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マリアの弱者救済活動は妨害されることもなくシェルドハーフェンでの活動に比べれば、信じられないほど順調に行われていた。
聖光教会や実家から半ば強引に支援物資を供出させて物資に不安はなく、更に貧民街を束ねるフィクサーのお墨付きもあって妨害するような勢力が存在しないと言うのも大きな要因である。この活動により貧民街の住民達は領邦軍による攻撃から立ち直りつつあった。
溢れんばかりの怪我人達には出来る限りの治療を施し、食料や衣服などを配布した。感銘を受けた住民の手伝いもあり、支援の手は広範囲に広がりつつあった。
マリアはそれを肌で感じながら、或いは帝都の人々を救える日が来るのではと自信を持ち始めた。
だが、その活動を好ましく思わない勢力が存在した。貧民街での大虐殺を引き起こした東部閥を率いる大貴族、マンダイン公爵家である。自分達の活動によって帝都の治安を回復させたと自負している彼等は、自らの功績が聖女マリアに奪われるのではないかと危惧したのである。
最も、それは表の理由であった。事実としてはマンダイン公爵家のフェルーシア公爵令嬢がマリアの活動を好ましく思わず、父のマンダイン公爵を動かしただけに過ぎない。愛娘を溺愛するマンダイン公爵は直ぐに傘下の貴族達にこの問題の速やかな解決を厳命。
そしてその命令を聞いたパウルス男爵は、先の失態を挽回する好機のひとつとして捉えた。と言うよりは。
「お父様が苦心されて成し遂げた治安回復の手柄を聖光教会に奪われようとしています。こんなにも理不尽なことが他にありましょうか?」
「しっ、しかしお嬢様!流石に聖女に手を出すのはっ!」
「確かに問題となりますわ。しかし、彼女に踊らされる下民達が居る限り功績は全て聖光教会のもの。聡明なるパウルス男爵様ならば、ご理解いただけますわね?」
「は……はっ!」
フェルーシアが唆したのである。パウルス男爵は先の失態で立場が危うい準男爵、騎士爵数人へと声をかけて事態の解決に乗り出した。
もちろん、彼等に対して公爵家からの正式な命令は下っていない。公爵は激怒して命令したがそれは事態を解決するように指示したのみ。その内容までは言及していないし、書面すら存在しない。
つまり、彼等は公爵の意を取り違えて先走った。どう転んでも公的にはその様に処理されることとなる。
そうとは知らぬパウルス男爵は直ぐ様領邦軍を動員した。だがその動きは同じく郊外の駐屯地に滞在する暁の部隊、リナ達猟兵によって察知されることとなる。
マクベスからの急報を得たシャーリィは。
「お姉様、貧民街がまた騒がしくなるかもしれません」
「それは恐ろしいわね。呼び寄せた警備を使って守りを固めないと不安だわ」
愉しげに笑みを浮かべるカナリアの意を汲んだシャーリィは、直ぐ様応援である百名に出撃を下命。屋敷周辺の守りを固めさせた。
その日の正午、再び貧民街を悲劇が襲った。
「いったい何の騒ぎ!?」
「分かりません!しかし、あちらこちらで火の手が上がり銃声や悲鳴が響いています!」
「っ!ラインハルト!蒼光騎士団出動!治安維持を最優先!教団員の皆は怪我人の手当てを!」
「仰せのままに、聖女様」
「分かりました!」
この騒ぎに対して真っ先に行動を開始したのはマリアである。彼女はすぐさま原因の解決を含めた事態の収拾に乗り出した。
そして直ぐに原因が判明した。
「領邦軍が火を付けて廻っているですって!?」
「はっ、貧民街は市街地と違い老朽化の進んだ木造家屋ばかりです。更に本日は風が強く、その為火の手が勢いを増しております。既に貧民街の一割程度にまで燃え広がっているかと」
ラインハルトの報告を受けたマリアは青ざめた。よりによって再び領邦軍が攻撃を仕掛けてきたのだ。
「どうして!?東部閥にはお父様を通じて抗議した筈!それに私の活動は聖光教会の活動でもあるのよ!?」
「動いているのは、パウルス男爵及び騎士爵がいくつか。人数としては二百に満たないかと。しかしながら完全武装をしており、民では太刀打ちできません」
「何と言うことっ!」
領邦軍であり更に身分を示す旗を掲げている以上、手を出せば貴族に敵対することを意味する。そんなことを平然と出来るのは、帝国広しと言えどある少女ただ一人である。
更に駆け込んできた騎士団員の言葉がマリアを混乱させた。
「パウルス男爵の領邦軍が貴族街周辺でレンゲン公爵家の領邦軍と衝突!交戦状態に入りました!」
「はぁああっ!?何を考えているの!?大貴族同士の戦争でも始めるつもり!?」
貧民街の騒ぎに乗じてカナリアの首を取る。それがパウルス男爵の取った行動であり、通常ならば上手く成し遂げられた可能性もあった。
何故ならば、レンゲン公爵家は僅かな護衛のみを引き連れており、完全武装の領邦軍を相手に抗う術を持ち合わせない筈だからである。
前回はエルフの介入で目的を果たせなかったが、今度こそはと男爵等も必死である。結果、貧民街に火を放ち貴族街で戦闘に及ぶと言う凶行に出たのだ。
成果さえ出してしまえば、後はマンダイン公爵家の力で有耶無耶に出来る。
だが、その目論みは脆くも崩れ去ることになる。
「ラインハルト!全責任は私が取るわ!火を付けて廻る領邦軍を取り押さえなさい!抵抗するならば、実力行使も許可するわ!」
「全ては聖女様の御為に」
「聖奈!……お願い」
「任せてよ、お姉ちゃん。荒事は得意だからさ」
無茶苦茶なことをする領邦軍を排除するとマリアが判断して、私兵たる蒼光騎士団と|転生者《チート持ち》の妹を解き放ったこと。そして。
「相手がおバカさんで助かりました。これだけの騒ぎを起こしたんです。首尾よくお姉様を排除できたとしても責任を取らされるのは明白でしょうに」
「それだけ追い詰められていると言うことでしょう。お姉さま、ご指示を。皆が待っていますよ」
「では簡潔に。あれは敵です。私の、私達の大切なものを奪おうとする敵です。敵ならば排除するのは当たり前のこと。後始末の事ー気にする必要はありません」
レイミ、エーリカ、そして百名のレンゲン公爵家領邦軍の制服を纏った暁戦闘部隊を率いて、少女は腰に下げた勇者の剣を手に取る。
「さあ、皆さん。お仕事の時間です。速やかに処理して、美味しい夕食を食べましょう」
近代装備を有する暁が、牙を剥く。