「でも俺ここで、陽さんの匂いを嗅ぐという変なことをしたのに、嫌いになったりしないの?」
自分に自信がないことがベースになっているせいで、わざわざ嫌われるであろう先ほどの行為を、宮本は気落ちしながら口走った。
「まぁ普通はドン引きするだろうけど、好きな男の匂いを嗅ぐくらい、他人には害を与えないわけだし、別にいいんじゃねぇの?」
橋本の意外な返事に、肩透かしを食らわされた気分の宮本は、いろんな感情がないまぜになって、鼻の奥がつんとして泣きそうになった。
「恭介に片想いしていたはずなのに、おまえと友達になってからは、笑ったりときには怒ったりして、俺の心は散々振り回された挙句に、乱されっぱなしだった」
「俺としては、振り回した覚えはないですよ」
弱々しく事実を告げた宮本に、橋本は困った顔で首を横に振った。
「さっき俺の匂いを嗅いでいたことと同じく、予想がつかない行動するだろ。そのせいで、目が離せなくなった」
「はあ?」
「あまりにも近すぎて、雅輝の良さがさっぱりわからなかったんだけどさ」
「そんなに近かったですか?」
「こうして至近距離で顔を突き合わせたら、相手の顔がぼやけるだろ? この感じ」
宮本でもわかるように顔を近づけた橋本のアップは、思いっきりぼやけていて、本人の判別がつかなかった。
「なるほど。こんな感じで、よくわからない状態だったんですね」
何度も目を瞬かせた宮本に、橋本は口角の端をあげたまま、ちゅっと触れるだけのキスをした。
「ひっ!」
「これくらいで驚くなよ。何度もしてるっていうのに」
「だけどっ! だけど好きな人からのキスは、嬉しさ半分とドキドキが半分で、心臓にすごく悪いんです」
(しかも今の陽さんは、バスタオル1枚という格好でいるのに――逆光で躰のラインが、すっごく色っぽく見えてるんだぞ。こんなふうに近寄られるだけでも、刺激が強いったらありゃしない)
喚くように告げられた言葉を聞き、橋本は顎を引きながら宮本から離れた。
「……おまえを意識するようになってから、いきなり投げつけられる直球に、俺が困ってることなんて知らないだろ」
「直球?」
ふいっと横を向いて、口元を押さえる橋本を見ながら、宮本は首を傾げてしまった。
「直球というか剛速球。なにかにつけて、好き好き言いすぎなんだよ」
照れの入った橋本のセリフに、宮本はちょっと待てよと我に返った。
好きな人に、自分の気持ちを伝えるのは当たり前のことで、それを前回の恋愛のときにも発言していた。宮本の言葉を聞いた江藤は「そうか」と告げるなり、顔を背ける冷たい態度をとった。
そのせいで相手の気持ちがますますわからなくなり、求める行動を人前でやらかして、そのことが別れる原因になった。
数年後、江藤と一緒に飲んだ際に当時を振り返り、冷たい態度をとっていたのは照れていたからだとわかって、互いに青臭い恋愛をしていたなと、笑い合った経緯がある。
それを踏まえなきゃならないと、宮本は意を決して口を開いた。
「好きって、言わないほうがいいでしょうか?」
顔を背けるという江藤と同じ行動をしている橋本に、恐るおそる訊ねた。すると口元を手で覆ったまま、横目で宮本を見るなり、ポツリと呟く。
「好き好き言われ慣れていないだけだ。そのうち慣れるんじゃねぇの」
「陽さん……大好き」
「ぉ、おう」
「好きです」
自分の気持ちを汲んでくれた照れる橋本が、もっともっと好きになった。しかもあまりの可愛さに、身悶えそうになる。
「雅輝に好きを連呼されても、いきなり慣れないからな。それよりもだ」
橋本はちょっとだけ頭を振ってから、宮本にきちんと顔を突き合わせた。
「雅輝、少しでもいいから自覚してくれ」
「何をですか?」
「自分がいい男だってことをだよ」
苛立った感じで口を開いた橋本に、きょとんとするしかない。
「何を言い出すかと思ったら。陽さんってば、そんなに俺が好きなんですか?」
宮本が隠しきれないニヤニヤを頬に表すと、容赦なく頭にげんこつが飛んできた。
「調子に乗るな、このクソガキ!」
「痛い~。本気で殴りましたね?」
「当たり前だろ。俺が心配して言ってるのに、ふざけた態度をしやがって」
痛んだ頭を片手で撫でていたら、橋本の手によって顎を持ち上げられる。間近で射竦めるように見つめられて、ドキドキが加速していった。
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