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大阪出張1日目。
朝から取引先を回っていた山中柔太朗は、駅直結の大型ビルのエスカレーターを降りながら小さく息をついた。
「……疲れた」
慣れない土地。
詰め込まれたスケジュール。
しかも今日は朝から雨だった。
早くホテル帰りたい。
できれば、はやちゃんに会いたい。
そんなことを考えながらスマホを確認する。
『会議終わった?』
昨夜送られてきた佐野勇斗からのメッセージ。
勇斗も別件で出張中だった。
たしか、関西方面とは言っていたけれど、詳しい場所までは聞いていない。
柔太朗は歩きながら返信を打つ。
『今から次のとこ』
送信した瞬間だった。
「……柔太朗?」
聞き慣れた声。
え、と思って顔を上げる。
すると数メートル先で、スーツ姿の勇斗がこちらを見て固まっていた。
「……はやちゃん!?」
お互い完全に予想外だった。
勇斗は一瞬ぽかんとしたあと、思わず笑ってしまう。
「え、うそでしょ」
「なんでいるの!?」
「いや、それこっちの台詞なんだけど」
人の多いビジネスフロアの真ん中で、二人だけ空気が違った。
柔太朗は目を丸くしたまま勇斗へ近づく。
「大阪って言ってなかったじゃん」
「京都メインだったんだけど、今日だけこっち来てて」
「えぇ……」
こんな偶然ある?
勇斗はネクタイを少し緩めながら笑う。
「柔太朗、ちゃんと仕事してる?」
「してるし」
「なんか今、顔死んでるけど」
「うるさい……」
でも、急に疲れが軽くなった気がした。
知らない街で偶然恋人に会えるなんて、ドラマみたいだ。
勇斗は周囲をちらっと確認してから、小さな声で言う。
「ちょっとだけ時間ある?」
「次まで15分くらい」
「十分」
そう言って勇斗は自然に柔太朗の手首を軽く引いた。
連れて行かれたのは、ビルの隅にある小さなカフェスペース。
人も少なくて、少し静かだった。
「はい」
勇斗が買ってきたカフェラテを差し出す。
「……ありがと」
「顔色悪いから糖分補給」
柔太朗は受け取りながら、小さく息を吐く。
温かい。
それ以上に、勇斗が近くにいることが安心する。
勇斗は向かいに座ると、柔太朗を見ながら目を細めた。
「なんか変な感じ」
「なにが」
「仕事中に会うの」
確かにそうだった。
いつも家で見る姿と違う。
スーツ姿で、仕事モードの勇斗。
それなのに、柔らかく笑う顔はいつもの“はやちゃん”のままで。
柔太朗は少し照れくさくなって視線を逸らした。
「……でもちょっと嬉しい」
小さく呟く。
すると勇斗がふっと笑った。
「俺も」
その声が優しくて、胸がじんわり熱くなる。
勇斗はテーブル越しにそっと柔太朗の指先へ触れた。
「あと半日?」
「うん」
「頑張れそう?」
柔太朗は少し考えてから、小さく頷く。
「……はやちゃん見れたから、たぶん」
勇斗は吹き出した。
「なにそれ」
「ほんとのことだし」
珍しく素直な言葉。
勇斗は嬉しそうに目を細める。
「じゃあ俺も頑張れる」
ほんの10分くらいの休憩。
それだけなのに、不思議なくらい元気が戻ってくる。
別れ際、勇斗は立ち上がりながら小さく言った。
「夜電話しよ」
「うん」
「寂しくなったら連絡して」
「子供じゃないし」
「はいはい」
そう笑いながら、勇斗は柔太朗の頭を一瞬だけ軽く撫でた。
仕事中だから、本当に一瞬だけ。
でも柔太朗の耳はすぐ赤くなる。
「……外でそういうのやめて」
「誰も見てないって」
「そういう問題じゃない!」
顔を赤くする柔太朗を見て、勇斗は楽しそうに笑った。
そして最後に、いつもの優しい声で言う。
「行ってらっしゃい、柔太朗」
その一言だけで、午後も頑張れそうだった。
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コメント
4件
お二人とも、とても嬉しそうで可愛かったです✨🥺 毎回luvさんの作品を見て癒されております、、

なんかもう最高です いつもありがとうございます!!