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左右関係なしに読めるかと思われます。
以前、美しい情景描写に沿って恋愛感情を描きたいと書いたのですが、それをなんとか形にしたものです。
あまり上手に書けませんでしたが、それでもいい方はどうぞ。
kyngの独白。
人々は彼をよく分からない人と評する。
記憶喪失であることが起因しているのか、はたまた儚げな外見が要因か、もしくはその両方か。
俺からしても彼の事はよく分からない。
よく深淵が覗いている時、深淵もまたこちらを覗いているとかいうが、そんな風に見える。
彼の場合、物理的にそうなのだけれども。
彼から受ける印象を思い表そうとすれば、夜の海辺を一人歩いている情景が浮かんだ。
「……そんなに気になる?」
「え?」
「こっちの目」
以前、変身状態の彼を無意識のうちに見つめてしまっていたことがあった。
「気になるなら近くで見てみれば?」
彼がそう言うからドアの小窓を覗くように片手をあてがってその目の奥にある宇宙を見たことがある。
空間の法則を破る異空間。
鼻腔には爽やかでほんのり甘い柔軟剤の香り。
一瞬、そのチグハグな情報に酔いそうになった。
額に添えている手には彼の体温が伝った。
眼前には恐ろしい程に広大な虚空が広がっている。
真っ暗闇の中に浮かぶ星の数々を確かに見た。
「どう?綺麗?」
「……よく分かんねぇ」
「えー、そこはお世辞でも褒めるとこでしょ」
夜。
彼の告白を受けた日から何百回目かの夜だった。
彼に膝枕してもらって端正な顔を見上げる。彼もまた、俺を静かに見下していた。
「……顔になんか付いてる?」
「いや……見てるだけ」
「なんだそりゃ」
会話もなく、ただそれだけでは彼は暇らしい。俺の額をそっと撫でつける。しばらくすると俺の髪を指先で弄りはじめた。
大人びた麗しい顔。長い睫毛は瞬きする度に蝶の羽ばたきの様に揺れる。
細くて柔らかい質感の長い髪。それを肩にかけようとして彼が片手を上げたから思わず手を伸ばして止めた。
「なに?」
「そのままにして」
「邪魔じゃない?」
「うん」
「顔にかかって擽ったくない?」
「平気」
そう答えれば不思議、というように彼が小首を傾げたから付け加えるように言う。
「好きなんだ。お前の長い髪」
「……へ?」
「透かしのカーテンから夜空見ているみたいで」
言い終わらない内に彼のこめかみ辺りに指をなぞらせ指先でそっと髪を梳く。
ひらり揺れる夜色のカーテン。彼はほんのり頬を赤らめた。
「……お前、それ……狙ってないのマジか」
「ん?」
「いや…いいや」
何か言おうとして諦めたらしい。
会話はなくともこうして彼の顔や髪を眺めて触れるのが好きだ。
彼の近くに居るのが分かるから。
彼の中に見た星を見ているようで落ち着くから。
彼は案外人間くさい性分で、子どもじみた話題でケタケタ笑う幼さのある人で、わりかし表情変化が多くて、今みたいに照れたりする人だ。
確かに人々がいうようによく分からない人だと思う。
でも、そういうところにも惹かれてしまった。
時折、ふと考える。
彼の中にあった宇宙と夜の海はよく似ている。
冷たく澄んでいて静かで不安だけれど何処か落ち着く。
宇宙に魅入られた彼は記憶を奪われた。
彼が一人、夜の海辺で歩いているのだとしたら。
彼が波にのまれる前に俺がさざ波の音に紛れて攫うだろう。