テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
FORSAKENの神殿、玉座の間。
今日の支配者スペクターは、生存者を追い詰めることも、恐怖を振りまくことも忘れ、ソファに寝転がりながらスマートフォンを見つめていた。
「……ふふっ。」
「ふふふふふ……!」
肩が震えている。
何かを見て、一人で笑っているのだ。
「すごいよ……!」
「人間界って、本当にすごい!」
その足元では、黒ハチワレ猫頭の紳士Mowlが、優雅に紅茶を口へ運んでいた。
カチャリ。
ティーカップをソーサーへ戻し、黄色いリボンを整える。
「……スペクター様。」
「本日は何をご覧になっておられるのでしょう。」
「また新たな拷問器具でも通販で……」
「違うよ!」
スペクターは勢いよく起き上がった。
「見て見て!」
スマホをMowlへ突き出す。
画面に表示されていたのは、
『ク◇ネコヤマト 公式LINE』
だった。
「……?」
Mowlはモノクルを直しながら画面を覗き込む。
そこには。
【トーク履歴】
スペクター:
「荷物の再配達をお願いしたいんだよね」
ク◇ネコヤマト:
「お届け日時や場所の変更ですね! 下のメニューから選んでくださいにゃ!」
スペクター:
「にゃ」
ク◇ネコヤマト:
「にゃ! 何かお手伝いできることはありますかにゃ?」
スペクター:
「にゃー!」
ク◇ネコヤマト:
「にゃー!」
スペクター:
「にゃにゃ!」
ク◇ネコヤマト:
「にゃ!」
「…………」
沈黙。
長い沈黙。
Mowlの左目が、
ギチチ……
と細くなった。
「……スペクター様。」
「はい。」
「これは、一体……何をなさっておられるので?」
「ク◇ネコヤマトとお話!」
満面の笑みだった。
「僕が”にゃ”って送るとね!」
「向こうも”にゃ!“って返してくれるんだよ!」
「すごくない!?」
「…………」
「つまり!」
スペクターは立ち上がり、大きく両手を広げた。
「人間界の物流は!」
「猫ちゃん達の愛によって支えられてるってことなんだ!」
「道徳的にも完璧だよ!」
「僕とク◇ネコヤマトはもう親友だね!」
そう言うなり、
ポチ。
「にゃ」
送信。
ピコン。
『にゃ!』
「あはははは!!」
「返ってきた!」
「また返ってきたよMowl!」
「可愛い!!」
「ちゃんと会話になってる!!」
スマホを抱き締めて大喜びするスペクター。
その姿を見たMowlは、
静かに目を閉じた。
(……。)
(AIの定型文にございます。)
(スペクター様。)
(それは……。)
(自動応答でございます。)
喉まで出かかった。
しかし飲み込んだ。
主上の幸せそうな笑顔を壊すなど、臣下のすることではない。
……だが。
「クロネコ」
という単語だけは少々気になった。
(黒猫……。)
(私めも黒猫……。)
(若干、縄張りが被っておりますな。)
猫としての妙な対抗心が、
胸の奥でぴくりと動いた。
その時だった。
「あっ!」
スペクターが目を輝かせる。
「Mowlもやって!」
「はい?」
「“にゃ”って言って!」
「スマホに向かって!」
「きっと返事くれるから!」
「…………」
Mowlは固まった。
紳士である。
格式ある執事である。
重厚な低音ボイスを誇る黒ハチワレである。
そんな自分が。
スマホに向かって。
「にゃ。」
などと。
「…………」
「Mowl?」
「聞きたいなぁ。」
キラキラした瞳。
期待に満ちた笑顔。
「…………」
負けた。
「……コホン。」
咳払いを一つ。
モノクルを直す。
胸のリボンを整える。
そしてスマホへ向かって、
地の底から響くような低音で。
「……にゃ。」
音声入力が反応した。
【送信】
にゃ
一秒後。
ピコン。
『にゃ! 何かお手伝いできることはありますかにゃ?』
「わああああああ!!」
スペクターが飛び跳ねた。
「Mowlにも返事した!」
「君にも話しかけてくれたよ!!」
「今日から君もク◇ネコヤマトの仲間だね!!」
「ぬぁっ!?」
ガバッ。
そのままMowlへ飛びつく。
ギュウウウッ!!
「あぁぁぁっ!」
「お慈悲をっ!」
「首骨が!」
「今日も元気に鳴ってるね!」
「メキメキしてる!」
「可愛い!」
「可愛くございません……っ!」
◇
翌日。
神殿の玄関。
ピンポーン。
「来た!」
スペクターは勢いよく扉を開いた。
そこにはササミ定期便を抱えたク◇ネコヤマトの配達員。
「こんにちは、お荷物を——」
その瞬間。
スペクターが満面の笑みで叫ぶ。
「にゃーーー!!」
配達員
「……え?」
横ではMowlが顔を覆いたくなるのを必死に堪えていた。
(お願いです……。)
(普通に受け取らせてください……。)
しかし。
期待に満ちた視線が刺さる。
スペクターがニコニコしながら肘でつついてきた。
「Mowlも!」
「……。」
逃げられない。
Mowlはゆっくり胸元を整え、
配達員へ深々と一礼した。
「……にゃ。」
地鳴りのような重低音だった。
「…………」
配達員は完全に固まった。
目の前には、
禍々しい神殿。
赤いシルクハットの青年。
執事服の猫頭。
そして二人とも「にゃ」と挨拶してくる。
数秒の沈黙のあと。
配達員はぎこちなく笑った。
「……に、にゃ……?」
「ほら!」
スペクターが飛び上がる。
「言ってくれた!」
「人間界のみんな優しいね!」
「やっぱり猫仲間だったんだ!」
配達員は荷物を置くと、
「失礼しますにゃ!」
と言い残し、
ほとんど小走りで神殿を後にした。
その背中を見送りながら、スペクターは心の底から幸せそうに笑う。
「今日は最高の日だね、Mowl!」
「ク◇ネコヤマトとも、配達員さんとも、お友達になれた!」
Mowlはゆっくりモノクルを直し、少しだけずれた首を「コキッ」と鳴らして、小さくため息をつく。
「……ハッ。」
「主上がお喜びなのであれば……。」
「私めも本望にございます。」
少し間を置いて、小声で付け加えた。
「……できれば次回は、『こんにちは』で済ませとうございますが……。」
#FORSAKEN
ゆ(旧「ゆゆゆゆ」)
286