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満身創痍という言葉が生やさしく感じる程痛めつけられ息も絶え絶えになっているロスラーを仕上げとばかりに工場から少し下った川縁に連れ出し、丸裸の彼に睦言のように別れの言葉を囁いたジルベルトは、ルクレツィオが常に持っているバタフライナイフを受け取って何度か音を立てた後、ロスラーの両目の上を横一直線にナイフを走らせる。
悲鳴を上げる気力はないが痛みにのたうちながら焼け爛れた両手で目を覆うロスラーを興味をなくした顔で見つめ、水が飲みたいのならあと少し後ろに下がればいくらでも飲めると笑い、その通りだとはやし立てるようにルクレツィオがジルベルトの肩に腕を回す。
圧倒的な暴力から逃げるようにそのまま転がるロスラーだったが、身体が川の流れに触れた瞬間、全身に電流が流れたときのような激痛に襲われ、断末魔の声を上げる。
殴る蹴るの暴行の後にナイフで皮膚を切られて火で焙られた身体は水の流れに曝されただけで激痛を生み、ロスラーの体力、気力をも奪ってしまう。
川の流れに曝されながら痛みに身体を痙攣させるロスラーを面白くもない顔で見下ろしていた二人だったが、文字通り興味を失ったらしく、好きなだけ水を飲めと笑って川の土手を上り出す。
少し離れた場所に特徴のないセダンを待機させていたがそれに乗り込むまで周囲には誰もいないことを確認し、後部シートに二人並んだ時、捨てに行った不要物がジルベルトの顔に血という汚れを残していったことにルクレツィオが気付き、白い手でそれを拭き取る。
「どうした?」
「……うん、やっぱりお前に血は似つかわしくないな」
光には汚れや血など似合わないと笑うルクレツィオの髪を一つ撫でたジルベルトは、工場跡地の後始末をさせるために他の部下に連絡を入れると、運転手をしている部下には懐かしい街の名前を告げ、シートに深くもたれ掛かって満足そうに溜息をつく。
「あの街に行くのか?」
「ああ。……そう言えば払い下げる相手と話がついたと言っていたな」
ロスラーを捨てに行く前にそう言っていたことを思い出しどの相手に渡すんだとルクレツィオの顔を見ると、お前も何度か会ったことのあるスイスのお得意様だと笑われて軽く目を瞠るが、誰を示しているのかに気付き楽しげに肩を揺らす。
その人物は若い頃の交通事故の傷が元で下半身不随になりほぼ寝たきりの生活を送るようになったのだが、その事故以来五体満足の者に対する嫉妬が異常なほど強くなるだけではなく、金で買った男女に苦痛を与えたり目の前で性交させることで欲求を解消するようになっていた。
その客の性情に対しては嫌悪感を抱くものではあったが、金払いが良いことと定期的に商品を購入してくれていることから無碍にすることも出来ないでいたのだ。
そんな相手に払い下げる話がついたこと、主の意向を汲んだ男が翌週末ドイツに来ることが決まった為、それまでにある程度の躾をしておく必要があることを事務的な口調で告げたルクレツィオにジルベルトが心底楽しそうな笑い声を小さく上げる。
「人に見られながらでもケツを突き出せるようにしておいて欲しいそうだ」
ルクレツィオの口から下卑た言葉と笑い声が零れ、ジルベルトも楽しいが少しだけ手間が掛かると言いたげに躾と呟くが、五体満足な男は最近食傷気味だから傷物でもいいとも言っていたと教えられてその目が冷たく光る。
「街に着いたら適当な場所で浮浪者を一人連れてこようか」
「浮浪者?」
「ああ。……あの客を満足させようと思えばまずはあいつのプライドを粉々にする必要がある。浮浪者に金とメシを与えて躾させよう、ルーク」
浮浪者という可能な限り近寄りたくはないだろう男に無理矢理抱かれる嫌悪感はきっと高い自尊心を粉々に打ち砕くだろうし、浮浪者に躾けられた者を客が再度自分好みに躾ける楽しみを提供できるだろうと笑うジルベルトの横顔をまじまじと見つめたルクレツィオだったが、友の脳裏に浮かんでいる光景を共有出来たのか、手を一つ叩いて賛成と楽しげに声を上げる。
「良いな、それ」
「ああ。後、録画する機材も必要だな」
躾をされている一部始終を録画して客に一足先に送りつけ、自分たちからのプレゼントを楽しみにして貰おうと提案するジルベルトにルクレツィオも頷き、ドイツに来れば利用する一軒家があるがそこに機材等をセッティングしようと頷き、何が必要かを車の天井を見上げながら羅列していく。
「ゲイの浮浪者を探すのが少し手間か……」
「ああ、それは大丈夫だ」
「ルーク?」
「浮浪者じゃないが、若い男のヒモになっているどうしようもない男を一人知ってる。そいつを使おう」
そんなどうしようもない男なら後々処分するときも何の問題もないと笑うルクレツィオに、ならばその件は任せる、俺は録画機材や小道具を用意する、街に着くまで寝ているから家に着いたら起こしてくれと告げ、友の柔らかな金髪を手慰みにしながらジルベルトは眠りに落ちるのだった。
その寝顔を見たルクレツィオは、この後のことがよほど楽しみなのか子どものような笑顔で眠る幼馴染みの額にそっとキスをし、運転手に手短に指示を与えるとジルベルトの肩により掛かるようにして自らも目を閉じるのだった。
フランクフルトから南東に300キロほど離れた小さな町-この街はジルベルトにとっては懐かしい街から十キロ程度離れた場所にあった-の外れにある、まだ建てられて日が浅いと思われる一軒家があり、その家のベルを中肉中背の一見すればセールスマン風の男が心なしか緊張しつつ押していた。
ドアが開いて姿を見せたのが自分では到底太刀打ちできないほどの美形の男だったが、顔見知りの人物に出会えた安堵から顔を僅かに綻ばせる。
「久しぶり」
「ああ、久しぶりだな。……相変わらず若い男のヒモをしているんだな」
招き入れられた玄関先で軽く握手をした男だったが、美貌からある意味相応しい皮肉な言葉を投げかけられて無言で肩を竦める。
己とそう年の変わらないこの綺麗な顔をした男が秘めている凶暴性を男は知っていて、下手に逆らえばありとあらゆる痛みを経験させられた後に最も苦しむ方法で殺されることも聞き及んでいた。
だから皮肉を言われて肩を竦めて受け流したのだが、リビングに通された男は地下に通じる階段からゆっくりと黒髪の男が上がってくることに気付き、ソファに腰を下ろしつつ二人の顔を交互に見つめる。
「ああ、そんなに心配しなくて良い。お前に仕事を頼みたいと思って来て貰った」
朝の早くから呼び出してしまったことを詫び、仕事の報酬はしっかりと用意しているからどうか仕事を引き受けてくれと男の前に並んで腰を下ろす二人の顔を再度交互に見つめ、何の仕事だと当然の疑問を投げかける。
「……少しお前の近況を調べさせて貰った。随分と借金があるようだな」
黒髪の男の言葉に一瞬声を飲み込んだ男だったが、その借金を肩代わりする代わりに俺たちの仕事を手伝えと命じられて今度は唾を飲み込んでしまう。
男と二人の間のテーブルに置かれたタブレット、そこに大きく映し出されているのは白にも銀にも見える髪に手を宛がいどこかを見つめているウーヴェの横顔だった。
「……こいつ、は……?」
「ああ。もうすぐここに連れてくる……お前にはこいつの躾を頼みたい」
「躾?」
驚いた様にオウム返しに呟く男に頷いた二人は、最終的にこいつはスイスの客に払い下げることになっているがそれまでの間に噛み付いたりしないように躾けをして欲しいと伝えるとさすがに男の顔色が悪くなる。
「安心しろ。お前が警察に捕まることは絶対にない」
「こいつを引き渡した後、お前にはドイツを離れても十分生活できるほどの金も身分も用意してある」
だからこの仕事を引き受けて借金を帳消しにし新たな土地で新たな人生を歩めと黒髪の男に肩を叩かれて思わず頷いた男は、目の前の借金苦から逃れられるのならと決意を固め、どのような手順で事を運ぶのかを聞くために前のめりになる。
己の思惑通りに事が動き出した安堵に黒髪の男、ジルベルトが目元を柔らかくして男の隣に座り、近いうちにこの男をここに連れてくるがその際抵抗するだろうから多少の暴力は許すが、顔を殴ることと命に関わるほどの暴行は決して許さないことを伝え、じわじわと顔を紅潮させる男に艶然と笑みを浮かべる。
「やりたいことを考えておけ。どんなプレイをしても問題ない」
こいつを欲しがっている客は五体満足の人間には飽きているから斬りつけても痛めつけても大丈夫だ、気持ちよくなるためのクスリも用意するとソファの背もたれに腕を回して足を組むルクレツィオがジルベルトを見ながら笑うと、こいつにはクスリの使用は禁止だとジルベルトが付け加える。
「クスリが癖になると色々と問題が起きる」
だからクスリはお前が興奮するために使用するだけだと頷いたルクレツィオは、男が妙な気を起こさないように釘を刺すため表情を一変させる。
「もしも逆らえばどうなるか分かるな?」
ルクレツィオの言葉に合わせるようにジルベルトがテレビのスイッチを付けると音量を小さくしていても聞くに堪えない男の悲鳴がスピーカーから流れだし、画面には焼け爛れた手を一纏めにされ、両手首を貫通するように頑丈なフックを通されて痛みにのたうつ男の姿が映し出される。
「……っ!!」
この映像のように痛みにのたうつことになるぞと笑うルクレツィオに頭を小刻みに振って逆らわないことを伝えた男は、絶対に逆らわない、こいつをあんたらの望むように躾けることを誓うと今度は首を何度も縦に振る。
「ああ、期待している」
「必要な物があれば言ってくれ。すぐに用意をさせる」
「場所はここで?」
「地下室だ」
大きな窓があり通りからも見える可能性のあるここや階上のベッドルームではなく人目につきにくい地下室を利用することを教えられ、その地下室を観に行こうと肩を抱かれて立ち上がらされる。
地下に続く階段をゆっくりと下り一つだけあるドアを開けた男の目に飛び込んできたのは乗用車を三台並べてもまだ余る広さの部屋で、人一人が横になれるほどの大きさがある頑丈な檻と簡易ソファベッド、小さな冷蔵庫や行為を録画する為に三脚にセットされたビデオカメラ、ラップトップが置かれた小さなデスクなどだった。
「テレビはないのか?」
「テレビ? あいつを躾けるのに忙しいからテレビを見る必要などないだろう?」
ルクレツィオが驚きながら告げた言葉に頷くことしか出来なかった男は確かにそうだなと己を納得させるように頷くと、このソファベッドを使っても良いのかと話題を切り替える。
「ああ。冷蔵庫には飲み物も入っているから好きに飲めば良い。ただ、あいつの様子を撮影して客に渡す必要があるから機材には触るな」
「分かった」
ただお前はこの地下室で寝ているとき以外あの男の心身を痛めつけるだけで良いと言外に告げられた気がした男だが、不満を訴えることで先程のテレビで見せつけられた男のような目に遭うのを避けるために頷き、早くあいつを躾したいと自らの気持ちを鼓舞するように呟くが、そんな男を二人が意味ありげに顔を見合わせて小さく笑い合う。
「じゃあ今夜は前祝いをしようか」
「ささやかだがお前を歓迎する料理も酒も用意した。あいつが来るまでは退屈だろうが少しだけ我慢してくれ」
リビングに戻って先程と同じソファに腰を下ろした男はその言葉に顔を輝かせ、ビールが飲みたいと二人を見るともちろん好きなだけ飲めと笑われて胸を撫で下ろす。
もしかすると己は引き返せない道に足を踏み入れたのではないかという疑問が芽生えるが今までそう思ったことは幾度かあり、その度に切り抜けられてきたのだという根拠の無い自信からキッチンからビールとオードブルなどが運ばれてくるのを顔を輝かせて待っているのだった。
ソファで眠り込んだ男を冷めた目で見つめたジルベルトは背後から聞こえた足音に顔だけを振り向け、何も知らないというのは幸福なことだと皮肉に片頬を歪める。
「どうした、ルーチェ?」
「いや、自分がただの使い捨てにされることに気付いていないと思えば哀れなものだ」
「そんなものだろう?」
この男の役目はあいつを客に手渡すまでの繋ぎで、自分たちの目的の達成のためにだけ呼び寄せただけなのだとジルベルトの肩に腕を乗せてほくそ笑むルクレツィオは、確かにそうだとジルベルトも笑った為嬉しそうな顔で頷き、目的達成のために少し忙しくなると囁きスラックスのポケットから真新しいバタフライナイフを取り出す。
「新しいのを買ったのか?」
「ああ。ジジイに貰ったナイフで女を刺したくない」
あのナイフはとっておきの相手に悲鳴を上げさせるためのものでありどうでも良い存在の為に使うものではないと、は虫類にも似通った冷たい目で己の手の中のナイフを見下ろすと柄をジルベルトに向けて差し出す。
「……中々使い勝手が良さそうだな」
「だろう?」
手の中で流れるようにナイフを開き手首を捻ってセットをしたかと思うと、今度は閉じるための動作を難なく行う。
慣れた手つきに目を細めていたルクレツィオは、あいつを痛めつけるときはジジイのナイフを使うと笑い、手に馴染んだものの方が力加減が出来るとも笑うとジルベルトが真新しいナイフをルクレツィオのポケットに投げ込む。
「お前があいつに傷を刻んでいくのを早く見たいな」
「待てよ、ルーチェ。俺も早く見たいのを我慢してるんだからな」
お互いの楽しみのためにここは堪え時だと互いの肩に腕を回して笑みを浮かべあった二人は、ああ、早くその日が来ないかと歌うように囁きあい、後のことをフランクフルトから連れてきた部下に任せるとベッドルームにそれぞれ向かい、心待ちにしている時が早く訪れるように祈りつつ眠りに就くのだった。
町の外ではこの小さな家で起こる事件を予感させるような生暖かい風が吹き抜け、家々の窓を警告のように揺さぶっていくのだった。