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【北村視点】
「そーいや、去年のこと覚えてます?」
六月のある日の 昼休みのことだった。
「去年がなんやねん。」
長谷川先生は仕事の手を止めて
山本に言った。
「中野くんのことですよ。」
山本がそう言った瞬間、
職員室は静まり返った。
(中野くん……ね…。)
中野くんとは、中野歩美の兄。
見た目は 中野さんに似ており、
美しい綺麗な顔立ちだった。
しかし性格は全く似ておらず、
毎日毎日、
「人を殴った」だとか
「虐めをしていた」とか
そういう報告が絶えなかった。
去年彼は人を殺した
……らしい
本当かどうかなんて、分からない。
「中野さんに聞きたいなぁって。 」
「それはやめとけ。」
俺がやっと口を開くと、
一斉にみんなこっちを見た。
「聞かれても困るやろ。」
その時、コンコンコンという
音が響いた。
「失礼します、一年一組の中野歩美です。
数学のワークを……えっと……
なんでしょう?」
みんな中野さんの方を見ていたから、
戸惑うのは仕方がない。
「あーワークありがとね。」
静まり返った職員室の中に
無理やり入れられた中野さんは
凄く戸惑っていた。
「えーと。えーと。」
山本はキョロキョロし、
まるで聞いてもいいか
確認するように
俺の方を見た。
俺はため息をついてうなづいた。
「中野さん、お兄さんのこと……
聞いてもいいかな?」
「お兄ちゃんは、そんなことを
するような人じゃないですよ?」
もちろんそういうと思った。
中野さんは知らなくて当然だ。
でも、人殺しのことは、
なんでもずばずば言う山本でも
聞かなかった。
「……ただ……………
いや、なんでもないです。」
中野さんはそう言って、
唇を少し噛んだ。
俺と山本と長谷川先生は
顔を合わせてから
また中野さんを見た。
ただ何も聞かないのが
正しいと思った。
だから誰も口を開かなかった。
「あーお義兄様?」
中野さんのことには
とても詳しい植田さんに聞いた。
何故お兄様と呼んでいるのかは知らない。
「私が知ってるのは、
お義兄様はもう家を出てること…くらいです。 」
「高一やのに?」
「はい。縁を切ったって。」
俺は何も言えずお礼だけ伝えて
そこから去った。
《うぜーんだよ!ほっとけよ!!》
俺は中野くんとちゃんと話したことなんて
全くなかった。
「久しぶりじゃなぁ、樹さん。」
「え、海!?」
そんなある日、育児休暇をとっている
先生の代わりに海が来た。
「なんで、北村先生が仲村のことを?」
「ん、なんや?」
山本と長谷川先生は不思議そうにしていた。
その時、海が誰かとぶつかった。
「うがっ、すみません……」
中野さんだった。
「………あれぇ?歩美ちゃん?」
「え?」
「ゑ?」
「ヱ?」
「あっ、海さん?!」
ふたりが知り合っているなんて
三人とも思わなかったし、
知り合い以上の関係に見えるのは、
俺だけじゃないはずだ。
「あの、最近お家に
お伺いできてませんけど……」
(家に?)
「家に!?!?」
俺よりも驚いていたのは山本だった。
「俺さえ……家に入れてくれたこと……
ない……のに……………。 」
天然な二人はキョトンとした後、
また話した。
「愛唯も忙しいこと
分かっとるやろから。」
「姪?いたの?」
海は少し考えたあと、
あっとなって言った。
「姪じゃなくて、妹じゃ。
愛唯って名前じゃけぇ、
ややこしかった?」
二人の関係は分からなかった。
でも、ずっと嫉妬していた。
「またお伺いしますね!!」
「俺も行く。」
そう言うと、山本はハッとしていた。
長谷川先生は驚いていた。
中野さんはキョトンとしていた。
海は、笑顔で
「じゃあ歩美ちゃん、
家まで案内してもらえる?」
「おれも!!!!!
行きますからね!!」
「私も行くわ、不安やし。」
中野さんも受け入れてくれると、
思っていた。
「……でも…」
中野さんは下を向いていた。
「よしよし。」
海が中野さんの頭を撫でた。
「大丈夫やけぇ」
その関西弁と広島弁の
混ざった暖かく優しい声、
中野さんの頬が、耳が、赤いこと、
中野さんの頭の上に乗っている手。
全部、嫌で嫌で仕方なかった。