「ついにこのトキがきたな……はぁ」
「だ、大丈夫かな?」
「バッチリですわ。皆様お綺麗ですわ」
ソルジャーギア内にある大きなホールの扉の前。ここは大きな大会や避難などで使われる部屋で、今回は異界の王女一行を歓迎するパーティーを開く為に、使われる事になった。
その扉の前で、そわそわモジモジしながら、入場を待つ王女達。中で偉い人が軽く挨拶をしてから呼ばれる手筈になっているので、今は暇なのである。中に聞こえない程度の声で話をしていた。
「サイロバクラム仕様のドレスって、不思議なのよ。そこはかとなくいやらしいのよ」
「わたくしを見ながら言わないでっ」
「そうですか? お姫様すっごい綺麗ですよ?」
「これが文化の壁かぁ……」
「ほら、アリエッタ。ピアーニャちゃんをよろしくね」
「はいっ」
「おいやめろ」
そんなやり取りを横から眺めているソルジャーギアの受付嬢は、お姫様を廊下に待たせてしまって申し訳ない気持ちになりながら、一行の姿に見とれていた。
そして、ホールの中から合図が来た。
「皆様、お待たせ致しました。入場お願いします」
「はーい」
「うぅ、ドキドキする」
ホール内では、ほぼ全員が一斉に喉を鳴らした。本物の王女の表情も動作も、とにかく一瞬すらも見逃さないとばかりに、目を見開いている。必死である。
注目しているドアが、ゆっくりと開かれた。
『ファナリアよりおいで下さいました、ネフテリア・エインデル・エルトナイト王女。ご入場です!』
「うわっ、いやそんな大仰な……」
スピーカーで大きく響いた司会の声にちょっと驚きつつも、ネフテリアは息を吐いてから堂々とした佇まいでホールに入った。
どさっ
「!?」
ホールに入って2歩進んだ瞬間、すぐ真横で人が倒れた。
「おいどうした!」
「う、うつくしい……がくっ」
「駄目だ。もう手遅れだ。間近で見た幸せで逝ってしまった」
(おいおいおいおい!)
ネフテリアは外交用の笑顔を引きつらせ、内心ツッコミを入れた。グッタリとした男は、人から人に手渡され、後ろの方へと流れていく。
それをドアの隙間から見ていたミューゼが、近くの受付嬢に質問した。
「あの場合って、普通近くの人が担いで運んだりしないんですか?」
「……邪魔者は排除したくても、最前列から動くのは嫌でしょうからね。動かず運べる最善の手だと思いますよ」
「へ、へぇ……」
ここにいるのは、異界から来た本物の王女を拝みたいが為に集まった者達。後ろに下がるのは負け犬のみ!という精神である。
「最前列にいるのは様々なノベルを読み、王族や貴族という存在に並々ならぬ憧れを抱く者達です。面構えが違う」
「目、イッてますけど?」
話している間に、運ばれた脱落者は最後尾の後ろに捨てられた。
このままただ見つめられていても仕方がないという事で、ネフテリアが小声で後ろに注意を呼びかけ、改めて入場する。
流石王族というべきか、民衆に囲まれたり、記念日にパレードをするなどの経験が既にある為、ギラギラした目で見られても笑顔で手を振って進んでいく。
しかし後ろのミューゼ達はそうはいかない。ネフテリアのように平静を保てず、引きつった笑顔で後について行った。アリエッタも怖がってはいるが、ピアーニャの為に頑張っているようだ。
「皆様、素敵ですわ」
最後に入場したのは、フラウリージェのノエラ。日中別行動をとった時に、急遽ファナリアから呼び寄せたのだ。店員も数名同行し、入場したネフテリア達とは別にホールの隅を移動。服に関するトラブルがあった時のヘルプとして、目立たない場所で待機する事になった。
ホールの中央を通って前にやってきた王女一行。ネフテリアだけが1歩前に出て、他全員はクォンも含めて後ろに下がって立っている。
ついに正面から見る事が出来た本物の王女の姿に、ソルジャーギアの隊員達は息をするのも忘れ、ただうっとりと見入っていた。
ネフテリアの姿は、サイロバクラムの風習に合わせてカスタマイズしたドレス姿。現在のボディラインに配慮して上半身の露出は控えめだが、やはりピッチリとしたハイレグボディースーツとなっている。
お腹の辺りはフリルを多めにして誤魔化していて、下半身はなんと大きく広がったロングスカート。しかし、隠れているのは背面のみ。前面はシースルーになっていて、スラっとした美脚が付け根からしっかり見えている。その事に、足まで太ってなくて良かったと、本人は心底安堵していた。
他のメンバーの服は、時間が無かったという事もあり、全てを作る事は出来ていない。しかし、腕のパーツの代わりにオシャレな姫袖を付けていたり、腰に大きなリボンを飾ってあったりと、少しずつアレンジされている。
『ご紹介にあずかりました、ネフテリア・エインデル・エルトナイトです。本日はお招きいただき、そしてこのような歓迎の場まで設けていただき、感謝いたします』
マイクで自己紹介をすると、ノエラが横から大きく拍手をし始めた。王女の挨拶に対して何をしたらいいのか分からないサイロバクラム人の誘導である。
ボーっとしていた全員が、釣られて拍手し始めた。その中に嗚咽も混じっている。
(いやいや感動し過ぎでしょ! お婆様から聞いてたけど、こんなになっちゃうものなの?)
王政の無いリージョンは多い。先々代であるネフテリアの祖母も、リージョンの開拓や交流でピアーニャと共に新しく見つかったリージョンへと出向いたという。その時にどうなったかを聞いていたのだが、せいぜい大騒ぎまでだろうと話半分に聞いていた。
だが、ネフテリアの予想を超え、テンションと緊張を振り切って泣き崩れている姿が見える。いっそ大騒ぎなら実力行使で大人しくさせられるのだが、泣かれてしまっては対応に困るのだ。
困ったネフテリアは、どうにかしてくれと司会を見た。
しかし、司会も涙を拭いている。
(アンタもかい!)
ネフテリアは声に出そうになったツッコミを、どうにか喉の奥に押し止めた。
司会が動けないならどうするべきか。考えた結果、諦めきった顔でアリエッタを見た。
「え?」
「もう良いよ。なんか面白くなりそうな事しちゃおう」
「をいをい……」
「ほらおいで、アリエッタちゃん。デビュタントしちゃおっか」
「はいっ」
よく分からないまま、アリエッタはネフテリアの言う通りに前に出て、ネフテリアに抱っこされた。マイクの高さも丁度良い。
『本題の前に皆さんが元気になるように?わたくしが妹のように可愛がっている子を紹介しますね。アリエッタちゃんです。凄く可愛いでしょう』
急遽挟んだアリエッタの紹介。なんとなく嗚咽が止み、徐々に「可愛い……」という声が広がっていく。特に女性陣の声が大きい。
『実は事情があって、まだ言葉をあまり知らないんです。最近勉強して色々覚えたんですよ。ほらアリエッタちゃん。コレに向かって何か喋ってみようね~』
人々の緊張と感激を解そうと、親しみやすい言葉遣いでアリエッタに話しかける。
呼ばれたアリエッタは、不思議そうにネフテリアとマイクと人々を見て、考えた。
(泣いてる人いたな。なるほど、子供の力を使って元気を出させようという魂胆だな? 流石てりあ。策士よのう)
中身が大人なので、思考は可愛くない。しかし状況はしっかり飲みこめた。
そしてマイクに顔を寄せ、口を開き、笑顔で可愛く言葉を発した。
『ざぁこざぁこ♡』
全員ズッコケた。
「うわあああああっ!? ちょっとミューゼ!?」
「あ、すみません。面白かったので、そのままにしてました」
「ちょっ! 皆さんすみません! これはちょっと予想できなくて!」
(あれ? また何かやっちゃいました?)
壇上で慌てるネフテリア達。
その時、1人の男が顔を押さえ、肩を震わせながら前に出た。初老の厳つい男で、なんとか落ち着いたのか顔から手をどかし、正面からネフテリアを見た。
『あ、司令』
「しれい?」
司会が気付き、役職が判明する。しかし、ネフテリアには聞きなれない言葉である。
「ああ失礼しました。私はハーガリアン。ソルジャーギアの総司令を務めています。ここで一番偉い立場だと思っていただければ」
「あぁ、はい。すみません。アリエッタの保護者として責任はそちらのミューゼが取りますので」(リージョンシーカーの総長みたいなもんかな)
「えっ」
突然責任を振られ、ミューゼは固まった。
責任転嫁を気にも留めず、ハーガリアンはアリエッタをこれ以上ないくらい優しい目で見た。
「いやいや怒ったわけではありません。今のでちょっと目覚めただけで」
『ちょっと司令!?』
少し顔を赤らめながら告白するハーガリアンに対して、司会から全力のツッコミが入った。
「まぁ冗談はさておき」
『冗談だったんですか? 本当に冗談ですよね!?』
「子供達には退屈でしょうから、食事にしましょうか。ちゃんと進行しない司会は、こちらでシメておきますので」
『おいこら話聞けオッサン!』
挨拶もそこそこに、ハーガリアンは荒ぶる司会を捕まえて、ホールから出て行った。
入れ替わりで、四角い物が盛り付けられた皿を乗せたワゴンが入ってくる。ホール後方のテーブルから皿が並べられていく。
最後に一番大きなテーブルに沢山の料理が並べられた。これはネフテリア達のテーブルのようで、ホールまで案内してくれた受付嬢が、引き続き案内してくれた。
「おぉ、料理も見事に四角なのよ」
「お皿もね」
(徹底して四角だなぁ。これ食べられるんだ?)
「サラダまで四角だなんて、凄い肉厚ですわね……」
角ばった料理を見て、流石に躊躇する一行。パフィだけは食べられる物と判断し、興味深そうに見ている。
その中で、クォンとムームーが、食べ方を見せてくれた。小さく切って口に入れるか、丸かじりのどちらかである。食べた部分が直角に切れているのを、アリエッタがとにかく不思議そうに見ている。
(不思議だけど美味しい……異世界凄い)
食事で衝撃を受けるのはラスィーテ以来。あの時は、その辺の木や石を食材にして作った肉料理で驚いていた。
(明日、良い眺めの場所に行ってみたいな。ミューゼに頼めるかな? 頼む作戦を考えないとな)
「こ、こっちみるなぁ……」
アリエッタは改めて、異世界への興味と絵を描きたいという欲求が溢れ、この後どうしようかとワクワクしながら、ピアーニャの食事の世話を行っていた。
その光景は、リージョンが変わっても普段と変わらず、大人達全員が優しく見守るのだった。
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