「恭介から鞍替えさせるくらいに、おまえは魅力的なんだぞ」
橋本のバリトンボイスが信じられないことを告げたせいで、フル加速していた宮本の心臓が通常モードになった。
「そんなことを言われても、よくわかりません」
自分の良さなんて全然わからないと、宮本が困り顔を決め込んだとき、不意に江藤の言葉が頭の中でリフレインする。
『他人から見るおまえは思っている以上に、すっごくいい男なんだぞ』
宮本に向かって堂々と告げた江藤の顔が、目の前にいる橋本となぜだかダブって見えた。
「雅輝はよく自分のことをモブキャラレベルって言ってるけど、見た目じゃなくて、人の良さが滲み出てるんだ」
「そうなんですか……」
「さっき駐車場で逢った男は、雅輝の持つその良さを汚してやろうと襲ってきたんだし、俺に電話をかけてきたヤツにも、ちゃっかり目をつけられただろ。頼むから、そこのところを自覚して、少しは注意してくれ」
窘めるような橋本の口調が、切なさを含む掠れた声になった。厳しかった表情が次第に和らいでいき、宮本の躰に縋りつく感じで抱きつく。
「おまえが襲われたのを見て、心臓が押し潰されそうになった」
掠れながらも震える声は、橋本の心情を表すように宮本が耳に響いた。
「勝手なことして、本当にごめんなさい……」
「俺こそ、すぐに助けられなくて済まなかった。証拠が必要だからって雅輝を囮にするとか、馬鹿なマネをした。咄嗟の判断とはいえ最低だ」
落ち込む橋本を何とかしようと、宮本は両腕を伸ばして抱しめ返してみる。はじめて直に触れる素肌にムラムラしそうになったけど、それどころじゃない。
「陽さんがすぐに助けてくれたから、俺は大丈夫です」
「でも首んとこに、ちょっとだけ内出血の痕が」
「そんなの、痛くも痒くもないから大丈夫ですって」
橋本の背中をぽんぽん叩きながら、弾んだ声をわざと出して、平気なことをアピールした。
「雅輝、お詫びにさ……」
「お詫びなんて、そんなの必要ないですよぉ」
「俺をやる――」
短い言葉なのに、その内容はあまりにも衝撃的かつ刺激的なだけじゃなく、重たいものでもあり、橋本を宥めるために背中を叩いていた宮本の手が、ぴたりと止まった。
頭の中は、めくるめくアレな世界が展開されてしまって、躰が自動的にヒートアップする。
「よよよ陽しゃんってば、いきなり何を言ってるんれすかっ。らめれすよ、そんなふぅに自分を安売りしちゃ!」
「おまえだって、人のこと言えないだろ。俺に告ったとき、抱かれてもいいって口走ったじゃないか」
「だからって、俺の真似をしないでくださいよ」
(お互い抱き合って、すっごくいい雰囲気になってるのに、どうしてこんなくだらない言い合いをしなきゃならないんだか……)
「真似するつもりはなかった。ただ、どうやったら雅輝を俺に縛りつけることができるかを、考えた結果だったんだけどさ」
「そんなことをしなくたって、俺は陽さんが――」
「おまえの気持ちを、疑ってるとかじゃない。俺が不安なだけなんだ。想いは見えないものだから、いつかは捨てられるかもしれないっていう不安や、誰かに捕られるんじゃないかっていう、見えない未来が怖くて堪らない」
「陽さん……」
「雅輝が好きだ。失ったら困るくらいに好きだ。頼むから、俺だけを見ていてくれ」
橋本は熱のこもった声で伝えたあと、宮本が着ているジャージのチャックを下ろしていく。
「おまえと早くひとつになりたい。いいだろ?」
緊張で力が入りまくっている宮本の腕を、橋本は身動ぎして強引に外し、手際よくジャージの上を脱がした。
「陽さん、ちょっと待って。心の準備がっ!」
「俺、明日も仕事。おまえは?」
「同じく仕事ですけど……」
キョどりながら何とか伝えた宮本を見て、橋本は目じりに皺が寄るような、満面の笑みを浮かべる。
「だったら時間がないだろ。一緒にいられる時間は限られてるんだから、とっととはじめるぞ」
語尾の『ぞ』の後ろにハートマークを思わせる、甘い感じで告げられたせいで、宮本は抵抗する二の句を削がれてしまった。
「雅輝、俺が欲しくないのか?」
「ほほほ、ほっ欲しい、です。でも……」
「でも、どうした?」
自分が抱かれる側になるという覚悟をしていたのに、その立場がくるりと逆転するなんて、宮本としては思ってもいなかった。
逆に橋本を抱く勇気が必要となってしまったせいで、妙な緊張感が躰を支配して困り果てる。
「俺が陽さんを抱くなんて、何だか畏れおおいというか、勢い余って後悔させることをしてしまったらどうしようとか、いろいろ考えてしまって、むぅ」