ごきげんよう、マリア=フロウベルです。先日行われた東部閥に所属する貴族達傘下の領邦軍による帝都貧民街虐殺の爪痕は深く刻まれたままです。犠牲者は一千を越え、負傷者となればそれ以上。
それでいて政府は帝都の治安が回復したと、復興支援を初めとしたあらゆる援助を行わない方針を打ち出す始末。高官達は、貧民街に住まう人々など害虫に等しいと公言して憚らない。
人の命をなんだと思ってるの!?確かに犯罪者の巣窟としての側面はあるし、実際に治安もよくない。
だけど、大半の人々は今を居きるために必死なだけ。彼等にてを差しのべて、彼等を食い物にする犯罪者達を取り締まる。それが最良の道だとなぜ分からないの!?
こんな大虐殺を行えば、荒廃した貧民街の治安が更に悪化するのは目に見えているのにっ!目先の事だけを考えた短絡的な考えに吐き気がする!
「そいつらには、お姉ちゃんの方が短絡的に見えるんだろうねぇ」
瓦礫に腰かけてリンゴを齧りながら聖奈が話し掛けてきた。
「ふんっ、どうせあんな連中とは相容れないわよ。聖奈、私の言ってることは間違ってるかしら?」
「んー、正しいかどうかなんて正直どーでも良いかな。お姉ちゃんがしたいようにすれば良いじゃん。手伝うし」
「貴女も相変わらずねぇ」
聖奈は他者に関して非常に無関心だ。存在そのものを意識の外に置いてるような感じ。ただ、身内はちゃんと認識しているし、慕われているのも感じる。辛い過去があったのでしょうね。私の妹として、少しでもこの娘の心が救われるのを願ってやまないわ。
さて、政府に救うつもりが無いなら私が動くのは自明の理。パーティーまで余裕はあるし、帝都は聖光教会のお膝元。
遠方だとか言う理由でシェルドハーフェンでの援助をさんざん渋ってきた教皇達の尻を蹴り上げて、聖光教会以上に渋るお父様を何とか口説き落としてそれなりの支援物資を準備できた。
それとチェルシーが頑張ってくれて、マルテラ商会帝都支店の力を借りられたのは大きい。蒼光騎士団や私に賛同してくれる教団員達を総動員して炊き出しと負傷者の手当てを開始した。
ゼピス達も周辺から薬効のある植物を手に入れてくれているし、マルテラ商会の支援もあって医薬品には困らない。重傷者は私が魔法で治療するけど、私個人の負担はシェルドハーフェンより遥かに少ない。
マルテラ商会もシェルドハーフェンへ進出できないかしら?今度チェルシーと相談しましょう。
出だしは順調、救護所などの設営も問題なく出来た。治安が悪いとは聞いていたけれど、シェルドハーフェンでは日常茶飯事な悪党による介入も起きていない。何故?
そう思っていると、入団前は帝都の裏社会に居た騎士団員が教えてくれました。
「御懸念の件ですが、どうやらフィクサーが動いているとの風聞がございます」
フィクサー、帝都の裏社会を牛耳る謎の多い人物。噂は聞いたことがあるけれど、私達の活動に手を出さないようにしてくれたの?
「群雄割拠のシェルドハーフェンと違い、帝都の裏社会ではフィクサーの意向が絶対なのです。逆らえるのは余程の馬鹿か道理を知らない新参くらいでしょう」
「それと聞くと、裏社会でも絶対者の必要性を痛感するわね」
シェルドハーフェンはまさに群雄割拠。私が活動している十五番街は統治者だった血塗られた戦旗が暁との抗争で壊滅。絶対者を失って治安は最悪レベルになってる。蒼光騎士団を治安維持だけに投入しなきゃいけないくらいに治安は最悪だ。
……シャーリィが私へ十五番街を引き渡す前に小細工をしてくれたお陰で民意も最悪と来た。絶対に仕返ししてあげるっ!
けれど、まさか絶対者の存在の必要性を帝都の裏社会で実感することになるとは思わなかったわね。
「むしろシェルドハーフェンを諦めたら?帝都から改善していけば良いじゃん」
「そうはいかないのよ、聖奈」
帝都は利権やらが複雑に絡み合ってる。貧民街だって正確には帝室の領域で、今は良いけど後々口を挟んでくるのが目に見えているわ。ただ口を挟むなら良いけれど、支援物資を摘発なんてされたら堪ったものじゃないわ。
貧民街の皆さんには悪いけれど、この活動は私が帝都に居る間だけになるでしょうね。一応聖光教会にも継続的な支援を要請しているけれど、教皇達が実行するとは思えない。今だって、支援物資の供出に文句を言ってるらしいし。うんざりだわ。
「お姉ちゃんって、損な性格してるよねぇ」
「自覚はあるわ。けれど、止めるつもりはない」
やり様はあるでしょうね。例えば教会内で確固たる地位を築いたり、大貴族に嫁いだりすれば権限が増して出来ることが増える。
ただし、今以上に不自由な立場になることは間違いないわね。それでは何の意味もないし、権限のために動く暇があるなら一人でも救いたいのが本音よ。さて、頑張らないと。
だが、彼女の活動を快く思わない人間も居る。マンダイン公爵家の屋敷。帝都にある別荘でありながら税の限りを尽くした内装が施され、高級な調度品が並ぶ一室にてマンダイン公爵家の父娘が言葉を交わしていた。
「お父様、貧民街で聖女が弱者救済活動を行っていますわ」
「ふんっ、物好きなものだ。捨て置いて構うまい」
興味無さげに吐き捨てる父を見て、フェルーシアは目を細め口許を扇で隠す。
「そうは参りませんわ。これは、我が公爵家の不利益となります」
「なに?どう言うことだ?」
愛娘の言葉に、マンダイン公爵は驚きながら関心を向ける。
「貧民街のごみ掃除は我が東部閥が主導しましたが、下民とは卑しく愚かなものですわ。施しの手を差しのべる聖女に絆されて、私達が治安を回復させてあげた恩義を忘れてしまうでしょうね」
「なんだと!?」
「貧民街の下民達が聖女に感謝するようになってしまえば、私達の功績を横取りされる形となってしまうかもしれませんわね?」
「ふざけるな!我々が治安を回復させてやったのだぞ!確かに下民が幾らか巻き添えになったようだが、取るに足らん些事ではないか!」
「お父様、先ほども申し上げたではありませんか。下民とは卑しく愚かな存在だと。私達の大義より、目先の聖女に感謝の念を抱くのは無理もありませんわね。弱者に手を差しのべる聖女!嗚呼、なんと甘美な響きでしょう。誰もが聖女を称えるでしょう。そして、下手をすれば私達は悪者にされてしまいますわ。聡明なお父様ならば、お分かり頂けますわね?」
「冗談ではない!こうしてはおれん!フロウベル侯爵を呼び出せ!今すぐにだ!」
荒々しく部屋を飛び出して叫ぶ父を見て、フェルーシアは笑みを深めるのだった。
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