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年明け早々
また僕はいつものように
太齋さんのお店に足を運んでは
注文したデザートを頬張っていた。
今日の客足もいつも通り多かったのだが、店に入ってきたひとりの男性に思わず目を奪われた。
黒いパンツ、白いニットの上にエレガントレトロな黒のチェスターコートを織り、身長は180はあるだろうか?引き締まった長い足はモデルと言うに相応しい、その上顔も整っている。
というか、この人…どこかで見たような…?
そんなことを考えていた矢先
男性は太齋さんに注文を伺われると
「コーヒーと…オススメを頼めるかな?」
とだけ言って、それに太齋さんはいつも通りに畏まりましたと返してキッチンに向かっていった。
そうこうしているうちに太齋さんが男性の元にこの店1番のおすすめと言っても良いガトーショコラを運び終えると
男性はそれをじっと見つめてから、胸ポケットから何かを取り出すと、それを太齋さんに渡しながら再び口を開いた。
その内容は、店全体に響き渡った。
「実は私、こういうものでして…パティシエの石田淳士といいます。」
石田と名乗る人が太齋さんに向かって名刺を差し出しながら話すと、太齋さんは驚いた興奮した様子で言う。
「も、もちろん知ってます…!なんなら学生の頃から…!」
「おや、それは嬉しいですね。今度私主催のパティシエやショコラティエを集めたパーティを行うんですよ。気が向いたらぜひ足を運んでください。日時と場所はこの招待状に記載している通りです」
「あ、ありがとうございます!石田さんから招待して頂けるなんて光栄で…ぜひ参加させてもらいます」
普段の太齋さんからは聞いたことがないような敬語で、それは嬉しそうに返事をして頭を下げていた。
「フフ、良い返事が聞けてよかったです。それでは当日、楽しみにしていますね」
その様子を遠目から眺めていたのだが、石田さんが店を出て行くと
太齋さんが僕の席に来たとき、思い切って聞いてみた。
「太齋さん、今のって…….もしかしてパーティのお誘いですか…?」
そう聞くと太齋さんはどこか興奮したように嬉しそうな表情を浮かべながら言う。
「そう、しかも今の石田さん以外にも有名なショコラティエールや佐伯トオルやその他有名ショコラティエも参加するパーティーなんだよ…!」
「パーティって、交流会みたいな…凄く楽しそうですね」
「でもまぁ、社交界みたいなもんだね。表向きはショコラティエ同士の交流の場だけど、戦いの場でもある感じがする。招待状の説明によれば…会場で調理してもよし、作ったものを持ってきても良いらしいから今から腕がなるな~…」
一度、太齋さんから聞いたことがある。
徹底されたコストや人形のように整った顔面の良さから女性人気が高いと有名なショコラティエ・トオルという人がいると。
そのプロの一人である石田さんから、直々にお誘いを受けるということは
太齋さんの腕前を披露する絶好の機会ということに他ならないだろう。
「太齋さんの腕の見せどころですね…!!僕、応援してます!」
「ありがとう、俺絶対に会場全員の胃袋掴んでみせるよ」
そんな会話を交わした後に、僕はガトーショコラを食べ終え。
太齋さんのガトーショコラの美味しさに舌鼓を打った後
会計をするため太齋さんのいるレジに向かうと、いつも以上に笑顔で、ずっと嬉しそうにしていた。
そんな太齋さんを見るとこっちも微笑ましくなってしまった。
いつも大人な太齋さんもこんなに子供みたいに笑うんだから、さぞ嬉しいことなのだろう。
同時に、絶対に多くの人に太齋さんのチョコレートの美味しさを知って欲しい、そう強く願った。
そうしてその翌日からまたいつものように
「味見して欲しい」とお願いされて、店に向かうと
太齋さんはいつも以上に熱心にチョコレート作りに精を出していた。
店に入ってもなんの言葉もかけられなくて、ついその姿に目が行ってしまい、扉前で立ち尽くしていると
「あっ、ひろくん…!ごめん集中してて気づかなかった、早速だけど席座って、これ食べてもらえるかな?」
気配に気づいたのかやっとこっちに気づくが、やっぱり太齋さんのこういう努力家な姿はとても好きだし、支えたいと思っている自分がいる。
どうか良い結果が出ますようにと願うばかりで
「は、はい!…これは…エクレアですか…?い、いただきます」
ファンの視点としては、太齋さんのチョコレートをもっと多くの人に知ってもらいたいし
評価してもらいたいと幾度となく思う。
だからこそ僕は太齋さんの夢を叶えるために、僕にできることならなんでも協力するつもりだ。
「コクがあって…中に入っているチョコクリームがとても甘くて…」
実食しながらそう伝えると、太齋さんは手際よくティーカップを差し出してきた。
瞬間、柑橘系の香りが漂う。
どうやら紅茶を淹れてくれたようで
一口飲むと、鼻から抜ける香りに心奪われる。
甘いチョコレートと合わせて飲む紅茶はとてもマリアージュしている。
その旨を伝えると、太齋さんは嬉しそうに顔を綻ばせる。
「甘いエクレアにはストレートのアールグレイがピッタリだからね~」
彼の瞳はキラキラと輝いていて、次から次へと
「ひろくん、次はこれもお願い」と言って
タルトやマカロン、重くなることなく試食のように手軽に食べれるものがズラリと並べられた。
見ているだけで涎が出そうなほど
美味しそうな逸品ばかりで、どれから食べようか迷ってしまう。
同時に太齋さんの チョコレートを容易く食べることが出来る試食係?のポジションに再び心が踊った。
そこで、ふと
〝ってだめだめ…今は太齋さんがパーティーで目を引いて貰えるように食レポに協力しているんだから!ササッと選んで感想言っていかないと!〟
と心の中で言い聞かせて右から順に食していくことにした。
ひとつひとつしっかりと味わい、感想を言いながらも手は確実に口に運ぶ。
さすがは太齋さん……どれも本当に美味しい。
ひとくち口に含むと濃厚なチョコレートの香りと
味が口いっぱいに広がり芳醇なカカオの風味が鼻を抜けていき
しっかりとした甘さが後味をサッパリとさせる。
もっと食べたいという感情が芽生えるほどあっという間に皿の上から消えるので、どれも満足感がありますねと言う。
すると太齋さんは真剣な顔付きで
「見た目の美しさと腹持ちは|○《マル》と…じゃあ後は食感だけか……そうだね、もうちょっと手を加えてみるよ」
言うと、すぐに厨房に戻ってまたスイーツを作り直し始めた─────。
それからどの位たったのだろうか……
僕はただ黙々と試食に協力し、太齋さんもまたお菓子作りに没頭している。
厨房からはオーブンで焼かれるスポンジの甘い香りが漂ってきていて、それが鼻孔を刺激してついつい見に行ってしまいたくなるほどだ。
太齋さんの作るスイーツは見た目も味も格段に良くなっているし、試食をする度に新しい発見もあってとても楽しい。
(前より美味しくなっている気がするし…これ、本当に気に入ってもらえるんじゃ…?)
そんなことを思っていると、突然太齋さんが
「ひろくん、今日ここまでにしようと思うからさ、ちょっとこっちきてくれる?」
と言ってきたので わかりました、と返事をして椅子から立ち上がり太齋さんの立っている厨房へと向かう。
当たり前だが、そこには様々な調理器具があり、今日使ったであろう、洗ったボールや包丁、ヘラ、粉ふるいや計量スプーンや皿などが収納された水切りかご。
すべて使い古されたもの、中には新品みたいに綺麗なものもあるが
それを見れば、スイーツ作りへの真剣さがよく伝わる。
すると、再び声をかけられて、太齋さんの方に向き直ると
「最後にひとつ見て欲しいものがあんだよねー、俺の新作♪」
そう言い、太齋さんは冷蔵庫に向かい、ラップの掛けられた小皿を取り出した。
テーブルに置いてラップを開き、姿を現したのは見た目はごく普通の生チョコレート。
「新作の生チョコ、せっかくだから中に洋酒入れてみたんだよね」
そう言いながら、小皿から一切れその生チョコを爪楊枝で掴むと、太齋さんはそれを自分の口に含んだ。
「生チョコはやっぱいいね、味はバッチリかな」
その言葉を聞いて、思わず喉をゴクンと鳴らす。
「あ、ひろくんも食べたい?いーよ、食べさせたげる」
そう言って他の生チョコに爪楊枝をさした太齋さん
てっきりあーんでもされるのかと思ったら
それは再び太齋さんの口に運ばれていった。
「もうっ、からかってるんですか?だざ──」
そう言うと、その言葉は遮られ
世界が静止したかの如く
「んん…っ!」
柔らかい感触が重なり、キスをされていることが分かった。
太齋さんの肩を押して、離れようとするも
突発的なキスに気持ちよさすら感じて
『本気で嫌なら殴って』
と口を離して言われても、混乱で何も言えなくて。
それを合図にまた唇を重ねられた。
隙間から小さな溜息が漏れるたびに、角度を変えながら降り注がれるキス。
「んぅ…っ!は、ん…っ」
その間、太齋さんは何も言わず、自分の吐息だけが漏れる
お互いの口内にチョコレートの甘さと唾液が拡がって、何も考えられなくなる。
狙った獲物を骨になるまで喰らい尽くすハイエナのように
僕を離さんとばかりに、太齋さんの利き腕で後頭部を抑えられる。
中のチョコが無くなって、やっと開放されたかと思うと
「どう?美味かった?」
って吐息混じりの余裕な顔で言われて、腹が立つどころか
もうとっくにキャパオーバーしていた僕は、ただ一言だけ。
「…だ、っ、太齋さんの…ヘンタイ…っ」
「…ひろくんの物欲しそうな顔見てたら我慢できなくてつい、ね」
「そ、それでそんなキス…やり手すぎる…っ、遊園地のときの冷静さどこ行ったんです?!ぁ、味だって甘すぎて、わかんな…っ」
喋れば喋るほど顔が火照っていく感覚がした。
「ごめんって、あまりにもひろくんがかわいー反応するからがっついちゃったの。」
「でも、こ、こういうキスは控えて欲しいです…」
「…あー、っと、マジで嫌だった?ごめん。」
恥ずかしくて、太齋さんから目線を逸らしながら床を見て言った。
「そ、そういうんじゃなくって…気持ちよかったから、良すぎて…その、怖くなっちゃうから、たまにして欲しい……ってこと、です」
しかし、いくら返事を待ってもうんともすんとも言われない。
変なこと言っちゃったのかな、と顔を上げて太齋さんの様子を確認すると
そこには口を片方の手で押えながら顔を赤らめている太齋さんがいた。
「え、な、なんで照れて…?」
「だって……ひろくんがあまりにもかわいいから」
「そ、そんなんで照れないでくださいよ!僕のが恥ずかしいです!!」
「いや、だってさ……そんなん言われたら俺我慢できなくなっちゃうじゃん」
「……っ!」
そんなのこっちだって同じだった。
太齋さんのキスがあまりにも気持ちよくて、もっとして欲しいって思っちゃったし。
「…そりゃ、毎日は、無理ですけど」
「は?それって、つまり……」
「お互いの都合がいい日に……その、もっとキスしたいとは思ってます…太齋さんの言ってたリハビリにも、なるだろうし」
半ばやけくそで言い返した僕を見て、太齋さんは手で顔を隠しながらしゃがみ込んだ。
「あーもー……ひろくんのバカ…」
そんな太齋さんの耳まで真っ赤になった顔を見た瞬間
『バカ』と言われたことなんてどうでも良くなって、僕もつられて顔が熱くなった。
「太齋さんの……せいですもん……」
「もー、いきなりのデレで俺のこと殺す気?」
「キスで殺しにかかってくる太齋さんに言われたくないです…!」
すると、間を置いて太齋さんが、なにか企んだような表情をして口を開いた。
「…そんなに良かったんだ?俺とのキス」
「っ!そ、それは……っ」
初めて主導権を握れたかと思ったら、また太齋さんの言葉に心をかき乱される。
「あー、かわい……またしたくなっちゃう」
「だ、ダメです!今日はもうおしまいです!」
「……じゃあさ」
太齋さんは立ち上がり、僕の耳元に口を近づけると
「ひろくんからキスしてくれたら我慢する。ね?お願い?」
って囁かれて、僕はもう頷くしか選択肢がなくて。
太齋さんの首に腕を回して背伸びをした。
そしてそのまま唇を重ねる
「ん、っ……んぅ……」
「は、かわいー……ちょっと舌出して?」
「こ、こぉれすか……?」
「そう、じょーず」
太齋さんの言う通りに舌を少し出すと、それを絡めとられ、また深いキスが再開される。
(って、もうダメって言ったのに、自分からしたってこれじゃあキスされてるのと変わらない…!)
さっきよりも深くて甘いキス。
「んっ!ふ……ぅあ」
もう立っていられなくなってしまいそうな僕を太齋さんは優しく抱き留めた。
「…っと、少しずつ、慣れてこーね」
「…は、ぁ、太齋さん、気持ち、よすぎます…」
恥ずかしくて顔を上げられない。
「ほんと、そーいうとこだよねぇ」
そう言って、太齋さんは僕の頬に小鳥のようなキスを落とした。
「でも、今日はここまでね」
「は、はい」
「こんな風に、ゆっくりやってこ?」
しばらくは何も言わず、ただお互いの呼吸を感じていた。
静かに部屋に響くのは、心臓の音だけ。
「…あの、太齋さん」
「ん?」
「リハビリやるとは言いましたけど…具体的に、なにするんですか…?」
「そりゃ、最終的にエッチできるように、手繋いで、ハグ、キスは遊園地のときにできたから」
「少しずつ、他のところにも触れる回数増やしてくってこと」
「ふふっ…心配しないでも、変なプレイとかしないから安心しなよ」
そう言って、太齋さんは僕の頭を優しく撫でた。
「…太齋さん…」
「ん?」
「…ほんと、好きです」
思わず口から出た言葉に、自分でもびっくりした。
「…え?」
「…太齋さんが恋人で、よかったって思って…」
照れくさくて、視線を逸らしてしまう。
しかしチラっと太齋さんの顔を見れば、ポカンとした顔で僕を見つめていた。
「え、太齋さんどうし」たんですか?と聞く前に
太齋さんは僕を強く抱きしめた。
「…俺も、ひろくんのこと大好きだよ」
その甘ったるい声に、甘えるように太齋さんの首に手を回した。