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第三話 : 『 KINGは溺れるか 』
✽✽✽
(……クソッ……)
情けないほどに、身体が勝手に震える。
切原の指先が肌に触れるたび、喉の奥から逃げるような声が漏れる。
それが悔しくて、必死に歯を食いしばる。
「まだ反抗するんすか? 跡部さん、根性あるっすね」
挑発的な声。笑ってる。
小悪魔みたいなその顔が、今はやけに遠く見えた。
(違う……こんなの、俺じゃねぇ……)
本当なら、こんな悪魔に屈するわけがない。
プライドだけは、どんな状況でも手放さないつもりだった。
――なのに。
「……ッ、離せ……!」
言葉が震える。睨みつけようとしても、視線が揺れて定まらない。
逃げようとしても、切原の手で引き戻される。
わかってる。
今、自分がどれだけみっともない顔してるか。
どれだけ切原に“見抜かれてる”か――
「ダメっすよ。今さら逃がしてあげるわけないじゃないっすか」
そう囁かれて、首筋を噛まれた瞬間、思考が飛びそうになる。
背筋を這う快感。
痛みと甘さの混じった刺激に、身体がまたビクリと跳ねた。
「……ぁ…ッ、やめ……ろ…!」
かろうじて声に出せたはずなのに、言い終える前に吐息が濁る。
どうして……どうして、こんなにも――
切原の指を、声を、熱を、求めてしまうんだ。
「ほんと素直じゃないっすね。…でも、そういうとこも好きっすよ」
耳元で囁かれた瞬間、心臓が跳ねる。
(ああ……クソ……なんで…)
理性はまだ、抗っている。
だが、それを裏切るように、身体が――
この俺の、誇り高かった身体が、確かに“赤也”を求めてしまっていた。
逃げたくて。抗いたくて。
でも――本当は、一番“ここ”に居たくて。
苦しい。悔しい。
なのに、どうしようもなく、心地いい。
「跡部さん。もっと、俺に頼っていいんすよ?」
その声に、つい――ほんの一瞬だけ、心が縋りついた。
そうした自分が、許せない。
だけど、もう止まれなかった。
俺は今、確かに切原赤也という“檻”の中で、確実に、快楽と屈服に沈みはじめている。
✽✽✽
(……もう、抗う理由が……わからねぇ)
ただの、“敗北”とは違う。
これは、理性が跪く音だった。
何度、振りほどこうとしても無駄だった。
身体はとうに、切原の熱に馴染んでしまっていた。
触れられるたび、指先ひとつで、どこがどう反応するかさえ読まれている。まるで、すべてが暴かれているようだった。
「跡部さん……もういいでしょ? 強がらなくて」
その言葉が、甘く、優しく聞こえてしまう自分が、悔しい。
けれど、それ以上に――その言葉に、ほっとしている自分がいた。
(ああ……そうか)
認めたくなかった。
でももう、嘘はつけない。
俺は切原に、すべて見抜かれてしまっている。
誇りも、欲望も、快感も――
全部、見透かされて、好き勝手に暴かれて、壊されて支配されて。
それでも、嫌じゃなかった。
むしろ、その手に触れていてほしかった。
誰にも許したことのない部分を、この悪魔みたいな男にだけは、許してしまっている。
「、……赤也……」
喉の奥から、名前が零れた。
思わず、出てだった。呼ぶつもりなんて、なかった。でも、口が勝手に動いてしまった。身体が、彼を求めている。
その瞬間、切原の目が、獣のように細められた。
「やっと、ちゃんと名前呼んでくれたっすね」
嬉しそうに笑う声が、やけに温かくて――
俺の中の最後の砦が、音もなく崩れていった。
「……もう……、好きにしろよ」
そう言った俺の声は、かつての“KING”のものではなかった。
屈服なんて言葉じゃ、生ぬるい。
これはまさしく、“投降”だった。
切原の腕の中で、俺は初めて、誰かに身を預けることを覚えた。
逃げられない、抗えないじゃなく、
逃げない。抗わない。
ただこの快楽に、全てを委ねて――
KINGは今、ようやく“落ちた”。