テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#ターボー
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
仕事終わりの夜。
オフィスの灯りがぽつぽつと消えていく中で、ちょんまげはパソコンの画面を見つめたまま動けずにいた。
――言うんだ。今日、言う。
そう決めてここまで来たはずなのに、喉がひどく重い。
「ちょんまげ、まだ残ってんの?」
背後から低くてよく通る声がした。
振り向かなくてもわかる。ターボーだ。
この会社の社長で、昔からの幼馴染で……そして恋人。
椅子の背に腕をかけて覗き込んできたターボーは、相変わらず大きかった。
背が高くて、肩幅も広くて、顔も整っている。
「今日はもう終わりにしろよ。家来い」
「え」
「飯作った」
柔らかく笑う。その笑顔が昔からずるい。
学校でも、近所でも、誰からも好かれていた笑顔。
――こんな人と自分が付き合っているなんて
ちょんまげは無意識に自分の前髪を結んだ小さなちょんまげを触った。
「……うん」
小さく返事をする。
そして思う。
今日で終わりにするんだ、と。
ターボーの家は会社から歩いて十分くらいのマンションだった。
部屋に入ると、いい匂いがした。
「座れ。もう出来る」
キッチンに立つ大きな背中を見ながら、ちょんまげはソファに座った。
胸がうるさい。
付き合い始めたのは半年前。
あの日のことを思い出す。
――「好きだ。付き合ってくれ」
あまりにも真っ直ぐに言われて、断れなかった。
いや、違う。
本当は、断りたくなかった。
「はい」
テーブルに料理が並ぶ。
「いただきます」
二人で食べる。
いつもと同じ時間。いつもと同じ会話。
それなのに今日は全部が最後みたいで、胸が苦しい。
食事が終わって、皿を片付けて、ソファに戻る。
ターボーは隣に座って、リラックスした様子で背もたれに体を預けた。
「で?」
「……」
「なんか言いたそうだな」
図星だった。
ちょんまげの指がぎゅっと握られる。
ーー今だ。今しかない。
「……ターボー」
「ん?」
「僕達」
声が震える。
でも、言う。
「……別れた方がいいと思う」
沈黙。空気が止まった。
さっきまで柔らかかったターボーの表情がすっと消えた。
「……は?」
低い声。
ターボーがゆっくり体を起こす。そして立ち上がった。
「え、ターボー」
大きな影が近づく。
一歩。二歩。
気づけば目の前に立っていた。
真顔。今まで見たことがないくらいの、真顔。
「……可哀想に」
「え?」
ターボーの手がソファの背に置かれる。
逃げ場がない。顔が近い。
「誰かに言わされてんだな」
「ち…ちがっ…」
「だってさ」
更に顔が近づく。
「ちょんまげが俺から離れたがるわけないもんな」
「え……」
頭が真っ白になる。
「誰に言われた?」
声が低い。
「キング?」
一歩詰める。
「カンタロー?」
もう後ろはソファしかない。
「貧ちゃん?」
ちょんまげは慌てて首を振る。
「ち、違うよ!」
「……」
ターボーの目が細くなる。
そして最後に。
「まさか」
空気が冷えた。
「森じゃないよな?」
その名前に、ちょんまげの肩がびくっと跳ねた。
森。同じ幼馴染。
そして――ターボーと同じ時期に告白してきた人。
「違う!森くんじゃない!」
慌てて言う。
「じゃあ誰」
「だから違うって!」
ちょんまげは必死に首を振った。
「誰にも言われてない…!」
「……」
「僕が…思っただけ」
目を伏せる。
言葉が零れる。
「だって……」
胸が痛い。
「ターボーは社長で……人気者で……」
「……」
「僕はこんなだし」
自分の小さな体を見る。
「釣り合わない」
静かな声で言った。
「絶対……釣り合わない」
沈黙。数秒。
それから――
ターボーが、ふっと笑った。
今度はちょんまげが固まる。
「それ?」
ターボーは腕を組んだ。
「理由」
「う……うん」
少し笑っている。呆れたみたいに。
そして、また近づく。
手が伸びる。ちょんまげの顎を持ち上げた。
「でもさ」
目が合う。
逃げられない。
「俺のこと好きだよな?」
直球。
ちょんまげの顔が一瞬で真っ赤になる。
「え……」
「好きだろ」
「そ、それは……」
「好きだろ?」
逃がさない声。
沈黙。
ちょんまげの目に涙が浮かぶ。
「……好き」
小さな声。
「好きだけど……」
言い終わる前にぐっと腕を引かれた。
「えっ…」
体が引き寄せられる。
ターボーの胸。固くて大きい。
「ターボー?」
「別れない」
即答だった。
「でも」
「別れない」
「でも僕」
「別れない」
子供みたいに繰り返す。
ちょんまげは困った顔で見上げた。
「ターボー……」
ターボーは少しだけため息をついた。
それからちょんまげの頭を撫でる。小さなちょんまげが揺れた。
「俺さ」
「……うん」
「お前が釣り合うとか釣り合わないとか」
少し笑う。
「一回も考えたことない」
「……」
「だって」
額を軽く合わせた。
「好きだから付き合っただけだし」
優しい声。
胸がじんと熱くなる。
「……ちょんまげ」
「なに」
「俺のこと好き?」
「……好き」
「じゃあ別れる理由ないじゃん」
当たり前みたいに言う。その顔があまりにも自然で。
ちょんまげの目からぽろっと涙が落ちた。
「……ばか」
「うん」
「ターボーばか」
「うん」
「ずるい」
「知ってる」
ターボーが笑う。
そして。
「泣くな」
親指で涙を拭った。
「……キスしていい?」
「え?」
返事を待たずに。唇が重なった。
最初は軽く。でもすぐに深くなる。
ちょんまげの体がびくっと震えた。
「ん……」
離れる。
ターボーが満足そうに笑う。
「ほら」
「……?」
「別れる気、消えただろ」
ちょんまげは真っ赤な顔で俯いた。
「……うん」
小さく頷く。
ターボーはまた頭を撫でた。
「次そんなこと言ったら」
「……なに」
「皆の前でキスするから」
「やめて!」
慌てるちょんまげを見て、ターボーは声を出して笑った。
そしてもう一度、優しくキスをした。
END