎日毎日変なヤツらと馬鹿騒ぎできるんやから」
「そか、ならよかった…」
「なんや〜?ちーの、昨日もそんなこと聞いたし、なんか不安になったんか〜?」
「エッ?!あっ、ウ、うん?!」
急に笑わないで欲しい。心臓に悪いから。それが悪い笑みだったとしても、俺には効果抜群なのだ。
急に声色を変えないで欲しい。それも心臓に悪いから。軽率にギャップで悶え、変な声が出そうになる。
そして昨日の俺。なにやってんの?!!
どうやら昨日の前後不覚になった後はそりゃあデロンデロンのぐでんぐでんだっただろうとは予想がつくが、まさかそんな恥ずかしい質問をトントンにしていたとは…いや、記憶の限り大先生とサシで飲むという話だったので、トントンは酒の席にいなかったはずだが。もし、自分が泥酔していたときにやってきたとしたら、多分、というか間違いなく、まあまあな痴態を晒していたことに、なるんじゃ…
トントンは吃りに吃った俺を見てわかりやすすぎ、とゲラゲラ笑っていたが、こちらはもう色んなものが気が気じゃない。少なくとも、トントンに嫌われたようには思えないので一安心だが、昨日までと明らかに違う対応に間違いなく致命的なことをやらかしたんだと思わざるを得ない。何をやっちまったのかな、早くこの拷問終わらないかな、降ろして一人になって暴れたいな、なんてぐるぐる考えているとようやく医務室の文字が見えた。トントンの歩幅にしてはやけに遅かった気もするが、自分が緊張していただけだと言われるときっとその通りなので、気のせいということにしておく。
「で、なんであそこおったん?」
もしかして見てた?!と聞くとトントンは冷やすから大人しくせえと返す。全く俺の質問に答えてくれへんやん、とむくれているとひんやりした氷水の入った袋が足に乗る。冷えるとわかっていてもびっくりしてしまうもので、びくっと肩が震えた。
「あそこにおったんはたまたまやで」
処置がひと段落着いたのか、トントンがようやっと返答する。トントンが言うならそうだと思うが、なんとなく茶化してみる。
「え〜ほんま?」
「ほんまほんま」
疑ってもしゃーないやろ、とトントンは笑う。今、医務室には誰もいないので二人っきりだと意識すると、なんだか特別な気分になってくる。ちょっと嬉しくなって、ふふ、と笑うと、トントンもなんや〜?とにっこり笑う。こんな穏やかな時間が大好きだからこそ、何をやらかしてしまったのかが怖い。
トントンは俺の足から氷水の袋をどかし、テーピングを始める。手際が良いなあ、とトントンの手元を見ていたら、こちらの視線に気がついたのか、ちょっと照れくさそうにしていた。
「ほれ、できたでちーの」
「うん。ありがとうなトントン」
テーピングにより、綺麗に固定された足をみておお…と感動していると、そんな特別上手くないやろ、と呆れた声がかけられるが、自分にとっては上手い下手ではなく、トントンがしてくれたことが嬉しかったのだ。
「よし、じゃ部屋に戻るわ!」
「待てぇちーの、お前またコケるんちゃうやろな」
「いや俺がコケるとこ見てたんやん!!…いや、今度はコケへんて」
「ほんまにか〜?」
どこまでトントンは俺を信用していないのか。…逆に、不注意さを信用されているのかもしれないが。
「テーピングしてくれたし、歩けるから大丈夫やで?」
「それとまたコケるのとは話が違うやろ」
「やからコケへんって!!」
だんだん水掛け論じみた言い合いになってくる。ここは自分がトントンに譲った方が良いのか…と、若干諦めの境地で考える。
「んじゃ、トントンが部屋まで送ってくれんの?」
「……おお」
なんだその反応、と思ったが、おそらく肯定の意を表しているので大人しく送ってもらうことにする。…なんだか、こちらが送ってほしくてそうなりました!みたいな感じになっているが、俺がコケるかコケないかの水掛け論に対する最高の答えとはこういうことだろう、と思ったので言っただけである。決して、ちょっとでも長くトントンといたいなあとか、そういう下心は無い…わけでもない。
廊下に出ると、急に緊張してきた。医務室では二人だったから少し安心しすぎていたが、よく考えれば仮にも軍の幹部が軽く捻挫しただけで書記長様に丁寧に手当され、部屋まで送ってもらうという、よくわからないがとりあえず俺が情けないことがわかる状況になっているのを改めて自覚したのだ。
早く帰ろう、と結論を出すのに時間はかからなかった。トントンとの時間は惜しいが、そんな贅沢を言うなと昨日の俺にボロカスに言われそうなくらい、今日はなんだかトントンと喋った気がする。医務室を出て早足で歩き始める俺にトントンは焦ったように追いかけてきたが、知らん顔して道を急ぐ。後ろからコケるぞ!と聞こえてきたので、そこだけはコケへん!と丁寧に返す。これは俺の名誉のためだ。
やっとの思い──言うほど医務室から距離はないが、気持ちの問題で長く感じた──で自室前にたどり着く。後ろからトントンも何を焦ってるんだと不思議そうにしながらも追いついた。
「送るってか、ほぼ追いかけっこやったやんけ」
「いや、まあやっぱり俺の名誉的に送られるのはちょっとな…」
詐欺師め…と呟きながら恨めしげな表情をしたトントンを見て、思い出したかのように、なるべく軽い調子で今日、溜まりに溜まった疑問を投げかけてみることにした。
「そういや、なんで急にそんな俺のこと気にかけるようになったん?」
そう聞くと、トントンは驚いたように目を見開き、それから少し顔を赤くして目を逸らした。…なんだその反応?!
「いやあ、そらだって、お前…」
いつものトントンとは違い、煮え切らない返事に疑問が更に募る。はっきりとした答えを待っていると、こちらを一瞥して、諦めたように、しかし照れくさそうに言う。
「こ、恋人になっとるんやし…」
「…こい…?こいびと、恋人ォ??!」
反芻し、よく噛み砕いて内容を飲み込む。うーん、驚きで味がわかんない!
…いや、マジでわからんで?!どういうことコレ?!?何が起きてんの???!
「…え、お前が昨日付き合うって言ったやん」
昨 日 の 俺 ? !
これがやらかし?なにして、いや、トントンもそれ受けたんか?!え、俺達付き合っていたのか?!いや、俺は覚えてないからそうと言い切るにははばかられるが。それよりも、酔い潰れた俺の戯言かもしれないことをガチに受け取ったトントンよりも、昨日のことを覚えていないということにサーッと背中が冷えていく感覚がある。誤魔化すか、…白状するか。
「あの…すんません…昨日の記憶が……無くて………すまん…」
声が小さくなっていくが、これは決死の謝罪だ。一応、誤魔化して俺視点謎の経緯なお付き合いを続けることはできた。けど、トントンにそういう嘘はつきたくない。誤魔化して押し通すなら、いっそ誠実になって幻滅された方がマシだ。…いや、幻滅はされたくない。けど、誠実でいたいと思うのは本当である。
俺の超必死な謝罪を見てトントンの顔は一瞬で真っ赤になり、固まり、少し経つとめちゃくちゃ長いため息を吐きながら蹲って頭を抱えた。対して、俺の顔はさぞ青いんだろうなと適当に考える。
「…クソカスボケちーの…」
「…返す言葉もありません…」
消え入りそうな声で罵倒されても、全く怖くない。…寧ろ、同情から心が苦しくなった。恋人だと思って丁寧に接していた相手は自身のことを恋人とは思っておらず、ましてやひたすら不審に思われていたのだ。そりゃあ恥も怒りも台風のように激しく渦巻いていること違いないだろう。それをあの罵倒だけに収めたトントンはすごい。トントンの抱えられた頭から少し見える耳は、申し訳なさと哀れさで胸が痛くなるほど赤かった。
百パーセント悪い俺は所在無さげにちらちらと視線を泳がせ、トントンの復帰を待った。…よく考えると、こんなことになってるってことは俺達両想いだったんだなあ、と気がつく。嬉しくてたまらないはずだが、その分現在トントンへの申し訳なさが大きい。
「ちーの…お前二ヶ月禁酒な」
どうやら復帰したらしいトントンがまだ赤い顔を大きな手で抑えて立ち上がる。本来なら異議を申し立てたいところだが、俺にそんな権利は無い。
「…了解、デス…」
書類仕事のため部屋に戻ったが、当然、手をつけられるはずもなく。しばらく申し訳なさと今日の出来事を振り返ってはひたすらに悶えていたが、ふと、今の自分とトントンの関係ってどうなっているんだろう、という疑問が頭に浮かんだ。まさか別れ…いや、信じ難いと言えば信じ難いが、どうやらトントンは自分のことが好きらしいので考えにくい。でも、現在の関係にハッキリと名前を付けられるならば、友達以上恋人以下…と言ったところだろうか。
…モヤモヤする。
本人に聞こうかとは一瞬考えたが、今回一番の被害者である彼のことを思うと傷をえぐるような、追い打ちになってしまうのではないか、と思うと聞くに聞けない。そんな時、インカムからピピ、と通信を受け取る音がした。
「はい、ちーので〜す」
『おう、ちーの…俺、やけど』
仕事の連絡なら今なら喜んで受け取れる、と思った。任務が入れば、無理矢理でも思考回路を切り替えることができそうだったからだ。しかし、通信先は悩みの種である──彼から見た自分もそうなんだろうが──トントンだった。
「お、おぉ!ど、どうしたんや」
『…や、俺ら付き合ってるっていう相互認識ができてなかった訳やが』
「その節は誠に申し訳ございませんでした」
『そう、俺は怒っとんねん』
「えっ…」
いや、当然だろう。誰だってこんな事態になれば怒ると思う。少なくとも、笑って軽く流せる奴はきっといない。だからトントンが怒るのも当然で、トントンが何を言っても自分には文句を言う立場すら無いはずだ。
「…うん。」
『だから、今度は俺から言われせてくれ』
「…うん?」
『何とは言わせんぞ?そら…そら告白やろが』
トントンの半ばヤケクソな声が、うるさくないはずなのによく頭に響いた気がした。いや、これは二日酔いのせいかも。
「ええ、あ」
『よくも忘れてくれたなちーの…あん時は俺も心臓バックバクやったんに、お前…お前ェ…』
「あ、いや、それはごめ」
『やから!今度は酒なんかに頼らず来いよ』
「…わ、わかったわ」
『…じゃ、明日な』
「お、おお…ん?明日?明日なん?!」
『当たり前やろが俺は今恥ずかしすぎて誰の前にも出れへんわ!!』
「書類の受理くらいはしてほ…いや、俺も恥ずかしいよ?!恥ずかしいけど、先延ばしにした方が恥ずないか?!?」
『…やかましいわ!とにかく、お前も覚悟しとけよ!!』
ブチッという音がなり、通信が途絶える。…最後の空白はちょっと納得してたんだろうな。
今度こそ、本当に何も手につかなくなりそうな気がする。さっきは青かった気がする顔も、きっと今や真っ赤っかだ。高揚感と、緊張、焦燥感が混ぜこぜになってもう書類どころじゃない。これは身体を動かすことでしか誤魔化せない!と部屋を飛び出す。捻挫したはずの足も、とっくに痛みは引いていた。頭はまだちょっと痛いけど、そんなことに構ってられないほどの衝動なのだ。
その日の晩飯は食堂がひどく騒がしく、ごちゃごちゃしているように感じた。昼飯も抜いてひたすらに自主練に励んで励んで疲れまくった身体に栄養満点の食事は非常に染みる。隣の席に座っているシャオロンが、今日良い食いっぷりやん!ゾム呼んだろか?と言うくらい。その提案は丁重にお断りさせて頂いたが、本当にいつもよりも美味く感じた。
風呂で身体を癒し、ほかほかしている身体で今日はよく眠れそうだと思いながら、自室に向かって歩いていると、向かいから本日よ〜く見た人物が歩いてくる。相手も自分の存在に気がついたようで、お互い、急に動作がぎこちなくなった。
「チ、ちーの、今風呂上がりか」
「お、おお!と、トントンも今日はしっかり、休んでな!」
普通っぽい会話でお互いそそくさとすれ違っていく。身体を疲れさせ、癒し、このままゆっくり寝ようとしたのに、トントンに出会ったせいで今日のことが思い出されて全く眠れそうにない。これじゃプラマイゼロじゃねえか〜!と頭を抱えるが、悪い気は全くしなかった。
「あ、おはようちーの」
今日は食堂来んの早いやん、なんて呑気に言うショッピに俺は抱きつく。
「しょ、しょっぴぃ〜…」
「うわ、急にどうしたんやちーの」
「…何を言ってるかわからんかもしれんけど、今日俺の様子がおかしかったらはたいて訓練場に連れて行ってくれ」
「それならもう今訓練場行きが確定したけど」
そういうことじゃないねん〜!とガクガクショッピの肩を揺らす。されるがままのショッピは優しいのか、対応を面倒くさがっているのか。
結局ろくに眠れず、午前にできなかった書類を片付けていると日は昇っていた。今日は決戦の日なのだ。身なりは大丈夫か、と鏡の前に十分ほどいたが、どこか冷静な自分が自分に対して、いや乙女か。なんて言うので、ハッと目が覚めたように洗面所から離れた。
「お〜、今日はショッピもちーのも早いなあ」
それにしても今日も仲良しやなぁ、なんて後ろの方から声がかかる。ショッピから見れば声の方向は前なので、ショッピの方が先に挨拶をする。
「あ、シャオロンさん、トントンさん。おはようございます」
「おう!おはようなショッピ」
シャオロンはさぞ太陽を彷彿とさせる笑顔を咲かせていたことだろう。しかし、俺は普段挨拶されたら律儀に返答するトントンが無言なことが気がかりで仕方が無い。ぎ、ぎ、ぎ、と油を指していないロボットみたいな動きで振り返りながら、なんとか おはようシャオロン、トントン、と言う。
「おう。おはようさんちーの、ショッピくん」
そこには冬がいた。
…というのは誇張表現ではあるが、冷たい!ってか、怖い!そんな視線が俺を一直線に貫いている。視線を一身に受け恥ずかしさもあるが、得体の知れない恐怖もそこにある。ショッピも、トントンさん機嫌悪〜…と呟いている。
幹部や一般兵がぞろぞろと集まり、次第に賑やかになっていく食堂の中、隣の子供のようなデカい男との気まずさが最高潮に達しそうであった。というのも、ショッピやシャオロン、他の集まってきた幹部たちと大先生はまだかなぁとか、ゾムが大先生の分の朝飯取りに行ったとか、寝巻きのちーのとか、ちょっとした話をしていると、隣のいつになく無口になった男から机の下でデコピンを大量に送られる。構われるのは嬉しいが、何せ手がデカいし力が強いから結構痛い。
「何すんねんトントン!」
小さく抗議の声を上げると、
「…何でもないですう〜」
と返される。いや、絶対なんかあるやつ。
「何ですかあ?トントンさん、もしや嫉妬ですか?」
うりうりと人差し指で腕をつつくと、
「はあ?んなんちゃうわ!」
と大声で返されたので思わず肩が跳ねる。
「じゃあなんなん」
「…うるさい」
「なんも言ってへんやろ」
「…今日やと言うんに自然体なお前がムカつくだけや」
それは、つまり、トントンもやっぱり今日に備えたいたということだ。なんなら、緊張してる。…俺に、告白するために。そう意識すると、急に顔が体が熱くなってどうしようもなくなる。あ、そ、と返して正面を向く。そんなこんなでトントンと俺の間には今気まずくて恥ずかしい空気が流れているのだ。…誰か助けてくれ。
今日も賑やかな食堂の中、隣の男と静かに味のしない朝食を胃に詰め込み、そそとくさと食堂を去ってしまおうとトレーを持って立ち上がろうとすると、後ろからちーの、と呼び止められる。
「…業務はちゃんと、こなせよ」
「あ、当たり前やわお前」
「あれ、今日はあんまエイム良くないやん」
最近は結構中央当たんのになあ、と射的場にいつの間にかやってきていた男は何気なく呟く。
「あ、ゾムさん、お疲れ様でーす」
「ちーっす!寝巻きのちーのサン!休憩時間にようやるわ」
なんで今俺が休憩時間て知ってんすか、と返す。寝巻きはええねん!と言うのも忘れずに。すると、お前この前しばらく書類メインすかね〜とか言ってたやろ、と返ってくる。今日は脳が働いてるな、と思った。
「いやー、ちょっと最近銃握ってなかったんで鈍ってきてますかね」
ぱっと思い当たる不調の原因を述べる。昨日は体術や近接メインだったし、射的場には最近は全く寄っていなかったので一発一発にイマイチ手応えが感じられなかったのも事実。もう一つは、集中できなかったから。…まあ、原因は察してくれ。
「鈍ったんやったら俺が鍛え直してやろか〜?」
背中から提案の声がかかる。本来なら是非、と言いたいところだが、書類がまだ残っているのと、声に愉悦が滲み出ているのと、ゾムは自分のこともおもちゃだと思っている節がありそうなので、申し訳なさそうに今度しにしてくれ、と頼むと、
「しゃーないな。じゃあ昼飯一緒に食うってんなら許したるわ!」
と、それはもう嬉しそうにゾムは言った。
「いやー、ちーのさんよう食うなあ!」
「マジでもうやめてください…ちょ、吐く…」
「そんなん言って〜ほらほら!」
「うっわ、そんな盛る…?うそぉ……」
現在、腹十五分目程。吐き気とか気持ち悪いとか痛いとか苦しいが色々混ざって失神しそうである。これが漫画とかなら腹が異様に膨れただけで次の日には元に戻っているんだろうが、生憎世界はそんなに甘くないことなんて軍に所属していれば、それこそ吐くほど思い知る。目の前の皿の山盛りの肉と米とを見て今度こそ吐く…と絶望していると、
「お、ゾムとちー………じゃあな!」
「あ!トントォン!昼時やもんな!腹減るもんなぁ!」
「いや違うんすよマジで勘弁してください…」
良かった、食害の格好の獲物、トントンがやってきてくれた。今だけトントンが救いの神様のような、天の使いのような風に思える。
「いやー、マジでちょっと小腹満たそうと思って来ただけなんで!丁度そこの皿に盛られたくらい!」
そう言ってトントンは俺の前に鎮座する肉と皿の盛られた米を指す。…間違えた、肉と米の盛られた皿。
「じゃあ俺がおにぎりでも何でも作ってやりますやん!」
「いやあの結構なんで、ちょ、待ってくださいゾムさん…」
ゾムはトントンの声が聞こえていないかのようにウッキウキで厨房に消えていった。幹部が料理なんて、めずらしいなー。
「…で、大丈夫かちーの」
「むり…俺、もう、吐く、無理」
「それ片付けたるから、後で医務室行って胃薬貰おな」
そう言いながら、トントンは山の白米をかき込む。見る見るうちに消えていく山は、食害された時のことが蘇る気がして目に毒だ。というかもう食べ物を見ていると吐くような気がする。
「トント〜ン!おにぎりできたで!ちーのもいるか?」
ご機嫌な様子でゾムが厨房から出てくる。両手に抱えられたバケットには、片手で持っても大きく感じるほどの大きさのおにぎりが山を作っている。
「いや、いいわ」「勘弁してくださいマジ」
全力で拒否する俺達に、ええ〜としょぼくれるゾム。それを見てトントンは、今ならエミさんが腹空かせとんちゃうか、と適当言いだした。
「あー、せやんな!エミさん腹空かせたらなんもできんもんな!」
「いや、そんなことないんちゃいますかね」
「黙っとけちーの」
「んじゃ行ってくるわ!」
ぱあっと機嫌を取り戻したゾムは軽いステップで食堂を出て行った。
「あ〜〜〜、気持ちわりぃ…」
「災難やったなあ」
壁を伝って歩いていると、トントンが誰かとぶつかるからやめとき、と言って肩を貸してくれた。ほぼ極限状態の俺がまともに歩けるわけもなく、よたよたと非常にたどたどしい足取りだが、トントンはそれにも合わせてくれた。
やっぱり優しいなあ、と思ったが、気持ち悪さや吐き気や胃の圧迫感がそれで消えるわけでもない。ああ…トントンや、周りの声が遠くに聞こえる気がするなぁ、なんて考えていると、かくんと視界が揺れた。
「うわ、倒れそうやったぞお前。どんだけ食ってん」
「あ、マジ…?いやー、おかげさまで…」
「何適当言ってんねん…もうちょいの辛抱やぞ。しっかりしい」
「もうちょいてどんくらいやねん…具体的に言えや…倒れるぞ…」
「大丈夫や支えたるから。ほら歩き」
「うぅ…」
「医務室まであと曲がり角を曲がって50mくらいですよー」
「おう…」
「ちーのぉ?」
「はい…」
「ちーの?」
「何…」
「付き合うかぁー」
「うん…
……うん?」
「うん言うたな。うし、よろしく」
「…いや、いやいや!おいちょっと待てや!」
「うわ、ちょ、いきなり暴れんなや」
肩を無理矢理解き、トントンの方を向く。体は確かにしんどいが、火事場の馬鹿力と言うべきか、今は大したことないように感じる。それよりも、ムードの欠片も無い空気で、そんな、急に、突然、突拍子も無く、そんなことを。何かしら言ってやりたかったが、驚きと怒りと驚きと驚きで意味を持って出る言葉は何も無かった。
「…!……!!」
「…いや、今日言うって、昨日予告したし」
「いや、そんな急にこんなムードでやったらそら『え、今?!』ってなるやろ?!」
「確かに、お前の返事が適当やったから狙い目やと思ったんはアレやけど…」
「そこかよ!いや、そんなこと思ってたんかよ!?」
「や、きょ、拒否られるとは思ってへんかったけど、やっぱなんか…いや、ちょっと逃げたな…すまん」
「…え、これ仕切り直すん?」
「………ちーの、」
がしりと肩を掴まれ、真っ直ぐな瞳と目が合い、俺の心臓も肩も、胃もびっくりして跳ねた気がする。
うわ、近い。顔真っ赤だなあ。俺も多分似たような色なんだろうな。いつ見ても、トントンの真剣な顔は特別かっこいいな。
「…僕と、つ、付き合ってくだ、さい」
たどたどしいが、真剣な声。大好きなその声が、まっすぐなその気持ちを表す声が、俺に向けられるなんて。
「…お、おねがいしま、す」
あ、よろこんで…だったっけ。どっちでも良いんだったっけ。沸騰しそうな俺の思考回路では判別つかない。それでも尚、色んなことがぐるぐると頭の中、身体の中を回っている気がして、
「…ぅ、は、吐く…」
「…は?!?お、お前ッ…!」
咄嗟に口を覆い、蹲った俺をトントン超特急が医務室へ放り込み、光の速さで俺の前にゴミ箱を差し出した。どこまでも冷静な男である。
「はー…助かったわ。…うん、あの…」
「二回も俺に恥がかせやがって…」
「いや〜…。毎度毎度お手数お掛けします」
「…ま、今回のはシラフやし。ギリ許したる」
フン、とわざとらしく鼻を鳴らすトントンに、なんだか笑いが込み上げてくる。
「何笑ってんねん」
「んはは、睨まんといてや。俺ら、変な付き合い方やなって」
「…まあ、七割くらいお前のせいちゃうか」
「あ、や、それはほんまにすいません…」
ぎくりと肩を揺らして謝ると、トントンは声を上げて笑った。
「ま、確かに色々あったけど…これからもよろしくな」
「お、おう…改めて言われるとなんか照れるな」
「やめろや俺も言ってて思ったんに!」
二人、医務室で顔を合わせてはくすくすと笑う。胃薬を受け取り、名残惜しいがそれぞれ仕事に戻るため廊下で別れた。
なんだか、実感が湧かないなあと思いながらも口角が上がっているのは確かだ。ちょっと喫煙所で一息ついてから部屋へ帰ろう、と思いくるりと方向転換をする。今度は流石にコケなかった。
結局、喫煙所で鉢合わせたショッピに約束通り頭をはたかれ、ずるずると訓練場へ連れて行かれた。ショッピとのタイマンと言う名の訓練は過酷だったが、訓練後にショッピに、何か嬉しそうやけど良いことあったんか?と聞かれたので、俺はとびきりの笑顔で頷くだけだが、今表現できる最大の幸せ自慢をしてやった。
(おわり)
おまけの文章
すっかり気分が良くなって、ふわふわしたままちまちま酒を飲んでいると、ふと隣に誰かがやってきた。トイレに行くと言って出ていった大先生かなあ、とぼんやり考える、トイレくらい、大先生の部屋にある気がするけど…
「おかえりぃ〜。大先生ぇ、でっかくなったな〜」
「あほ、飲みすぎやぞちーの。お前の世話を押し付けられたトントンさんですぅ〜」
そこにいたのは日頃忙殺されている姿しか見かけないトントン。なんだかとても嬉しくなり、じんわり心があったかくなる。
「え〜?んふふ、とんとん?」
「ありがとうなトントン、今のおれにはお前を運ぶことはできひんわちーの〜」
「なんでなんすかぁ大先生え。泊めてってくれても良かったやないすかあ」
「だ〜れが好き好んで男部屋に泊めるんじゃ」
いかにも、酔っ払っています!みたいな口調でやんわり口論のような、いつものやり取りが繰り広げられる。大先生は酔ってもやっぱり大先生だなぁ、なんて呑気に思っていた。
会話が終わったことを察して、トントンはぽんぽんと俺の肩を叩き、立てるか?と聞いた。無理や〜、とでろでろに返事をすると、しゃーないなあと言わんばかりにため息をつかれる。
「じゃ、こいつ引きずってでも送ってくから」
「助かるわ〜とんち」
「んはは〜俺引きずられんのぉ?」
じゃあなー、と言ってトントンは俺はトントンの肩を借りるように半強制的に歩かされ、大先生の部屋を出る。
部屋を出てから少しは引きずられている感が拭えないものの、まだよろよろと歩けていたが、一歩躓いてしまえばずてっと床に座り込んでしまい、歩き方を忘れたように力が入らない。
「た、たてん…」
「何してんねん…もー…」
もー、なんてイメージと違う鳴き方されても困るなあ。とか変な方向に思考を飛ばせば何だかおかしくてしょうがなくて、つい笑い声がころころこぼれていく。
「こうなったら最終手段や。おぶってやるからはよ乗り」
背中を向けてしゃがむトントンに、躊躇せず力の入らない体をなんとか乗せていく。
「うし。じゃ、出発しま〜す」
こういう少しのおふざけでもツボに入ってしまうからアルコールってすごいと思わされる。
トントンは揺れが激しいと俺が吐くことを考慮してか、ゆったりとした動きで進み始めた。こんなに手を焼かせて悪いなあ、と思うと、今まで手を焼かせた記憶が走馬灯みたいに蘇り、浮かんでは消える。…俺、トントンに頼りっぱなしだしなあ。迷惑じゃないといいけどなあ。『迷惑』という言葉が浮かんで、なんだか泣きたくなってきた。実はもうほとんど愛想つかされていて、期待の『き』も背負わせてくれないのか──期待されることには弱いが、されるとされないでは大違いだと思うのだ──と思うと途端に寂しくなるし、手を煩わせたことを申し訳なく思う。
「とんとん…」
「どうした?」
「世話、ありがとう…迷惑かけてごめんなあ」
「…まあ、迷惑じゃないってのは否定できひんけど、別にええねんで」
楽しいし。とトントンは言うが、立場上迷惑はかけられる方が多そうだし、というか既に俺や一部の幹部はトントンに迷惑をかけまくっていると思う。
「でも、日頃おれ、とんとんに」
「そっから先は無しや。楽しい言うとるやろ?俺はお前らの、はた迷惑で破天荒なところは寧ろ安心すると思ってんで」
「あんしん?」
「変に遠慮してたり、自分押し殺してるよかよっぽど楽しそうやんか」
「ははは、それはそうかも」
トントンは楽しければそれで良いと言った。たしかに、遠慮とか、変に気を使われて仲間に対応されても、こちらもなんだかモヤモヤするし、きっと相手も快くはない。トントンはみんなが思い思いにできるのが好きなんだな、と思うとじーんと心が満たされるように暖まる心地になった。やらかしても、反省するまでしばき回すしな、という言葉には、気まずさか恐怖かなんだかで喉がつっかえて返事ができなかったが。
ふわふわした意識に、一定のテンポで揺らされ、たくさん笑った多幸感に加え正面から感じる服越しの人肌の温もり、背中の安心感。全てが今の自分には睡魔に変換される。だから、つい口元も、理性のタガもゆるっゆるになっているのだ。
「ありがと〜とんとん…んはは!やっぱとんとんのこと好きやわぁ」
「お、おう…今日はそういう酔い方なん」
「信じてへんなあ?おれ、ずっと好きやで?仲間想いなとことか、責任感強くてかっこいいところとかぁ」
「ん、ありがとうな〜」
「そういうんじゃないんやってぇ…」
酔っ払いだからなのか、あからさまに適当にいなされてムッとする。いじけようとすると、今度はトントンから言葉が掛けられた。
「『そういうの』じゃないって、どういうのなん?」
声色がやけに真剣で、でも歩みを止めないから眠くなって、意識も蕩けてきて、何が何だかあやふやになってきたのでつい反射のように言葉を並べる。
「そりゃあ〜…きす、とかはぐとかの関係でしょ」
「え、お前そういう意味で俺のこと好きやったん?」
「『やった』じゃないし〜!現在!進行形!」
トントンはそこちゃうやろ…とボヤきながらちょっとだけ頭を俯かせた。背中から見える耳は真っ赤で、トントンに似合う色だなあとぼんやり考えていた。
急にぴたりとトントンが止まったので驚いてわ、と声が漏れる。どうしたんだろうと思うとトントンはさっきより頭を俯かせて捻り出すように話し始めた。
「…あの〜、僕、も、おんなじような意味で、ちーののことが…す、好き……なんや、けど」
そうなんか、と思った。トントンが俺のこと好きで、俺もトントンのことが好き。それってめちゃくちゃ幸せやなあ、と思うとまた自然と笑顔になっていくのがわかる。へへ、と笑うと茶化すなやー、と緩いお叱りを受けた。
「それでー…あの、お付き合いとかなさる感じですかね」
「んふふ!敬語になってるやん」
とんとんが良いならなんでもいいや、と返すとほんまに変な酔い方してんな…と小さくボヤいたあと、付き合うということてお願いしますう、と返事が返ってきた。気がつくとトントンは首まで真っ赤である。
「えっと、ち、ちーのは何したい?」
俺こういうの初めてやからわからんねん!と弁明するように声を荒らげるトントンに急に抱きついてみたくなったので首元に腕をやんわりと絡めてぎゅっとしてみると、ごちんと頭がぶつかる音がした。頭突きしたみたいになったなあ、とトントンの様子を伺うと、文句を言うでもなく、真っ赤な顔からぐう…と変な声を漏らしている。
「ん〜…おれとんとんと一緒に寝たいなぁ」
言っておきながら、付き合って最初にやることがそれかあ、と思うと、ちょっと俺ららしくて良いかなあ、とか、トントンは嫌じゃないかなあ、とか、色々思うところはある。
「ん。じゃあ、俺の部屋運ぶで?」
「いっけえとんとん!全速前進だー!」
当然のように受け入れられ、なんなら若干ノリノリなトントンを見て、楽しくなって前方に指をさしながら言うと、さっきのタジタジしたトントンはどこへ行ったのか、楽しそうに返事をして進んでいく。
「ちーの、着替えれるか?」
呼び掛けられ、ゆっくり意識を起こそうとするが、まどろんだままだ。ちょっと時間をかけてベッドに座った。俺、寝てたんかなあ、とぼんやりした頭で部屋に運ばれた時のことを思い出そうとしても、あやふやでよくわからなかった。
「ん〜…とんとん…」
「無理そうやなぁ。じゃ、腕伸ばしててな」
言われるがままにして、ぼんやりしてるとシャツのボタンをプチプチと外されていく。床に見えるのは自分の寝巻き。わざわざ俺の部屋に取りに行ってくれたのかなあ、なんて。
「ほら、終わったで」
気がつくと、上下共に寝巻きを着ていて少しびっくりする。ありがとぉ、と蕩けた滑舌でなんとか伝えると、トントンは笑いながらほんまに眠そうやな、と頭をわしわしと撫でてくる。それすらも睡魔に変わり、いつのまにかベッドの上にいたトントンの方に身体を預ける。
眠るまで続くのだろうか。トントンの暖かく、大きな手が自分の体をぽんぽんと優しく叩く。それが赤子を寝かすようで、不本意ながらとても安心する。このまま眠れればどれほど幸せな夢が見られるのだろう、と思う反面、この大きな手に安心を与えられ続けるのも幸せだなあ、と落ちゆく意識の中で思うのだった。